【後日談】性格変換
「わーっはっはっは!完成!完成した!あたしの研究の集大成!素晴らしいよ、さすがあたし」
「ええい、やかましい!何分城の中で笑い続ける気だ、このドアホ!」
「フラン様、打ち合わせ中なのでお静かに………」
私とフィリス様が今後の軍の方針について話し合っていると、突如として笑い声が聞こえた。
何事かと一瞬思ったが、この城で高笑いする人なんてフラン様しかいない。
ほっとこうということになったが、あまりにも笑い声が続くので、堪忍袋の緒が切れたフィリス様が殴り込みに行く気になって今に至る。
「いったいなんだ、そんなに嬉しがるということはよほどのものなんだろうな。くだらんもんならひっぱたくぞ」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!みてよ、このあたしの魔法研究のすべてをつぎ込んで作り出した、究極の魔法!そ・の・名・も~~?」
「ウザイ。早くしろ」
今更だけど、フィリス様ってフラン様に対して遠慮がないな。
「『性格変換魔法』!!」
「「はあ?」」
なにをすっとぼけたことを言っているのだろうか。
性格を変えていったい何の意味が?
「はあ………ほら、歯を食いしばれ」
「待って待って!この魔法マジですごいから!」
「ほう、じゃあどこがすごいのか言ってみろ」
フィリス様が拳を作って構えると、慌てたようにフラン様は説明を始めた。
「えっとだね、この魔法はその名の通り、対象の性格を変更する魔法なんだけど、すごい点が二つあってね。
一つ目が『全体攻撃』可能なこと。一定範囲内の人たちの性格を、ランダムか一律で操作できる。
そして二つ目、こっちがやばいんだけど、『魔防で防げない』」
「………ほう」
私もだけど、フィリス様も少し驚いた声を上げた。
「どっちかってーと、精神魔法より回復魔法に近いんだよね。ほら、人って回復されると元気になったり、テンション上がったりするじゃん?そこに着目して、うまくいじって、できたのがこの魔法。回復魔法は魔防の例外になってる魔法だから、防げないでしょ?性格変換魔法も例外じゃなくて、撃てば絶対に性格が変わる!そこで敵に向けて『弱気』に設定した魔法を撃てば?戦意喪失間違いなし!」
「「へえ」」
聞いてみれば確かにかなりすごい魔法だった。
防げない魔法。古今東西の魔術師が夢見た魔法を、限定的な効果とはいえ再現するとは、さすが旧魔王軍最強の魔術師。
ん?ということは。
「つまり、あのうちの腹黒嫁を、清らかで甘えん坊な性格に変えることもできるというわけか」
「うちのボーイッシュ嫁を、超女の子っぽいきゃぴきゃぴな性格に変えることもできると」
「そういうことよ」
素晴らしい魔法じゃないか。
即座に私は近くにいたエルフにヨミを呼んでくるように指示し、フィリス様もその横でリンカさんを連れてくるように言っていた。
「これでよし。さあ、あとは待つだけだな」
「楽しみですね!」
「?なんかわからんけど、二人がいるならちょうどいいや」
嫁の新たな一面というのに飢えていた私たちは、心を躍らせていた。
だからこそ、油断した。
「ちょうどいいって何がだ?」
「いやあ、実はこの魔法、まだ完全に実行段階とはいってなくてさあ。何人かでは試したんだけど、もーちょいサンプルが欲しいんだよね。具体的には魔防が高い人」
「なるほど、道理ですね。………ん?」
というか、忘れていた。
「ちょうどいいところに来てくれたよ、実験台になって?」
「!?ま、待てフラン、なんのつもりだ?」
「は、早まらないでくださいフラン様、もうすぐヨミがこっちに………」
「じゃあ、ランダムにセットしてっと………行くよー、それー!」
「うおおおおお!?」
「きゃああああ!?」
この人がやることは、大半がろくでもないことだという事実を。
※※※
リーンがボクを呼んでいるという話を聞いて、ボクは城まで走った。
何かの緊急事態かもしれない。リーンとボクの今の職場は離れているし、直接的な関係はない。ということは、仕事以外での話だ。
急いで城に駆け込み、呼ばれていたフラン様の研究室に転がり込む。
そこで見た光景は。
「うえええん、リンカちゃん、どこぉ~!会いたいよぉ、寂しいよぉ~!」
「………なんで私って生まれてきたんだろう。なんでこんなに私ごときが幸せなんだろう。なにか大きな作為があるとしか思えない………例えば明日死ぬとか………」
「―――っ!――――っ!あはっ、あははは、あははははは!!ひー、お腹痛い!………ぶふうっ、あはははは!!」
「………なにこれ」
一言でいえば、カオスだった。
リンカさんの名前を呼びながらひたすら泣き喚くフィリス様。
どんよりした空気を放ちながら、ひたすらにネガティブなことを考えているリーン。
そしてそれを見ながらお腹を抱えて大笑いしているフラン様。
「こんにちはー、フィリスちゃんに呼ばれてきたんだけど………あら、ヨミちゃん?」
「あ、リンカさん。こんにちは」
そこに、更にはリンカさんまでやってきた。
リンカさんはその惨状を見ても動揺せず、フラン様の元に向かった。
「フランちゃん、これなにやったの?」
「ひー、ひー………あ、リンカ。それにヨミもいらっしゃい………ぷふっ!」
「こ、こんにちは。これなんですか?」
「そ、それはね………」
事情を聞いて納得した。
なるほど、性格を変える魔法。
「じゃあなに、これを使えばフィリスちゃんをドエロい性格にすることも可能ってこと!?」
「リーンをボクを手玉に取ろうとして失敗する残念小悪魔な性格にすることも可能ってことですか?」
「できるけど、君たちの四人全員欲望に正直すぎない?」
感動した、素晴らしい魔法だね。
でも、今のリーンはなんていうか、いつもにもまして面倒くさそうだ。
「えっぐ、えっぐ………リンカちゃん、どこ行ってたのぉ………寂しかったのに、置いて行かないでよ、ひどいよぉ………」
「かかかか、かっわいいいい………!あーもーごめんね、もうどこにもいかないからね!ちょっとフランちゃん、これ効力はいつまで続くのかな!?できれば明日まで待ってほしいんだけど!」
「あー、うん。明日の昼までは続くと」
「ふー、ふー、り、理性持つかな………!?」
あっちは楽しそうだ。鼻血をダラダラ流したリンカさんが、フィリス様を抱きしめて恍惚とした表情を浮かべている。
泣き虫甘えん坊というのは、リンカさんの琴線に触れたらしい。
それはともかく、リーンを何とかしないと。
「えっと、リーン?」
「あ、ヨミ………私を捨てに来たの?」
「なんで!?」
「いや、よく考えたら、ヨミが私と結婚するとか、ありえないよなーって………私より何十倍も可愛くて、強くて優しくて完璧で家事もできる完璧なヨミが、こんな取り立てた長所もないダメ吸血鬼に惚れるなんて、もう劣等感で死にたくなってきた………」
「なんて面倒くさい………」
「め、面倒くさい………そうだよねごめんね、もう私は消えるから………」
「え!?待って待って、ちょ、フラン様、早く戻してください!」
「あー………悪いんだけど、まだ戻す魔法は作ってなくて、二十四時間経たないと」
「うそでしょ!?」
こんな今にも生きる希望をかなぐり捨てそうなリーンを二十四時間!?
「何とかならないんですか!?」
「まあ、ないこともないね」
「それは一体!」
「えっと、戻すことはできないけど、別の性格に変えちゃうことはできる。だからこれでリーンに近い性格を引き当てれば」
「それだ!お願いします!」
「りょーかい」
フラン様は再びリーンに魔法を発動。
少しかっくんと体が傾いたリーンは、直後………
「ちょっと、何気安く触ってんの?」
「え?」
「離れてよ、しっしっ」
「あ、ご、ごめん………」
「ったく………ちっ、消毒しなきゃ」
性格が悪くなっていた。
「どう?………ふふっ」
「早く変えてください、ボクのメンタルにダメージが………」
「だよねえ。はいよっと」
再び魔法がリーンを包み込む。
「あ~~、めんどくせぇ~」
「こんどはめんどくさがりか………」
「どう?」
「ん~、まあこれなら………」
「何もかもめんどくさい、一生誰かに寄生してダラダラと舐めた人生送りたい………」
「チェンジで」
「あいよ」
その後も、何度もリーンの性格変換は繰り返された。
例えば。
「みんな~!魔族の美少女アイドル、リーンだゾ☆」
目立ちたがり屋になったり。
「はぁはぁ、ヨミたん、クンカクンカさせてぇ?」
変態になったり。
「あん?何見てんだねーちゃん、アタシのスケになんか用か?」
柄が悪くなったり。
なんかもう、お腹いっぱいになったので、次で最後にすることにした。
「変なのが来ない限り、次で終わりにしましょう」
「オッケー、さすがのあたしも、なんか、うん。見たくなかった後輩の一面を見ちゃったというか」
「原因はフラン様ですけどね」
そして、フラン様は最後の魔法をかけた。
はたして、どんな性格に―――
「ねえリーン、なんか露出高くない?」
「え?何見てるの?も~、ヨミのエッチ♡」
「………」
むぎゅっ。
「………へえっ!?」
「ほーら、リーンの好きなボクのおっぱいだよー」
「い、いや、そのぉ………」
最後の性格は。
ボクがちょっとリーンになってほしいなあって思ってた。
「何か言うことは?」
「か、からかおうとして、ゴメンナサイ………」
人をからかおうとして逆にからかわれる、残念小悪魔な性格だった。
ボク的には、結果オーライ。
次の日、我に返ったフィリス様とリーンがフラン様の研究室に殴り込みに行った。
いち早く察知したのか、研究室はもぬけの殻だったという。