【後日談】してくれない?
「ねえセナさん、どうしたらリーンからキスしてくれると思う?」
「ちょっと何言ってるかよくわからないわね」
あのリーンのプロポーズから、既に二年。
勿論、その話を即OKしたボクは、リーンと結婚した。
ちゃんと書類も出したし、指輪もあげた。
なんなら結婚式も挙げたし、初夜も迎えてリーンの体を隅々まで食べた。
最近になっても仲は凄まじくいいと思うし、リーンの負担が減るように極力家事もやってる。
できることはリーンもやってくれてるし、たまに喧嘩もするけどすぐに仲直りして、というかボクが襲って喘がせて謝らせゲフンゲフン。
とにかく、ボクらはどこにも綻びの無い仲良し夫婦の部類に入ると思う。
しかし、つい昨日。いつもみたいにリーンといちゃいちゃしている時に気づいてしまった。
「そういえば、リーンからキスせがまれたことないな、って」
「私はそれを聞いてどう反応を返せばいいのかしら」
「ボクとは殺し合ったりもした仲じゃないか。それに前世含めれば圧倒的に年上なんだし、何かアドバイス無いかなって」
旧四魔神将第四席『天神将』セナさんは、聖十二使徒序列第二位にしてボクの師でもあった、ヘレナさんを前世に持つ人物。
そこらへんの年齢含めれば、いろいろいいアイディアがないかなって思ったんだけど。
残念なことに、セナさんはそういう経験がないらしい。
「生憎、あなたたちのいちゃラブ結婚生活の知恵袋に役立てられるような話は持ち合わせてないわ。フィリス様とかリンカさんに聞いてみればいいじゃない、あの二人は結婚して長いんだし」
「もう聞いたよ。でもフィリス様も自分からしたことはあんまりないって言うし、リンカさんに至っては『一服盛れば一発だよ♡』とか言い出す始末だし。まあその一服用のヤツは一応もらってきたんだけど」
「今すぐそこの排水溝に捨てなさい」
ボクも一瞬その方がいいかと思ったけど、なんかもったいないからとっておくことにする。
ボクの悩みをよそに立ち上がるセナさん。
「さて、そろそろ仕事戻らないと。叔父様にばかり任せても悪いし」
「えー、行っちゃうの?」
「私はこういう話に疎いもの。もう少しマシな………そうね、ティアナさんとかレインさんとかに相談しなさいな」
「レインさんは生殖しない妖精族だし、ティアナさんは前に好みのタイプを聞いたら『姉様を性転換してマゾヒストにした感じの殿方でしょうか』って言ってて参考にならないと思う」
「待って今とんでもないことサラッと言ったわね」
あれはボクもティアナさんの闇に触れた気がしたから、あれ以上の追及をやめた。
「ところで、セナさんはどうなの?好きな人とかいないの?」
「なんでそんな、急に女子会みたいな話題を振るのよ」
「だって、少しでも参考は多い方がいいんだもの」
いろいろな人から統計を取れば、リーンからキスしてもらえるほどにボクを愛してくれる方法が見つかるかもしれない。
セナさんは少し考えて。
「………………サクラくんとか」
「え?」
「なんでもないわ忘れて頂戴じゃあ私は行くわねっ!」
地味にショタコン疑惑を残していったセナさんは、すたすたとすごいスピードで歩き去ってしまった。
「うーん、どうしよう」
ボクは周りで、誰かと付き合ってたり結婚してたりする人たちを思い浮かべる。
フルーレティア様とルーズさん。
ダメだな、あれはフルーレティア様の一方通行だ。
ディーシェ様とネイルさん。
あれもダメだ、何がとは言わないけど爛れすぎてて参考にならない。
ボクの周り、碌な恋愛観持っている人が誰一人いないなあ。
何故かそばに落ちていたブーメランを拾って弄びながら、ボクはため息をつく。
個人で相談が効きそうな人は他にいただろうか。
フェリアさんはだめだ、あの人は今ティアナさんしか見えていない。
最も向けているのは恋愛感情じゃなくて殺意だけど。
ナツメさんは………いいかも。
でもあの人は今は海底にある人魚族のお屋敷の中だ。
フラン様は論外。
ヴィネルさんはもっと論外。
あとは男の人だと、アロンさんとか?
いや、前に似たような相談したら「うるせええああああ!!独り身に喧嘩売ってんのかちくしょおおお!!」ってむせび泣きながらどこかに行っちゃったし………。
「うーん、なんとかリーンからしてもらいたいんだよね」
「呼んだ?」
「うわっ」
上からの音に驚いて首を向けると、そこには可愛い嫁がいた。
「リーン、仕事終わったの?」
「なんとかね。ヨミは今日帰ってきたんだよね、お疲れ様。お風呂準備してあるよ」
そう言ってにこりと笑うリーンに、ボクの単純な頭はあっさりと篭絡される。
なんて可愛いんだろう。なんで十七になるまで、この魅力に気付かなかったんだろう。
「ねえリーン、思いっきり抱きしめていい?」
「い、いきなりどしたの?いや、ここ人多いし、家でなら………」
「いや、単純にリーンはボクのものだから手出すなよって周りに知らしめてやりたいだけ」
「なにその独占欲!?嬉しいっちゃ嬉しいけど!」
顔を真っ赤にして叫ぶリーンに見惚れながら、ボクはリーンの手を取って引っ張る。
「わっ!」
「これくらいならいいよね?帰ろ」
「う、うん」
ボクらの家は、一応旧魔王軍の将軍クラスだったこともあって城のすぐ近くの大きいお屋敷だ。
あんなに大きくなくてもいいんだけど、まあ掃除屋さんとかたまに雇うし、生活には困らないからいいと思ってる。
「今日は何作ろうか?何がいい?」
「んー、ミートボール」
「わかった。手伝ってね?」
「いいけど、私がやったら三個に一個は弾け飛ぶよ?」
「やっぱりお風呂沸かすから入ってて」
料理ができない不器用なリーンも好きだけど、さすがにその料理音痴は看過できないレベルだ。
シチューを作ったら色が緑色になるし、カレーを作ったら何故か白くなるのがリーンのすごいところだ。
まあ、とにかく帰ろう。帰っていっぱいイチャイチャしよう。
「………今日も絶好調だな、あのお二人」
「見てるこっちが恥ずかしくなってくるよね。あー暑い暑い、お母さーん扇風機出してー」
「いやあ、ヨミ様に元からベタベタだったリーン様はともかく、まさかヨミ様があんなになるなんてなあ。世の中わからねえもんだ」
「甘すぎてもうブラックコーヒーがカフェオレに感じるわよ。ちょっと店員さん、大量に豆ぶち込んだ一杯をちょうだい。カフェイン致死量ギリギリくらいで」
何故かリーンが羞恥の顔をしていたけど、後ろのひそひそ声に関係あるのかな?
※※※
ご飯も食べて、お風呂も入って、ボクらはすでに寝る体制。
吸血鬼のリーンは本来は夜に活動するものだけど、昼の活動が多かったせいか、最近は普通に夜に寝ている。
「ねえ、リーン。聞きたいことがあるんだけどさ」
「ん?」
「リーンってなんで自分からキスしてくれないの?」
「ぶふうっ!?」
寝る前に飲んでいたあったかいお茶を盛大に噴出したリーンは、せき込みながらこっちを困惑の顔で見てきた。
「な、なにいきなり………」
「いや、そういえばリーンからしてもらったことないなーって」
「だ、だって、恥ずかしいし、それに………」
「それに?」
リーンは顔を赤くして黙ってしまった。
それにの続きが聞きたいのに、どうしたんだろう。
「それに、なに?教えてよ」
「な、なんでもない」
「えー、気になるじゃん」
ちょっと潤んだ目でボクの方をちらっと見てくるリーンはあまりにも可愛すぎて、一瞬キスしそうになったけど、鋼の精神で抑えた。
「だって………」
「だって?」
「しようって思ったタイミングで、絶対にヨミがしてくるから………」
鋼の精神は砕け散って、とりあえず襲いました。