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吸血姫とフィリス

 イスズ様から伝えられていた、二十年という期間。

 でもそれは、セナの強さやサクラ君の成長、魔王様の参戦、その他諸々を度外視した、『最長でも二十年で人間は絶滅する』ということだったらしい。


 十五年。それが人類撲滅にかかった期間。

 人間はもう、ヨミ以外に存在しない。


 本当に?


 実感がない。泣くほど喜んでおいてなんだけど、信じられない。

 もうあいつらがいない。前世から振り回され続けたあの種族が、もう消えたなんて、一瞬で飲み込むことはできない。


 各種族の有権者や幹部が帰った後、四魔神将と最古参幹部、それに引退したグレイさんが集められた。


「ヨミ。リーン。サクラ。セナ。グレイ。フラン。フルーレティア。ディーシェ。ヴィネル。今までご苦労じゃった。主ら一人でもいなければ、きっと妾らは未だに聖十二使徒辺りを追いかけまわしていた頃じゃろう。本当によくやってくれた」

「私、その聖十二使徒の序列第二位だったんですけどね」

「セナ、今感動的な場面なんじゃから静かにしておれ」


 魔王様は少し残った目じりの涙を振り払い、私たちを見渡す。


「さて。今から少々目を疑うことが起こるが、全員腰を抜かさぬようにな」

「へ?」


 魔王様がそう言い、いきなりの言葉に戸惑っていると、突如上空から暗い色の光が降り注いだ。


「な、なに!?」

「敵襲!?………あ、もう敵いないんだった」


 光は私たちの目の前でスポットライトのように広がった。

 その中で段々と人のような姿が形作られ、そこには。


「ふう。地上ってなんだか空気淀んでませんか?」

「そりゃ、あなたがいる神の領域に比べればどこだって淀んだ空気でしょう」


 なんと。


「な、なんで!?」

「ダレ?」

「そ、底知れない力………なにこれ、絶対勝てない………」

「………神か………凄まじい………」

「あら、お久しぶりですね」

「お久しぶりです、ヘレナ。いえ今はセナでしたね」


 イスズ様がいた。


「い、イスズ様、どうして地上に?」

「世界にとって何らかの緊急事態が起こった場合、その処置として神が降臨することは許可されていますので、それを逆手にとって出てきてみました。リーンさんもヨミも久しぶりですね」

「お、お久しぶりです………二年ぶりくらいですか」


 いやそんな挨拶している場合じゃない。


「緊急事態って何かあったんですか?」

「ええ、それはもうとんでもないことが起こりました。………人間、滅んだんですよ」


 あ。

 そうか、それも緊急事態の部類に入るのか、

 それはそうだ、一種族の全滅だもの。


「た、確かなんですか?」

「ずっと監視していたミザリーが、消滅したことを確認しました。ミザリーの管轄はここだけでしたので、信者が一人もいなくなったミザリーは神としての体を保てなくなったんですね。つまり、人間の絶滅を意味します」


 イスズ様は、前々から女神を封じ込めていた瓶を取り出して振ってみせた。

 そしてその中には、何もなかった。


 モニアを殺された女神ミザリーは、眷属から供給される力の大部分を失い、イスズ様が簡単に掌握できる程度の力しか持てなくなっていた。

 そしてずっと捕まっていたミザリーはイスズ様の呪いによって、眷属が受けたダメージと同等の痛みを受け続ける苦しみを味わっていた。

 気が狂いそうな痛み、それが来なければ来ないで人間が激減しているということを実感する。

 恐ろしい罰だ。けど、人間という害悪を生み出した神には相応の報いだろう。


 そして、ようやく実感した。人間は滅んだのだと。


「魔王、リーンさん、ヨミ、セナ、ディーシェはお久しぶりです。そしてほかの皆さんは初めまして。邪神改め、この世界の唯一神をやらせてもらうことになりました、イスズと申します。改めてこの場にいる皆さんに心からの謝罪と感謝を。辛い役目を背負わせて申し訳ございません。そして、今までありがとうございました」


 さすがのフラン様たちも緊張の面持ちで、イスズ様を凝視している。


「えっと、イスズサマ?あたしたちはあたしたちの好きなようにやっただけだし、そんな感謝されるようなことでもないから、そんな真摯な態度取らなくていいよ?むず痒いし」

「まあ、そうね。神様に褒められるって結構居心地が悪いものよ」

「わたしは、最近いいところなしでしたし………アンデッド族の始祖なのに、もう普通のアンデッドより弱いですし」


 最古参幹部、物おじしないなあ。

 まあこれくらいの度胸がなければ、最古の幹部なんて務まらないということなんだろうか。


 イスズ様はふふっと微笑み、腕に何故か嵌めていた日本製っぽい腕時計を見た。


「さて、長居するとさすがに過干渉になりますからね。最後の用を済ませて、私は帰るとしましょう」

「最後の用?」

「魔王、こちらに来なさい」


 魔王様は何かを期待するような、あるいは縋るような目で、ゆっくりとイスズ様に近づいていく。

 やがてスポットライトの中に入ると、イスズ様が魔王様に向けて手を出した。


「魔王。いえ、フィリス・ブラッドロード。今日を以て、貴方の魔王としての任を解きます。長い間ご苦労様でした」

「………とんでもございません。妾こそイスズ様に助けられてもらってばかりでしたのじゃ」

「うーむ、なんだか敬語とのじゃロリが混ざって変な言葉遣いになってますね。そうでなくても、フィリスののじゃロリは落ち着きません」

「そ、そんなことを言われましても困りますのじゃ」

「フラン、この子にかけた例の魔法、解いてあげてくれませんか?」

「えー………面白いのに」

「フラン、あとで覚えておれよ」

「まあそう言わず。お願いしますよ」

「むう………まあ神様に言われちゃあなあ」


 しぶしぶという様子で、フラン様は少し魔力を解放した。


「ほい、解いた」

「そんなに簡単に解けるならさっさと解いておけ、このバカエルフ!私がどれだけ………っておお!?戻ったぞ!」


 魔王様………いや、もう違うのか。フィリス様の口調が普通に戻ったようだ。

 良かったのか悪かったのかは知らん。


「さて、本題です。フィリス、あなたに重荷を背負わせた対価を払う時が来ました」


 フィリス様はフラン様に襲い掛かろうとしていたところを、はっとしてイスズ様に目を向ける。

 イスズ様は両手を輪の形にして、そこに淡い光を生み出した。


「これが、今まで輪廻転生の輪に入らないように保護していた、あなたの妻の魂です」

「あっ………」


 魔王様が膝をつき、フラン様が息をのみ、フルーレティア様とディーシェ様が何かをこらえるように口元を抑えた。


 そうか、あれは。


「私が帰った後、肉体を瞬時に構築できるように仕掛けがしてあります。私がしていたのは肉体の治癒と時間停止、魂の保護。この魂を体の中に戻せば、彼女は生き返りますよ」

「あ、あり………ありが………」


 ありがとうございますと言おうとしたんであろうフィリス様を、イスズ様は止めた。


「これはあなたとの取引の結果です。それも私が多くの得をする、不平等な取引。お礼を言う必要はありません」

「で、ですが」

「お礼なら、あなたを今まで支え続けてくれた、ここにいる仲間たちと、魔王軍の子たちに言いなさい」


 イスズ様はその言葉を最後に、魔王様に背を向けた。


「では、私は帰ります。眷属の子たちはたまに呼びますので、またお茶しましょう」

「あ、その集まりは変わらないんですね………」

「だって魔族の子たちっていい子ばかりで暇なんですもの」


 イスズ様の体は少しずつ透けていった。


「私のわがままを聞いてくださってありがとうございました、皆さん。どうか良い人生をお過ごしください」


 その言葉を最後に、イスズ様は消えてしまった。

 神の世界に帰ったんだろう。


「………あなたは我々に感謝しているではないか。相変わらず勝手な御方だな」

「まあまあ」


 不満そうな顔をするフィリス様を、ディーシェ様が諌める。


「それよりフィリス。後ろ」

「………ああ」


 私たちは見ていた。

 イスズ様と入れ替わるように出現した、一つの人影を。



「………リンカ」




※※※




 リンカ・ブラッドロード。

 フィリス様の幼馴染であり、嫁であり、数百年前の勇者によって殺された、私のもう一人の祖母に当たる人。

 フィリス様は今まで、この人を生き返らせるために、魔王という辛すぎる仕事を負ってきた。


 フィリス様の手には、そのリンカさんの魂が漂っている。


「待たせた。長い、本当に長い期間一人にしてしまった」


 そして魂は、フィリス様の手からリンカさんの体の中に入っていく。



 ―――トクン。



「リンカ。目覚めてくれ、リンカ」


 心音が聞こえる。最初は弱弱しく、けど少しずつ強く。


「お前がいない日々は、いつも色あせていた、仲間たちはいたが、お前がいないというだけで、私の寂しさは埋まらなかった。時々お前を思い出して、涙が枯れてしまうほどに泣いた。………お前がいない人生なんて、私はこれ以上考えられそうにないんだ。頼む」


 そして、心音はやがて通常と同じような刻み方を始めた。

 その後すぐに、体中から正常な音がする。


 そして。


「んっ………」

「あ………」


 リンカさんは、その眼をゆっくりと開いた。


 綺麗な人だ。美しい白い髪、天然っぽい顔立ち、ぽわぽわしたような感じはどこか私のお母さんに似ている。

 当たり前だ、面識こそなかっただろうけど、親子だったんだから。


「フィリス、ちゃん?」

「あっ………ああああ………!」


 リンカさんが体を起こした瞬間に、フィリス様は彼女に抱きついた。


「わっ!?ど、どうしたの?フィリスちゃんから抱きしめてくるなんて、何のご褒美?」

「リンカ、リンカっ………!」

「う、うん。リンカだよ」


 どうやら記憶が少し混乱しているみたいだ。

 死んでいたことを覚えていない。


「ごめん」

「へ?何が?」

「守れなくてごめん!あの日、お前を死なせてしまってごめん!挙句に、娘まで死なせてしまった!許してくれ、私を、何も約束を守れなかった私を、どうか許してくれ!」

「え、えっと?」

「ごめんなさい………リンカ、本当に!報いを受けろと言うなら受ける!お前のためなら、私はもうなんだってする!だから、嫌わないでくれ!私を、もう一人にしないでくれっ………!」


 リンカさんが目覚めたことによって、フィリス様が最初に口にしたのは、謝罪だった。

 ずっと後悔していたんだ。リンカさんを守れなかったことを。一度は自殺を図ってしまうほどに。


 フラン様たちも涙をこらえている。いや、ディーシェ様はすでに耐え切れなくて泣いていた。


「んーっと。フィリスちゃんがなにを言ってるのかよくわからないし、なんでここにフランちゃんたちがいるのかも、他の人たちが誰なのかも、そもそもここがどこなのかも全然わからないけど」


 リンカさんは、泣いているフィリス様を抱きしめ返して、幸せそうな顔をしながら。


「私がフィリスちゃんを嫌うことなんて絶対にないから、安心していいよー」

「!………ああ………うわあああ、リンカあ………………!」


 気づけば、私も泣いていた。

 ヨミも、他のみんなも、フラン様すら決壊したように泣いていた。


「会いたかった………ずっと、ずっと、会いたかったんだよぉ………!寂しかった、悲しかった、恋しかった………もう、おいて行ったりしないで………」

「うんうん、大丈夫だよー。もうずっと一緒だからねー」


 その後、フィリス様と私たちはしばらく泣き続け、リンカさんに事情を説明したりと、随分と時間を使った。

 フィリス様は決して逃がすまいと言わんばかりに、リンカさんを離さなかった。リンカさんは恍惚とした表情を浮かべていた。


 どうか、この二人が。

 もう何にも阻まれることのない、平和な人生を歩めることを、切に願おう。



 ………よかったですね。フィリス様。

次回、最終回です。

色々とここまで読んでくださった皆さんに言いたいこと、聞きたいことはございますが、それはまた明後日、後書きと活動報告でお話しさせていただきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] あぁ...泣
[一言] いや、もう展開が最高すぎる(泣
[良い点] よかったぁ……(泣 リンカが帰ってきた!生き返った!この瞬間を待ってました!涙が止まりません……。好きです。次が最終回なんて実感がなくて……。こんないい作品に出会わせてくれてありがとうござ…
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