吸血姫と絶滅
「リーン様、発見しました!」
「ありがとう、ご苦労様。次はあっちの方探知してきてくれるかな?」
「御意!」
探知魔法の使い手を総動員して、反応を探り、見つけ次第向かう地道な作業。
この作業に私の仕事が変わってから、もう五年くらい経ったか。
獣人族の兵士が探し出してくれた洞穴に、私は一人で入る。
途中に毒ガスや矢の罠が仕掛けてあったけど、10万を超えるステータスを持つ私にとってはないも同然だ。
「あ、いた」
「う、うわああああ!!」
「な、なんで罠が効いてないんだよ!?」
「き、『鬼神将』リーン………は、ははっ、四魔神将か………」
罠を潜った先の最奥には、五十人ほどの人間がいた。
ほぼ全員が平均ステータス100にも満たない一般人。
「ったく、こんなところまで逃げているとは。ちょこまかしないでほしいよまったく」
私はそいつらの近くを勢いよく通り過ぎた。
通り過ぎただけだ、魔法も何も使ってない。
ただ、私の超高ステータスが走り抜けることによって発生するソニックブームだけで、その場にいた全員が死んだ。
女も子供も老人も関係無い。人間は全員等しく死あるのみ。情けはない。
あのモニアとの大決戦から、十五年以上の月日が経っていた。
あの後、主力を全員失った人間は著しく弱体。士気も下がり、大陸各地に送られた魔王軍幹部や四魔神将によって、成すすべなく蹂躙された。
当然と言えば当然の話で、そもそもこの世界じゃ平均ステータス1万を超えている時点で十二分に人外の領域に該当する。
実際、あの聖十二使徒すらその領域にいるのは六、七人しかいなかった。
私たち四魔神将や聖十二使徒上位が異常だっただけで、幹部のアロンさんやティアナさんたちが来れば、人間は阿鼻叫喚するものだ。
結果、十年くらい前に人間の国はすべて滅んだ。
メルクリウス聖神国がにらみを利かせていたせいで迂闊に手を出せなかった国々もなぎ倒し、僅かに残っていた強者もすべて私たちが仕留め、今や人間の残りは僅か。
ただその僅かが大変で、山やらなんやら面倒なところに身を隠しているせいで捜索が難航している。
探知魔法の使い手を各地に送って探しているけど、すべての国が落ちてから五年以上経った今も、人間は絶滅していない。
洞穴を出ると、私に魔王様から次の指令があった。
結構大規模な人間の集まりを発見したかもしれないから、現場に合流して一匹も逃がさないように囲めとのことだった。
「大規模な集まりは珍しいね、一年ぶりくらい?」
「近くに大国の跡地があるので、おそらくここからの避難住民ですな。この国跡地からの探知魔法がギリギリ範囲外の場所だったらしく、今まで発見されなかったのです。灯台下暗しというやつですね」
悪魔族の部下の話を聞いて納得して、私はその国のあったところまで転移する。
うーむ、懐かしい。この国は私とサクラ君とルーズさんで攻め落としたんだけど、まー大国のわりにもろくて、簡単に落とせたもんだ。
「あら、リーンじゃない。あなたも来たのね」
「ん?なんだ、セナか。ヨミは来てないの?」
「あの子は休暇で一旦本拠地に帰ってるわよ。ティアナはあっちで大規模結界を展開中」
「なんだ、ティアナさんがいるなら私とあんた要らないじゃん」
「まあ、念のためということでしょう。一人として逃がすわけにはいかないっていうのが、魔王様の意向なんだから」
私に普通に話しかけてきた彼女の名前は、セナ・クリスト。
グレイさんの姪御さんにして、現四魔神将第四席『天神将』セナ。
魔人族にしては珍しい黒髪で、巫女のような格好をしている。
青白い肌と黒白が反転した目を除けば、日本の大和撫子といった感じの風貌だ。
モニアとの戦いで、前任者だったグレイさんは深手を負い、戦闘継続が困難な状態だった。
本人は続けたがっていたんだけど、魔王様からストップがかかったことによって泣く泣く引退。
四魔神将は三人で続けていた。これじゃ三魔神将だなとよく言われた。
でも、その引退と時同じくして、グレイさんの妹さんに娘が産まれた。それがセナ。
魔人族の始祖の先祖返りとすら言われたほどの才能の持ち主で、グレイさんも太鼓判を押す実力者。
十三歳の時に魔王様に認められ、四魔神将入りを果たした。
「てか、あんたの右眼で探せないの?大規模ってことは魔力の流れも相当感じられるでしょ」
「無理よ、こんな高い山なんだもの。あちこちに障害物があって力が阻害されるのよ。なにこれ、エベレスト?」
「それより高いね、よくもまあこんな過酷なところで暮らせてたもんだ。探知範囲外ってなに、横の問題じゃなくて縦の問題だったの?」
新たな仲間、四魔神将第四席のセナ。
で、前世の名前はヘレナ。
この女、何を思ったのかイスズ様に手を貸した見返りのお願いで、魔族への転生を望んだらしい。
まあちゃんと人類絶滅にも手を貸してくれているし、人間の中ではまあマトモな奴だったし、何よりヨミが喜んでたから、私も認めている。
ただし私の恋人を寝取ったりしたら全霊を賭してぶっ殺す。
右眼の力も健在で、人間捜索に一役買っている。
しかも聞いた話によれば、この女三度目の転生だそうで。
この世界に来る前は、私と同じ日本にいたという。
「リーンこそ何とかできないの?なんというかこう、山に向かって聖剣の名を冠する宝具を振り下ろすとか」
「出来るわけないでしょうが、聖杯なんてないんだよこの世界は」
「前から思ってたけど、あなた詳しいわよね」
「あんたに言われたくないわ」
「見つけたぞーー!!」
上空から声が上がった。
鳥の獣人や上空を泳ぐ人魚族たちがどんどん集まっている。
ナツメさんが近くにいるらしい。彼女の海の力で、空が海になっている。
「いつ見ても凄まじいわね、『大海将』の力は。いくつか、水もない内地なのに住民の多数がおぼれ死んでたって報告を前世で聞いたことがあったけれど」
「ほぼ全部ナツメさんの力だね」
あれでも魔王軍幹部の中じゃ実力下位なんだけどね。
「私たちも行く?」
「一応行っておきましょう。うち漏らしがあっては面倒だし、私の眼が役に立つでしょう」
そして中腹あたりにいた人間たちに私とセナは一瞬で追いつき、一気に仕留め切った。
二人ほど平均ステータス2000を超える強者がいたけど、四魔神将の前じゃ紙も同然。
「他愛ないねえ」
「まあこんなものでしょう。この私程度が準最強だった種族よ?」
「でもあんた、今の強さでも全盛期に近いじゃん。もう半不老来たんでしょ?十五で肉体年齢止まったならほぼ理想形だし、その内前世より強くなるでしょ」
「かもしれないけど。ああ、それで思い出したけれど、十七で半不老が来たあなたはともかく、なんでヨミは老化しないのかしら」
「あの子はイスズ様の邪神の加護を強めに与えられてるから不老なんだよ。今更何を言ってんの」
「いえ、もしかして頑張って若作りしてるのかなーとか思っていたのだけれど、流石にあの年齢であの肌と童顔はないなと思って」
私の恋人は化粧すらしてないんだが。
すっぴんであの美しさなのよわかる?
「リーン様、セナ様!」
「あら、伝令ちゃん。どうしたの?」
「魔王様からご連絡です。一旦魔王城に帰還せよとのこと」
「わかったわ」
「了解」
転移魔法でセナと一緒に魔王城へ戻ると、丁度良いタイミングで城の中に私の恋人が入ってきた。
「あ、お帰りリーン、セナさん」
「ただいま、ヨミ。会いたかったよ」
「ただいま。この様子だと、あなたも魔王様に呼ばれたのかしら」
「うん、さっき突然ね」
改めてヨミを見るけど、外見は驚くほど変わってない。
相変わらず綺麗な白髪をサイドテールにして、二本の剣を腰に差している。
『終剣アリウス』と『始剣バアル』。バアルは破壊されてしまったディアスの代わりに、モニアからの戦利品としてヨミが魔王様から譲られた。
「さっきゼッドさんとガレオンさんを見かけたから、幹部も集められてるかも。どうしたんだろうね」
そのしなやかな体は、見ているだけで疲れた私の体が癒えていく。
もう面倒なので、あのでかいおっぱいに顔をうずめて、思いっきり甘えたい。
「ねえリーン、聞いてる?」
「へ?あ、うん」
「むう。ボクの話聞かないなんて生意気。あとでお仕置きするからね」
「ひゃ、ひゃい………」
「………あなたたち、私もいることを忘れないで頂戴ね」
ヨミの唐突なハグと耳元でのささやき、セナの呆れたような声も耳に届かない胸キュンコンボだった。
ヨミとの関係はもう十年以上になるけど、未だに一度として冷めたことも、精神的に勝ったこともない。
多分、この獣には一生勝てないと思う。
「さて、じゃあ行こうか。魔王様を待たせても悪いし」
「う、うん………」
興奮冷めやらぬままに魔王の間へ行くと、そこには結構な数の幹部、それに加えて準幹部や各種族の上流階級のみんながそろっていた。
まだ集まり切ってはいないけど、私たちはかなり最後に近かったようだ。
いつの間にかさっきまで一緒の場所にいた、ティアナさんとナツメさんの姿もある。
「おや、リーンさん。それにヨミさんとセナさんも。お久しぶりですね」
「お久しぶりです、ティアナさん、ナツメさん。まあさっきの現場で一緒だったみたいですけどね」
「あー、やっぱりー、さっきのすごい殺気はー、リーンちゃんでしたかー」
「え、そんなに殺気出てました?」
「出てたわね」
「というか、リーンは人間を前にしたら大体そうなるよ」
「うっそでしょ」
自覚なかった。ちょっとショック。
「その殺気で意志の弱い人間は死にますからね」
「まあ、リーンのような強者のオーラに充てられてはね。………っと、魔王様とヴィネルさんが来たみたいよ」
壇上に目を向けるといつの間にか魔王様が顔を抑えて座られていた。
慌てて私たちは四魔神将の席に着く。
「あっ………リーンさん、ヨミさん、セナさん………お、お久しぶり、です」
「サクラ君、久しぶり。これ何の集まりなのか聞いてる?」
「い、いえ、僕も知らなくて………でも、お母さんとフルーレティア様、それにディーシェ様も、呼ばれてるみたい、です」
「へ?」
慌てて横に目を向けると、確かにそこには最古参の魔王軍幹部の皆さんの顔がそろっていた。
ディーシェ様がこっちに気づいて、ひらひらと手を振っている。
「よっぽどの内容みたいだね」
「ですね………」
ちょっと不安がよぎる。
なにせ、魔王様が顔を抑えている。あれは悩み、なのかもしれない。
モニアが死んでから十五年以上の月日が経過している。もしかしたら、あの男並みとはいかないにしろ、人間の中にまた強者が現れたのかもしれない。
「静粛に!………これより、魔王様から一つの宣言を賜います」
ヴィネルさんがそう叫び、僅かに声が立っていた部屋は一気に静かになった。
魔王様は顔を抑えていた手を放し、その綺麗な顔立ちをあらわにする。
その目元は、少し赤くなっていた。
あれはもしかして、泣いて………
「最後じゃった」
魔王様がその口を開く。
けど、主語も何もない。静かに興奮しているのがなんとなくわかる。
「リーンとセナが殺した人間で、最後だったんじゃ」
静かだった部屋に、息を吞む音が広がった。
まさか。二十年という話だったのに、こんなに早く?
期待のまなざしで、皆はただ魔王様の言葉に耳を傾けた。
「皆、よく頑張ってくれた。妾と最古参幹部が魔王軍を創りだしてから数百年。この日を、妾は一日千秋の思いで待ち続けた」
魔王様の目から、一筋の涙がこぼれた。
あの魔王様すら、耐えきれなかったようだ。
魔王様は最後に力を振り絞ったかのような涙声で、一つの宣言をした。
すなわち。
「先程、イスズ様より神託があった。人間が………今日、滅んだことをここに宣言する」
瞬間、部屋は涙と歓声、泣き声と狂喜に包まれた。