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勇者の走馬灯

 体から完全に力が抜けて、指1本動かせなくなる。

 次第に目が見えなくなってきて、私から『何か』が抜けていくのを感じる。


「.......おい立て、このグズ勇者!おい聞いてんの.......お、おい。こいつ、息してねえぞ」

「.......は?おいおい、当たり所が悪かったのか?ちっ、まずいな.......」

「んな事言ってる場合じゃねーって!早くゲイル様を呼んでこい!」


 そんな声を聞きながら、私は、安堵していた。

 これで、もうあの地獄を味わわずに済む。やっと死ねる。

 心も壊されず、思考できるうちに、自分が何者か分かっているまま、死ぬ事が出来る。


 あれ、変だな。頭になにか流れ込んでくる。

 これは.......まだ勇者になる前の、私?

 今までの思い出が、何だかごちゃごちゃと頭の中で回って―――



 ※※※



 私は、メルクリウス聖神国の辺境にある、名もない村で生まれた。

 お母さんもお父さんも、凡庸な農民。ただ他と違ったことは、何処にそんな遺伝子があったのかと、両親すら疑うほどに美しい娘がいたこと。


 私じゃない。私の姉だ。

 私の2歳年上の姉は、歳を経ることにその美しさを増していった。

 更に5歳の時の『能力下ろし』でも、とても高い数字が出たらしくて、両親は飛び上がって喜んでいた。


 それに応じて両親の愛も、その殆どが姉に注がれて行き.......気がつくと、私は最早居ないものとして扱われていた。


 でも、私は別にそれでもよかった。

 その両親に渋い顔をしていた村の何人かの人がとても優しくしてくれたし、別に乱暴をされていたわけじゃなかったから。

 両親が見向きもしてくれないのは悲しかったけど、生きていくには困らなかった。


 転機が訪れたのは、5歳の誕生日。


『あなたはこの度5歳の誕生日を迎えました。おめでとうございます!つきましては、神からの贈物として、ステータスが付与されます』


 ファンファーレと共に聞こえてきたその言葉と共に、私に『能力下ろし』が成された。

 その時の感覚は今でも覚えている。自分が自分でなくなるような、でも不思議と違和感を感じない、力が漲ってくるような感覚。

 その時表記された数字を、一応両親に見せた。両親はうっとおしそうにしながらも渋々こちらを見て、直後に、飛び出るのかと思う程に目を見開いた。


 その後は大騒ぎだった。

 村全体に私の『ステータス』のことを両親が自慢したらしく、たくさんの人が私のステータスを見に来た。

 今でもあれはよく分からない。レベル1とある他にも色々な数字が.......レベル以外には100より下の数字はなかったけど、とにかくそんな数字をみて何が楽しかったんだろう。


 その後の私の暮らしは一変した。

 両親は私に対してもニコニコと笑いかけてくれるようになって、村そのものも何だか皆笑顔になった気がした。

 変だとは思ったけど、皆が笑顔になったなら、それでいいと思った。

 唯一、自分だけお姫様扱いされなくなった姉が私をいじめて来ようとしていたけど、なんだか力が弱くて、全然気にならなかった。


 だけど、その時間が続いたのは、1ヶ月だけだった。



 ※※※



 私の誕生日から1ヶ月後、神都から騎士様達がたくさん来た。

 騎士様達は、私のことを探しに来たみたいだった。

 お城の占い師が、私の事を見つけたんだって。


『貴方は、勇者の素質を持つ御方です。我々と来て、共に邪悪な魔族を倒しましょう』


 騎士様達は口々に私にそう言った。


 私は嫌だった。勇者の素質なんていらない。私はこの村でずっと暮らしていたい。

 そう、両親に伝えたら.......、


『何を言っているんだ!ミザリー様が嫌う魔族を倒すお手伝いが出来るんだぞ!?』

『その通りよ!行きなさい!行かないとこの村を出ていかせるわ!』


 そう言って、私は神都で勇者として働くしかなくなった。


 神都に行く前日の夜。

 私は暑くて起きちゃって、水を飲もうと居間に入ろうとした。

 するとお父さんとお母さんがまだ起きていて、机の上に金色に光る『何か』がいっぱい広がっていて.......2人は、それを見てすっごく幸せそうに笑っていた。

 何を話していたかはよく聞こえなかったけど、「せいぶつへいき」とか「めいよ」とか「遊んで暮らせる」とか、そんな言葉が聞こえてきた。


 今なら分かる。両親は私を売ったんだ。

 私を、魔族と戦わせるための人形にすることを知っていて、そのうえであの金で私を手放した。


 神都へ行く日、私は村の皆へ挨拶をしていった。

 たくさんの人が、寂しくなる、悲しいと言ってくれた。

 でも、何だかその目は、今まで私を見ていた時の目じゃなかった。

 なんだか、とても大事な『道具』を見るような、そんな目をしていた。


 ああ、そうか。あの人達もきっと、騎士からお金を貰っていたんだ。

 皆、みーんな、私をお金で売ったんだ.......『道具』として。

 結局あの村に、私の居場所なんて無かったんだ。


 そして私は、少なくともあの時は、純粋で何も知らない無垢な女の子だったあの時の私は、村を離れることを悲しみ、落ち込みながら、神都へ向かい。



 そして、今へと至る、この世の地獄を味わった。



 ※※※



「.......やれやれ、今度からは気をつけるのですよ?心を壊すことは構いませんが、体を壊してしまっては人類の一大事なのですから。蘇生魔法も何度も使えるわけではありませんからね」

「はい、申し訳ございませんでした!」

「お手を煩わせてしまい、何とお詫び申し上げれば.......」

「いえいえ、起きてしまったことは仕方がありません。それよりも.......」


 .......なんだろう、この声。

 私、死んだはずじゃ.......?

 ということは、ここが天国か地獄?

 上手く働かない頭を無理矢理動かして、取り敢えず起き上がろうとして.......


 私のお腹に、大きな足が突き刺さった。


「げぼっ.......!?」

「この程度で死ぬ、貴方の脆弱さに腹が立ちますよ。ステータス面では問題ないはずなのに、一度死んだ。ということは、貴方が生を手放そうとしたとしか考えられません」


 何か言うべきだと思ったけど、お腹に受けた衝撃で血の混じった吐瀉物を吐いてしまい、何も言うことが出来ない。


「貴方は勇者なんですよ?ミザリー様のお役に立ち、我々人間を守ることが仕事。そんな存在が、そんな精神でどうするのですか.............このグズが!!」

「ひぎっ!?」


 頭を蹴られて、反対側の壁にぶつかった。

 痛くて痛くて、でも私の高いらしいステータスが、私を生かしてしまう。

 .......生かす?痛い?.......私は死んだはずなのに。


 そこで漸く、私は私を蹴った男の顔を見た。

 何度か見覚えがある顔だ。

 身長が2メートルは超えているであろう巨漢。手に持つ聖書。間違いない。


 《聖十二使徒》序列第三位―――『天命』のゲイル。


 神官系の超上級職『枢機卿』に就く、回復と支援に関しては世界最高峰と言われ、蘇生魔法すら操る男。


 そう、蘇生魔法。生物を生き返らせる魔法。

 そこで私は理解した。私は生き返らされたんだ。無理矢理、この男に。

 漸く、死ねると思ったのに。楽になれると思ったのに。


「おっと.......これ以上やると、また蘇生する羽目になりますね。では皆さん、あとはよろしくお願いしますよ」

「かしこまりました、ゲイル様!」

「クソっ、このガキ、あの程度で死にやがって.......そんなに弱くて、ミザリー様に申し訳ないと思わねえのか!」


 そう。私は弱い。

 ここから抜け出す力も、自分で死ぬ勇気もない。

 そして死んだとしても、蘇生される。私は、ずっとこうしていなきゃならない。

 ああ、早く、死なせて。

 でなければ.......早く狂わせて。


 何も考えられないように。何も感じないように。

 この苦しみから抜け出せるなら、あいつらが望むような存在になったって、いいから。

 だから、あいつらが望むように。


 私の心、早く壊れて。

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