吸血姫と元勇者と魔王と邪神
最近は何度も感じていた筈の感覚なのに、その間に起きた出来事があまりに濃かったせいか、随分と久しぶりに感じる。
横を見ると、ヨミが寝ている。私は起き上がり、辺りを見渡す。
ここに呼ばれたということは、作戦は首尾よく成功した、ということなのだろうか。
「その通りです。本当にお疲れ様でした、リーンさん」
後ろから声がかかった。
振り向くと、案の定イスズ様がいた。
なにやら瓶のようなものを掌で弄んでいて、よく見るとその中に誰かが入っているのが分かる。
小人族?
「違いますよ。これが女神ミザリーです」
えっ、それが?
死にかけのセミみたいになってますけど。
「はい、こいつがすべての元凶です。随分とこちらを舐め腐った態度をとってきたので、ちょっと痛い目に合わせたらこうなりました」
女神ミザリーは、死んだような目で痙攣し、何も言葉を発さない状態になっている。
いい気味だけどちょっとイスズ様の闇に触れた気がする。
さすがは邪神、底知れない闇を抱えているんだなあ。
「抱えてませんよそんなもの、勝手に闇深い存在にしないでください」
イスズ様がちょっとムキになったように私に言い返している間に、どうやら隣のヨミも目を覚ましたらしい。
「うーん………ここは」
ヨミも起きたことだし、普通に話そう。
「おはよう。具合はどう?」
「うん、まあまあ軽いよ」
「いや、そりゃ精神世界ですから、肉体ダメージは反映されませんので………」
あ、そうか。
「さて、魔王はリーンさんより先に目覚めたのですが、ちょっと散歩してくると言って行ってしまったのですよ。呼び戻しましょう」
神の領域を散歩って、さすが魔王様。大物だ。
イスズ様が指を鳴らすと、まるで元々そこにいたかのように魔王様が現れた。
もちろん傷はない。
「ん?おお、お前たち。目を覚ましたようだな」
ん?
「?なんだ、そんなに驚いたような顔をして。私がここにいるのが珍しいからか?私からしてみれば、お前たちがここにいる方が少し信じがたい気分なのだが」
………。
「あなた、誰ですか?」
「魔王様に似てるけど、違う人?」
「何故そうなる!?正真正銘の魔王フィリスだ!」
いやだって。
「口調違うし………」
「のじゃロリじゃない魔王様とか、違和感しかなくて」
「フランの馬鹿の魔法で普段はあの口調を取らざるを得なくなっているだけで、私は本来こういう口調だ!」
ああ、そういえばそうだっけ。
「ああ、思い出しました。前にイスズ様が言ってましたね、ここでは口調が戻るからとんでもない勢いでだらけるって」
「ちょっ!?イスズ様、何ということを話しているのですか!」
「それに関しては、私にリンカの声真似をさせた挙句に酷評したあなたが悪いでしょう」
うーむ、なんだか新感覚だ。
普通の口調の魔王様なんて、魔王様の話に出てきた過去編でしか聞いたことなかったからなあ。
※※※
「さて、本題に入りましょう。………皆さん、本当にありがとうございました」
そう言って、イスズ様が頭を下げてきた。
そう、頭を下げたのだ、神が。
「あ、頭上げてください!」
「神が何してるんですか、もっと堂々と構えていてくださいよ」
暫くしてイスズ様はようやく顔を上げてくれた。
「あなた方のおかげで、私は親友の仇を取ることが出来ました。それだけではありません、モニアが死んだことで、この世界に魔王軍に仇なす巨大な戦力は無くなりました。最早、あなた方が夢見る、魔族とヨミだけの平和な世界は目前です」
ああ、本当にモニアは死んだか。
「私たちの体は今どうなっていますか?」
「今は、全員の応急処置を終えたフランが駆けつけて、あなた方を魔王城に運んで治療しています。
安心してください。フルーレティアもサクラも蘇生は成功です。グレイも治療が間に合いました」
そうか、よかった。
これで誰か一人でも欠けていたら、随分と後味が悪かったはずだ。
「じゃあ、ここからは思う存分暴れて、人間共を駆逐すればよいわけですな」
「ええ、そうして………」
「ふぅ、やっと終わりましたよ、次元の調整………。あら」
「「「………は?」」」
………見間違えだろうか。あるいは他人の空似だろうか。
「おや、おかえりなさい。ご苦労様でした」
「ええ、まあ何とかしてきましたよ。あなた方が戦ったことによって起こった次元の歪み、無茶苦茶だったけど何とか直しました。それより、知った顔がいくつか並んでますね」
「ええ、さっき呼んだところです。あなたの先輩ですよ」
いや、こいつの顔を見間違えるはずがない。
「久しぶりね、ヨミ。ついでにリーン。あと、そっちがもしかして魔王さんかしら」
「へ………ヘレナっ!?」
「ヘレナさん!?」
「なぜ、こいつがここにいるんだ!」
元聖十二使徒序列第二位にして、ヨミの戦いの師のような存在。
『宝眼』のヘレナ。ヨミが殺したはずのこの女が、なぜここに?なんでイスズ様と!?
「………イスズ様、説明を」
「ええ、実はかくかくしかじかで」
「なるほど………そういうことか」
つまり、こいつは元々好きで人間側についていたわけではなく、ルヴェルズによって操られていたと。
で、洗脳が解けてヨミと戦って、自らをヨミの踏み台にしたと。
そこを評価されて、ミザリーを使ってイスズ様に呼ばれ、イスズ様の眷属としてここにいることになったと。
「今更私をどうこうすることはできないわよ、リーン。もう死んでるし、この体だって仮初のものだし」
「………元々そんな気はないよ。あんただって人間の被害者だったっていうなら、ヨミ同様例外っちゃ例外だし」
「あらそう、意外と柔軟なのね。その割には顔が険しいけど」
「だって………」
「ヘレナさん、ヘレナさん!わあ、良かったまた会えて!」
「ヨミがめっちゃ懐いてるからっ………!」
「ジェラシーってやつかしら」
「うっさい!」
ヨミの頭をなでながら私に話しかけてくるその様は、マウントを取られているようにしか見えなかった。
ここが地上だったら戦争を仕掛けているところだ。
「で、もうその『お願い』ってのは叶えてもらったの?」
ミザリーを捕まえたら、何でも一つ願いをかなえるって約束をしていたらしい。
さっさと叶えてもらってさっさと安らかに成仏しろバカヤロー。
「いえ、まだよ。お願いの性質上、四十九日経たないと叶えてもらえないのよね。だからそれまで待っているの」
よくわからないけど、とりあえずまだ成仏はできないから、イスズ様の手伝いをして暇つぶしをしているのか。
「はいはい、皆さん落ち着いてください。そろそろ体に精神を戻しますよ」
ああ、もうそんな時間か。
「さ、準備するよヨミ。早く離れなさい」
「えー」
「えーじゃないの!」
「お母さんみたいねあなた」
「うるさいっての!」
せめてお姉ちゃんって言え!
「さて、戻ったら頑張ってくださいね。魔王も、既に準備は整えてありますよ」
「!………ありがとうございます」
準備とは何かと考えて、リンカさんのことだと思いついた。
そうか、人間を全滅させたら、リンカさんは生き返る。魔王様はそのために戦ってきた。
「ここからも油断してはいけませんよ。慢心せず、堅実に、人間を駆逐していきなさい。ざっと見積もって………二十年くらいはかかるでしょう」
「「「うえっ」」」
まあそれはそうか。
この世界にはまだいくつか大陸がある。私たちが今までいたのは世界最高にして段違いの実力者たちが集まる大陸。
だけど、この大陸には数段劣るとはいえ、各大陸にもそれ相応の数の人間共がいる。
そのすべてを殺しつくすというなら、それくらいの年月がかかっても仕方がない。
「じゃあ、帰ったら頑張りますか………」
「ああ、憂鬱だ。面倒だ。もうヨミ、お前魔王やらないか?」
「い、嫌です」
「では、体戻しますよ。また連絡しますからね。頑張ってください」
イスズ様のその声を聞き、ヘレナの手を振るさまを見た後、私の意識は暗転した。
まだ私たちの戦争は終わっていないのだという事実を自覚しながら。