吸血姫と伝説の最期
「………やった」
モニアの体は、胴体から完全に切断された。
回復魔法を使えず、アイテムも持っていないモニアにこれを治すのはさすがに不可能。
保守の腕輪の反動による激痛に耐えつつ、立ち上がってヨミの元へと向かう。
「ヨミ、大丈夫?傷みせて。アリウスからは手離しちゃだめだよ」
バアルで斬られたから、アリウスの神器殺しを失ったら洗脳されかねない。
こんな近くにいると、多分私が飛びのいて術式を発動するより、ヨミが私の首を落とす方が早い。
「うん、大丈夫………。ありがとう、助かるよ」
低下したステータスで魔力を絞り出し、ヨミの出血を止める。
「主ら、無事のようじゃな」
「あ、魔王様」
魔王様も転移してきて、全員がそろった。
モニアを仕留めたかもしれないというのに、全員の顔は晴れない。
疲れと恐れのせいで、マトモに動くことすら難しい。
「ヨミ、よくやった。これでやれるだけのことはやったはずじゃ。これでもし、やつが起き上がってくるようなことがあれば………」
終わりだ。
もう本当に策が尽きた。
私もヨミも魔王様も、成すすべなく殺されるだろう。
「やつは、死んだか?」
「どうでしょう。脈は止まっていますけど」
「………は、は………はははは………」
「っ!?」
「………生きておったか」
後ろを見ると、胴から二つに分かれたモニアの上半身が、ケラケラと笑っている。
まさか、まだ動くのか?
あれだけやったのに?
「ああ………安心しろ。お前らの勝ちだよ。俺はもうすぐ死ぬ」
本当かどうか疑わしい。
少なくとも、こいつの体が消し飛ぶ様子を見ないと安心できない。
「なんだよその疑いのまなざしは。信用ねえなあ」
「できるわけないだろ」
「まあそりゃそうだ」
もうすぐ死ぬという人間が、何も恐れていないかのように笑っている。
不気味だ。
「もうすぐ死ぬってやつが、なんでそんな笑っとるんじゃ」
「いやあ、まさか本当に俺が負けるなんて思わなくてよお。今まで千を超える戦場で、万を超える奴らに無敗を誇ってきたが、こんな気分初めてだ」
「あっそ。で、どうなの?負けた悔しさってやつを初めて感じた感想は」
「あー、控えめに言って………最悪だ」
だろうね。
「屈辱、劣等感、羞恥、自分への失望。何もかもごちゃ混ぜにしたもんを一気に飲み込んだ感じだ。だが………まあ、新感覚ではあるな。『次は負けたくない』って気持ちが湧き出てくるんだが、生憎次はなさそうだなあ」
「あってたまるか」
ヨミも魔王様も、心底うんざりした気分を味わっているだろう。私だってそうだ。
二度とこんな奴と戦いたくない。
「俺がいなくなりゃ、人間にゃお前らどころか、並の幹部にすら勝てる人間は存在しなくなる。女神の奴も一気に力が衰えて、邪神にとっ捕まるだろうなあ。いや、もうそうなってんのか。だからこそ俺の加護が消えたんだろうしな。
この数百年………いや、俺が魔族と人間の間に亀裂を生んだ時から数えれば四千年以上前から続いた、人間と魔族の戦争は、もうほぼお前らの勝ちだ。素直に称賛するぜ、見事だ」
「なんじゃ急に、気色の悪い」
「仕方ねえだろ、死ぬまでの間暇なんだよ。ちょっとした雑談にくらい、殺し合いをした仲ってことで付き合ってくれや」
唾を吐いて嫌だと言ってやりたい。
けど、まあ。これが私たちの積み上げてきたものの集大成って思えば、その最後の瞬間の叫びくらい、我慢して聞いてやってもいいか。
「あー、これで終わりかよ。俺の人生、思えばろくなことなかったかもなあ。味方は弱いわ、女神にいらんもん押し付けられるわ、挙句には最高な時代に目覚めたと思ったら殺されるわ。あー嫌だ嫌だ。あームカつく。お前ら全員ぶん殴りてえけど届かねえ」
「自分でもぶん殴ってみれば?」
「嫌に決まってるだろ、俺は戦うのは好きだが痛いのは嫌いなんだよ馬鹿」
「知るか馬鹿」
こいつ本当に天空にぶん投げて忘れ去ってやろうか。
「………あー、なんか走馬灯っぽいもん見えてきやがった。もう死が近いなあ。あ、目が見えなくなってきたわ。ギャー死ぬー」
にしては元気だなこいつ。
「いいからはよ逝ね」
「もうさっさと死んでよ頼むから」
「とっととくたばれ」
「お前ら死ぬ寸前のやつにもーちょいまともな言葉かけられないわけ?」
呆れたような声を出すモニアだったが、もう本当に限界が近いらしい。
ここまで何もしないということは、やはり本当にこれで終わりなのだろう。
「………なあ」
「なんじゃ」
「………その、なんだ。悪かったな、俺の悪癖につき合わせちまって」
「自覚あるなら早く死ね」
「リーン、お前さすがに辛辣過ぎない?」
いよいよなようで、もう声がか細くなっている。
「………じゃ、あばよ」
「ああ」
「じゃあね」
「次起きたらマジでぶち殺す」
私たちの返しに苦笑するかのような表情で、モニアは目を閉じ、そのまま動かなくなった。
人類最強、始まりの英雄、原初の勇者、女神の寵愛を受けしもの。
様々な異名こそ持っていたが、その実ただの戦闘狂であり、自己中な天災のような存在だった男。
モニア・ヒューマンロード。その最期だった。
※※※
「《地獄の火炎》」
魔王様がモニアの死体を焼き、やがてその場には私たちだけとなる。
「街の復興、どうします?」
「幹部を総動員してやればよい。こんな時こそゼッドのアンデッド兵の見せどころじゃろう」
「フラン様たちは大丈夫でしょうか」
「あやつらは殺しても死なんような連中じゃ、どうせ無事じゃろ」
「ボクたち、勝ったんですよね?」
「油断するなアホ、まだ人間は残っておる。最後の独りまで根絶やしにするまで、安堵の瞬間などないわ」
ああ、嫌だ嫌だ。
広範囲捜索して、ポコポコ増えないように殺していかなきゃならないなんて、考えるだけで憂鬱だわ。
なんとか、一発で人間だけを滅ぼしつくせるような兵器とか作れないものだろうか。
「じゃが、まあ………今くらいはいいじゃろ」
最初は魔王様だった。
その場にいきなり倒れ、一秒もしないうちに眠りについた。
眠りというか、気絶だ。極限まで意識を張り詰めさせ、集中しすぎたツケが回ってきた。
「魔王様、大丈夫………」
ヨミもまた、魔王様に駆け寄ろうとして足の力が抜けたように倒れこみ、そのまま気絶した。
「うっ………」
私もだ。
眠い。意識が飛ぶ。
でも、二人を魔王城に送らなきゃ。
………いっか。どうせ私たちの体を今生きている人間が傷つけられるはずがないし、そもそもここは人間の生存圏から離れた魔王軍の本拠地だし、フラン様たちもいるし。
なんとか、なるでしょ………。
そう思った瞬間、私の体は動かなくなった。
硬直した体は重力に従い、地面に倒れこむ。
そして。私も二人と同様に、意識を手放した。
ラスボスも倒し、いよいよ終わりが近いです。
予定ではあと五話。最後までお付き合いください。