元勇者と全滅
「ごおおおおおあああああ!!!」
「な、なに!?」
「………これは………まさか………!?」
ボクたちは苦戦こそすれど、確実にモニアにダメージを負わせていっていた。
いくら強くても所詮は個の強さ。ボクたちが束になったかかれば、さすがに隙ができる。
けど、とうとうボクの剣がモニアを捉えかけた時。突如としてモニアが叫びだし、周囲に衝撃が走り、ボクも吹き飛ばされた。
「ごおおおおおお!!!」
「一体何が………」
「………ヨミ!」
ボクが少し放心していると、グレイさんがボクを担いで一気に跳躍した。
「うわっ!?グレイさん!?」
「………あれはまずい………!『狂化』だ………!」
「へ?」
狂化、聞いたことがある。
確か魔人族の種族特性。
理性を失う代わりに一分無敵となる、最凶という呼び声も高い種族特性。
「あいつ、そんな力まで!」
「………合流を………魔王様たちと………!」
だけど、時はすでに遅かった。
モニアが地面に降り立ち、その瞬間に無事だった街もすべて吹き飛んだ。
「っ!?うわあああっ!」
「ヨミ………!」
ボクはそのまま上空に打ち上げられ、重力に従って地面にたたきつけられた。
「いたた………」
「ヨミ!大丈夫!?」
「あ、リーン………なんとか」
お尻から落ちて結構痛かったけど、それどころじゃない。
狂化したモニアは理性を失っているものの、月の加護を使った時のモニアと同等近い実力を得ているはず。
しかも攻撃は効かず、あの時と違って一切の手加減がない。
「どうすれば………」
「リ、リーンさん、ヨミさん!」
走り寄ってきたのはサクラ君だった。
「だ、大丈夫ですか!」
「なんとかね。そっちは?」
「も、問題なしです。あ、あれなんなんでしょうか………」
「グレイさんが狂化だって言ってた」
「き、狂化!?よりによって………」
リーンもサクラ君も、流石に警戒を最大級まで強めた。
「とにかく、あれは一分しか持たないはず。一分凌げば………」
「そうだね………サクラ君!!」
「え?」
リーンが突如叫んだ。
きっと、天眼アルスの動体視力で、リーンだけが視認できていたんだろう。
でも、間に合わなかった。
サクラ君が反応するより早く、一瞬でこっちに移動してきたモニアの拳が、サクラ君の横腹にめり込んでいた。
「げ、ほっ………」
サクラ君の小さな体は勢いに任せて飛んでいき、クレーターと化した街の端でようやく止まった。
けど、そのまま彼は動かなかった。
分かっている。魔術師であるサクラ君が、ノーガードであの攻撃を受けて、生きていられるはずはない。
ほぼ間違いなく………即死だ。
ある程度の多重防御魔法でサクラ君が自分を守っていたおかげか、体は原形をとどめている。それならフラン様の蘇生魔法で後で復活可能だ。
けど、それでも。四魔神将第三席を一撃で殺すモニアへの驚愕、長く任務を共にした同胞を殺された怒り、その圧倒的な実力に対する恐怖。様々な気持ちが自分の中でごちゃ混ぜになって、自分を抑えきれそうになくなる。
「よくもっ………」
「ヨミ、落ち着いて!」
「だ、だけど!」
「サクラ君は後で蘇生できる!今私たちが考えるべきは、あの化け物をどうやってあと五十秒も抑えきるかってこと!」
正論だった。
リーンに言われたことで多少頭が冷えた。
「ごめん、もう大丈………」
そのあとの言葉は続かなかった。
リーンがボクの腕を引っ張って跳躍したからだ。
その直後、狂化したモニアはボクが今までいたところに足をめり込ませていた。
「ごおおおお………」
「ちっ!《力場斬撃》!」
リーンがモニアに斬撃の魔法を放つ。
けど、直撃したにもかかわらず、モニアは全く効いた様子が無かった。
「どうすれば………」
「リーン!ヨミ!」
「無事だった!?」
地上を見ると、モニアからかなり離れた場所に三つの影が見えた。
魔王様とフラン様、フルーレティア様だ。
リーンは転移魔法で魔王様たちと合流し、事の顛末を語った。
「やはり狂化か………しかもサクラが殺されたじゃと?」
「サ、サクラが………あの野郎お………!!」
「フラン、落ち着きなさい」
「落ち着けるか!あたしの息子なんだよ!?」
「わかっているわよ。だけど、あなたなら何とかなるでしょう?」
「だけど!」
「今の最悪の状況は、蘇生魔法が使えるあなたが殺されることよ。あと四十秒くらいは、自分の命を優先しなさい。他の全員が殺されようとも」
「フルーレティアの言う通りじゃ。残酷なことを言うが、主さえ生きていれば何とかなるのじゃから、他の全員を盾にしてでも主は死ぬな」
「うぐっ………」
魔王様とフルーレティア様の言う通りだ。
蘇生魔法が使えるのは、フラン様とサクラ君、それに準幹部のシェリーさんのみ。
そして、この中で連続して何度も蘇生魔法が使えるのはフラン様だけだ。
ボクとリーン、魔王様は邪神の加護があるから一度は無条件で復活できるけど、他の人たちはそうはいかない。
フラン様が生き延びるのは絶対条件だ。
「とりあえず固まっていたら標的にされているだけだわ。各自散開して………!?」
フルーレティア様が言い終わる前に、恐ろしい速度で何かがこっちへ飛んできた。
それが何かわかった瞬間、魔王様が慌ててそれを受け止めた。
「グ、グレイ!おい、生きておるか!?」
「が、ふっ………!」
飛んできたのはグレイさんだった。
辛うじて息はあるけど、体はあちこちが文字通り無くなっている。
数分で死んでしまう。
「《最上位治………」
魔王様が回復魔法をかけようとしたけど、それは叶わなかった。
グレイさんをボロボロにした張本人が、こっちへ向かってきたからだ。
「ごおおおおおおああああああ!!!」
「ぐっ!」
魔王様はグレイさんを引っ張って回避しようとしたけど、狂化によって恐ろしいスピードを得たモニアを振り切ることはできず、鳩尾にモニアの脚が直撃した。
「げぼっ!」
「魔王様!!」
魔王様はグレイさんと一緒に後ろの岩にぶつかり、そのまま動かなくなった。
息はあるみたいだけど、骨が砕ける音がしたから、戦線復帰は難しいかもしれない。
「くっそ!」
「フラン、あなたは転移で逃げなさい!早く!」
「けどっ………」
フラン様の一瞬の迷いが、彼女へのモニアの接近を許した。
「フラン様あ!!」
「《結界化》!」
フラン様にモニアの拳が突き刺さる。
けど。
「げふっ………」
フラン様は倒れなかった。
代わりに、フルーレティア様が血を吐いて、その場に膝をついた。
「レティ!?」
「フルーレティア様!!」
「こんの、バカエルフ………世話かけるんじゃ、ないわよ………!」
その言葉を最後に、フルーレティア様はその場に倒れ、動かなくなった。
息をしていない。………死んでいる。
《結界化》はその名前が示す通り、生贄………つまり身代わりの魔法。
自分自身を指定者の結界とし、その人が受けるべきだったダメージを肩代わりする。
「………くっそおお!」
「フラン様、ここはっ」
「わかってる!」
フラン様は即座に転移魔法を発動する姿勢に入る。
正しい判断だ。サクラ君とフルーレティア様は後で蘇生可能だ。
狂化が解けたモニアなら、戦いを長引かせるために蘇生を見逃そうとする可能性すらある。
けど、今の本能で動くモニアは、フラン様を逃がそうとはしなかった。
「ごあああああおおおお!!!」
「ぐっ!」
「《暴風収束》!」
モニアはフラン様が転移するよりも早く、フラン様を殺そうとした。
それを察知したリーンが事前に準備していた風の魔法でフラン様を吹っ飛ばし、直撃を防いだ。
だけど完全には防ぎきれず、モニアの攻撃がフラン様の横腹を掠った。
それだけでも恐ろしい衝撃だったようで、フラン様は転移魔法を発動しきれず、リーンの魔法で打ち上げられ、地面に降ろされた頃には気絶していた。
命に別状はなさそうだけど、これで残っているのはボクとリーンだけになってしまった。
あと約三十秒。
「ごおおおおおおおおお!!!」
「危なっ………」
モニアの動きを予知できるリーンは、辛うじて奴の動きを回避できる。
けど、それもほんのわずかな時間。モニアが手数を増やせば、いくら動きを先読みしても回避しきれなくなる。
「このっ!」
モニアが一瞬止まった時を狙って、ディアスで背中から攻撃を仕掛ける。
どうやら狂化による無敵化でもディアスの防御貫通は防げないらしく、モニアは浅くない傷を負った。
「ごあああああ!?」
けど、勇者の名残の再生能力で徐々に修復されていく。
その上、今度はボクが標的になったみたいだ。
「お前の相手は、私だあっ!!」
ボクに注意が向いた瞬間、リーンがモニアの脳天に踵落としを食らわせた。
けど、勿論狂化しているモニアには効かない。そして、再び注意がリーンに向かった、
「もう一度っ!」
このままリーンとボクに交互に注意を向けさせれば、あと二十五秒、何とかなるかもしれない。
けど、それは淡い期待だった。
ボクが攻撃してもモニアはリーンから注意をそらさず、リーンへの集中攻撃を仕掛けた。
「あっ………」
「リーン!!」
リーンは、諦めたような表情になった。
いや、きっと諦めたんだ。一秒先の自分の未来を。
「やめっ………」
ボクの制止もむなしく、リーンはモニアの攻撃を受けてしまった。
リーンはボールのように弾き飛び、やがて動かなくなった。