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英雄と狂化

いよいよ終わりが見えてきました………。

 俺は、昔から戦うのが好きだった。

 勝つか負けるか、そんな極限状態での音と匂いを愛していた。


 子供の頃は喧嘩ごっこに明け暮れ、成長しても武術や剣術の道場に通いつめて技を学び、魔獣や悪人に試したりしていた。

 今思えば、あのころが一番楽しかった。戦えば戦うほど強くなり、より高みへ行けるという希望にあふれていた。


 だがある時を境に、誰も俺に勝てなくなった。

 それどころか、俺と戦おうともしなくなった。

 俺は怪物だと。才能の化け物だと。みんなそう言って、自信を無くしたような顔で道場を去っていき、最後には師範も消えた。

 出る杭は打たれる。だが、高すぎる杭は打てない。そういうことだったんだろうな。


 俺はさらなる戦いを求めて、当時の国の首都へ向かった。

 剣で戦うのが一番好きだったから、剣術の大会に出てみたら、優勝してしまった。

 どいつもこいつも、俺を楽しませてはくれなかったのに、国はえらく俺を褒め称え、国に仕える気はないかと言いだした。

 国は近衛騎士団とかいう、とんでもない強さを持つ連中がうようよしているという話だったから、俺は期待に胸を膨らませてその話を受けた。


 数年の間は最高だった。俺ほどではないにしろ、凄まじく強い連中が俺を楽しませてくれた。

 だけど、そこまでだった。俺を超えてくれる奴はいなかったし、何年もすれば俺が強くなって、そいつらを置いて行ってしまった。

 レベルリミッターが異様に高かった俺は、どんどん高みに進んでしまって、終いには近衛騎士団長という妙な肩書を与えられた。

『神器』なんて強力な武器まで貰って、さらに他の奴らを置いて行ってしまった。

 誰も俺を楽しませてくれない。俺を超えるやつが誰一人いない。





 絶望している中、頭の中に声が響いてきた。


『力が欲しいか?』


 要らないと答えた。

 無理やり与えられた。


『名声が、富が欲しいか?』


 いるかそんなもんと答えた。

 無理やり方法を頭に押し込まれた。


『この国のすべてを敵に回して、すべてを滅ぼしてみよ』


 即座に分かったと答えた。





 この声の正体が女神ミザリーのもんだと気づいたのは、国をすべて滅ぼした後だった。

 国との戦いは俺の人生で最も充実した時間だったが、国そのものが相手でも俺を止めることはできず、それどころか向かってくる敵すべてを殺しつくしたせいでレベルがガンガン上がって、女神の加護や寵愛も相まって、もはや神の領域に近いほどの強さになってしまっていた。


 充実した時間と引き換えに、俺は女神の言うことを聞いてやった。

 メルクリウス聖神国を創り、人間に洗脳教育を施した。

 当時の有力者や生かしておいた国王、ミザリー教の教祖やその他もろもろをバアルで操って、各地に洗脳をばらまいた。

 魔族や亜人族との間に溝を作り、俺たちの明確な敵とすることで、戦争を起こさせた。


 そして気づいた時には、俺は女神の操り人形となっていた。


 気づいたのは、俺が殺した吸血鬼王の次代と戦っているときだった。

 俺は負けそうになった。手を抜いて戦っていたから、流石に仕返しを食らった。

 その時、敗北というのを味わってみたかったはずの俺に、かつてないほどの恐怖感と、この状況を切り抜けるための策が同時に襲い掛かってきた。

 気がつくと、俺はその策の通りに行動し、吸血鬼王を殺していた。


 女神に無理やり与えられた力の中に、そういう力が含まれていたんだろう。

 戦うのは好きだが、負けるのが怖い。絶対的な自信の中でしか戦えない。

 極限の戦いが好きな俺にとって、何よりも屈辱的で、絶望的な制約だった。


 だが、いくら俺でも、神の力をなんとかすることはできない。

 結局、俺はミザリーの駒になるしかなかった。

 だが、たまには楽しいと思える戦いも飴と鞭の飴のように用意されていたので、いい人生ではあったと思う。

 要するに利害一致のビジネスのような関係だった。

 俺に害が多く、あの女に利が多いクソみたいなビジネスだったがな。


 聖神国が安定したころ、ミザリーは俺の封印と引き換えに発動する究極の結界魔法を作動させるとか言いやがった。

 流石に反抗したが、仮にも女神であるあの女に対抗することはできず、俺は結界を張るしかなかった。


 封印が解けたのは数千年後。つまり現在。

 情報を神器で集めてみると、とんでもないことになっていた。

 なにやらあのクソ女神、もろもろの作戦に失敗して邪神に追い詰められたらしい。

 ざまあみろと言いたいところだが、不本意なことに俺はあの女神側だ。


 だが、そんな不本意な中にも、最高なところがあった。

 この時代の連中、異常とも言っていい化け物ぞろいだったことだ。


 忌々しい女神の加護………否、俺にとっては呪いがある限り、負けることはないだろう。

 それは腹立たしいが、これだけの強さの魔族が束になって俺に襲い掛かってくる。

 最高だ。俺はなんて最高な時代に目覚めたんだ。


 そして、今―――




 ※※※




「気のせいか………?」


 一瞬、俺の力が弱まった気がした。

 だが一瞬のことだったのでよくわからない。


「まあいい。もっと楽しもう。俺に恐怖を、与えてみろっ!」


 力が弱まっていようがいまいが、俺が培った剣と経験は本物だ。こいつらとの戦いじゃあ関係ない。

 むしろ女神の力が抜けかけてんなら存分に抜いてほしい。


 俺は二本の剣を抜き、一気に魔王へと迫る。

 横側からフルーレティアとリーンが襲い掛かってきたが、体をねじって二人とも蹴り飛ばす。


「あぐっ!」

「くあっ!」


 その勢いで回転しながら魔王に攻撃。

 だがさすがは魔王、俺の回転に合わせて回し蹴りを仕掛けて俺の動きを制し、そのまま足を軸にして一回転、踵落としを食らわせてきた。


 その隙をついて、ヨミとグレイが近接戦を仕掛けてくる。

 俺は体制が崩れた状態で、しかもバアルを持っている右手を地面につけている。

 慌ててヨミの剣をウァレフォルで、グレイの拳を脛で受け止め、そのまま衝撃に任せて後ろに吹っ飛ぶ。


「いいねええ!!」


 俺の吹っ飛んだ先にはそれを予期していたように、フランとサクラが魔法を準備していた。


「《破壊光線(ブレイクレーザー)》!」

「《海神の三叉槍(トライデント)》!」


 本来は直線に飛ぶ対個人用の二つの魔法だが、二人の魔術師としての力が高すぎて、どっちも異様に範囲が広く、、もはや全体攻撃と化している。

 さすがに避ける術がない。俺は止む無く、《魔法無効化》の身体強化で打ち消す。


「見切ったあ!」

「っ!?」


 だが打ち消してほっとしたのもつかの間、何を思ったのかフランが俺の懐に飛び込んできた。

 純魔術師タイプのこいつが、こうも接近してくるとは、いったい何を考えている?


「《戦神の神槍(グングニル)》!」


 俺のそういう考えによる、一瞬の体の硬直を狙ったんだろう。

 フランの古代魔法が、俺の腹に突き刺さった。


「げはあっ!?」


 鋭い痛みと共に、俺は地面にたたきつけられた。

 魔力の槍は俺を貫通こそしなかったものの、内臓を多少傷つけ、かなりの出血を及ぼしていた。

 フランが全魔力をこめて撃っていれば、今ので致命傷だっただろう。


「あっはっは!やっぱりね!あんたの《魔法無効化》、それって自分にかけられた魔法の効果を()()消し去るものなんだね!しかも一度使ったら次使うまでにタイムラグが必要と!」


 フランには俺の身体強化魔法の弱点がばれていたらしい。

 まずいな、体が動かない。一秒もすれば《治癒力活性化》の身体強化と勇者の再生能力で起き上がれるだろうが、その一秒の間にどれだけの攻撃が来るか。


「でかしたぞ、フラン!」


 魔王が闇魔法を発動し、それに合わせて魔法組がそれぞれの最大級の魔法を準備する。

 俺は離脱しようとしたがギリギリで間に合わず、ほぼ直撃した。


「ぐあっ………」

「《異界結界(ワールドトリップ)》!」


 俺が衝撃で飛ばされる直前、フルーレティアの結界が周囲を覆った。

 ルールは、おそらく魔法禁止だ。


「今よ!」


 その声を合図に、ヨミとグレイが飛び掛かってきた。

 グレイは何とかなる。だがヨミの手には、防御貫通の神器魔剣ディアスが握られている。

 あれで斬られれば、さすがの俺も死ぬ。

 ………死ぬ?



 俺をかつて一度だけ経験した、あの恐怖が襲った。



 同時に、今の状態を切り抜ける方法も頭に。


「ああああああああああああああああ!!!!!」



 怖い。負けることが怖い。

 こんなこと思いたくないのに、『女神の寵愛』のせいで強制的に脳を恐怖が支配する。

 俺はつい、頭の中の解決法に従ってしまった。







 そして気が付くと。

 俺の周りでは誰も立っていなかった。




 ※※※




 魔人族の種族特性に『狂化』というものがある。

 魔人族自体がその力を忌み嫌っているため、めったにお目にかかれない凶悪な力だ。

 おそらく、グレイですら使ったことはないだろう。


 その力は、いかなる状況においても『一分無敵になる』というものだ。


 その者が持つ力を限界以上に引き出し、いかなる攻撃も通さなくなる。

 俺の場合、多種多様な種族の種族特性を同時発動し、月の加護の発動中に匹敵する力を発揮したんだろう。

 覚えていないが。


 狂化の名が示す通り、この力の弱点は理性を失うことだ。

 一分の間、月の加護すらはるかに上回る力を出せる代わりに、周りのすべてを破壊し尽くす。

 味方も巻き込む恐ろしい力であるがゆえに、魔人族はこの力を本気で嫌っている。




「………最悪だ」


 フルーレティアとサクラは息がない。

 グレイは辛うじて生きているが、あと数分でおそらく死ぬ。

 リーンと魔王もやばいが、まああの二人は邪神の加護で復活する。

 命に別条がなさそうなのはフランくらいだ。

 だが、そのフランすら気絶している。


 結局、こいつらですら俺に敗北を与えることはできなかった。

 女神の寵愛さえなければ、俺は狂化なんて使わず、さっきので一度死んでいた。

 まあ一度殺されたところでまた復活するが、敗北であることに変わりはない。

 俺はまだ、死んだことがないからな。

 俺を殺すことが出来るやつがいれば、それは俺を超えたってことだろう。


「………ちっ」


 もうダメだ。

 ここまでボロボロにした以上、こいつらが俺を超えることはない。

 一人一人とどめを刺して、それで終わりだ。


「ハア。さて、残りは復活するリーンと………魔王、と………それ………に………」


 狂化の弱点はもう一つある。

 脳のリミッターを外すという特性上、解除されても再び脳が活性化するまで数秒かかってしまうという点だ。

 その間、断片的な記憶障害や意識の混濁、思考能力の低下などが発生する。

 だからこの五秒間、気づけなかった。



「ヨミはどこにいっ………」



 ―――ドシュッ!



 気が付くと、俺の心臓に剣が突き刺さっていた。

 間違いなく、魔剣ディアスだ。


「ハアッ………ハアッ………ゲホッゲホッ!………ハアッ………ハアッ………!」

「マジ、かよ………!?」


 ずっと俺の後ろにいた。

 気づかなかった。完全に気配も殺意も消してやがった。

 これほどの息切れをしているにもかかわらず、数秒息を止め、俺の意識が完全に逸れた瞬間を狙われた。


 いや、驚くところはそこじゃない。

 ありえねえ。いくらなんでも。


 こいつ、致命傷を負ってない。


 所々服は破けて赤く染まっているし、なんなら片目が潰れているが、致命傷には至っていない。



「俺の、狂化を………剣術だけで、耐えた………ってのか………!?」


 狂化した俺は理性を失っているから、剣術の質も大幅に下がる。

 だがそれでも、ステータス500万近くなったはずの俺の攻撃を受け流しきったとか、冗談だろ………!?

 俺自身でも、おそらく、不可能だ………!


 俺という格上を相手にすることで、短時間で爆発的な経験値を得たということなんだろう。

 こいつは今まで、自分を超える剣術使いに会ったことがなかったはずだ。

 生まれて初めて会う、自分より上の剣を使う俺と戦うことによって、普通の人間が何十年とかかるほどの剣術を、この数日、そして今のわずか一分の間に花開かせた。


 俺はこの時初めて、自分以外の人間に対して「化け物」という感想を抱いた。


 才能の化け物、天才という言葉ですら形容できない。

 ステータスの伸びしろでは俺が勝っている。だが剣術の才能では、こいつは俺の予想を遥かに超えていた。




 だがまだだ。

 まだ足りない。

 心臓を突き刺したくらいじゃ、勇者の名残の再生能力と、女神の恩寵を持つ俺は殺せない。


「惜しかった………な………俺の首を、跳ねていれば………流石に、殺せてたのによ………!」

「げほっ………無理に、決まってるだろ………!もう、腕、上がらないんだよ………!」


 心底悔しいという目をしているヨミ。

 だがこの瞬間、奴の剣術は俺を超えた。


 《『剣神』を超える者の存在を確認しました。》

 《職業が退化します。》

 《モニア・ヒューマンロードの職業が『剣神』から『剣王』へ退化しました。》



 弱冠十七歳で、この俺を超え、『剣神』となった。

 あっぱれだ。だが、こいつでも俺を殺すことはできなかった。

 こいつは殺しても邪神の加護で復活する。だが、復活するまでにはタイムラグが存在する。

 その隙に俺は全快するだろう。そしてサクラとフルーレティアを失い、フランとグレイも負傷しているこの状態で、魔王、リーン、ヨミだけでこの俺を仕留め切るのは………不可能だ。


「く、そ………!」

「………楽しかったぜ、ヨミ!」


 俺は右手の剣をヨミに向かって振るおうとして………



 それは叶うことなく、その場に倒れた。


「………?」

「なん、だ?」


 体が動かない。傷が塞がらない。

 そして俺は、何事かと自分自身を確認し。


 俺のステータスの欄から、女神に関するすべての力が消えていることに気が付いた。

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