吸血姫と最終決戦2
「こんのっ!」
いつの間にか転移魔法で下に降りてきていたフラン様が、至近距離で魔法をぶっ放す。
「ごはっ!?」
「どんなもんだっ………」
「なんてな。《魔法無効化》の身体強化があるのを忘れたか?」
けど、まったくの無傷だったモニアの始剣バアルによって、フラン様が斬られてしまった。
「うぐっ………!《最上位治癒》!」
「回復したって無駄だ。バアルの力は知ってるだろ」
始剣バアルの精神操作。対象者が気絶するまでモニアの操り人形にしてしまう特性。
案の定、回復した瞬間にフラン様の目から光が消えた。
「お、お母さん!」
「………………」
前回の戦いでこの状態にされていたら、正直詰んでいた。
使える魔法の多様性から見れば魔王様より厄介な敵だもの。
「サクラ君、早く術式を!」
「わ、わかりました!」
けど、私たちがその対策を何もしていないはずがないでしょうに。
サクラ君が杖を振るうと、フラン様のお腹辺りから二つの魔法陣が浮かび上がった。
その一つ目が光ると、フラン様に電撃が走り、そのまま倒れる。
「うおっ、なんだなんだ!?」
二つ目の魔法陣が光ると、フラン様は目を覚まし、瞬時にサクラ君の近くへテレポートした。
「いやー危ない危ない!対策してなきゃ、この辺り一帯吹き飛ばすところだったわ!」
「ゆ、油断しないでよ、お母さん………」
「めんごめんご!」
「おー、なるほどなあ。バアルの対策はバッチリってわけかい」
フラン様に浮かび上がったあの魔法陣は、解除不可能や魔防一時低下などの術式をふんだんに詰め込んだ電撃によって対象者を気絶させる魔法と、電撃の効果を即座に打ち消して覚醒させる魔法。
気絶と覚醒を瞬時に行うことによって、バアルの力を打ち消すことが出来る。
全員に付与してあって、私、フラン様、サクラ君、魔王様が発動の権限を持っている。
術式に込めた魔力から、一人四回までならバアルの攻撃を食らっても大丈夫。
「いいねえ、そう来なくっちゃ………なあっ!」
モニアは笑い、私たちから一歩距離を取った。
何をする気かと身構えていると、直後、わけのわからないことが起こった。
身動きがとりづらくなり、体が浮きそうになり、耳と鼻がほとんど効かず、息もできない。
そう、まるで水の中にいるような感覚。
これはっ………
(人魚族の海の力か!)
魔王軍幹部のナツメさんも得意とする、『海でない場所を海と定める力』。
人魚族の王族に伝わる種族特性。
呼吸は高レベルな私たちはどうとでもなるけど、鼻と耳が効かず、目もぼやけるのはまずい。
モニアも同じ条件と思いたいけど、人魚族と魚人族はむしろ水中で身体能力が増加する。
その力を併せ持つモニアは、おそらくあと二秒もすれば私たちに攻撃を仕掛けてくる。
咄嗟に重力魔法を発動し、私の周辺の水を押し潰す。
同時に私は浮遊魔法で空に飛ぶ。
「ぷはっ!」
「あ!リーン出てきた!」
「手伝っとくれ、ヨミとグレイがピンチじゃ!」
上を見ると、魔王様とフラン様、それにサクラ君は既に私と似た方法で脱出していた。
フルーレティア様とヨミとグレイさん、使える魔法が限られている人たちはまだ水中らしい。
下を見ると、ヨミとグレイさんが水中でモニアと戦っている。どうやら身体強化魔法で水中に対応しているらしい。
「うわ、めっちゃ押されてる!助け出さなきゃ!」
「じゃが、こう目にもとまらぬ速さで動き回られると魔法をかけづらい。主も手伝え!」
「わかりました!………ところでフルーレティア様は?」
「あそこじゃ」
魔王様が指をさした方向に目を向けると、フルーレティア様がいた………というか、流されていた。
あれってもしかして。
「あ、あの。フルーレティア様、溺れてませんか?」
「溺れとるな。じゃが流されたおかげでモニアの死角に入っておるようじゃし、後回しで大丈夫じゃろう」
「フルーレティア様、泳げなかったんですね」
「レティがっていうか、そもそも竜人族が種族的に泳ぎが超苦手なんだよねー」
そういえばそんな話聞いたことあるな。
………ってそうじゃなくて!
「今はヨミとグレイじゃ。浮遊魔法や重力魔法を使おうにも、ああも動き回られてはどうしようも………」
「あたしが渦潮の魔法で中心に集めて、水柱の魔法で打ち上げちゃおっか。出てきたところを転移魔法で回収ってことで」
んな無茶な。
「主にしては名案ではないか。よしやれ」
「あいあいさー」
んな無茶な!?
私が止めようとしても時遅く、フラン様の魔法が発動していた。
『海と定められている』だけであって目に見えない海水に渦が発生する様子は、ちょっと幻想的だった。
やがて水の中心にフルーレティア様とモニアを含む四人全員が集まり、そこに水柱が発生した。
まあ見えなかったけど。
「きゃああああ!?」
「………うおおっ」
「ちょっとちょっとぉ!」
「ひゃっほおおおおう!」
可愛い声を上げながら飛んできたヨミは私が転移させて、お姫様抱っこの要領でキャッチする。
静かに驚くグレイさんはサクラ君が転移させて襟首を掴み、パニクってたフルーレティア様はフラン様がキャッチして殴られていた。
そしてなにやら喜んでいたモニアはそのまま落ち、出っ張っていた高い建物に突き刺さる。
「び、びっくりした………ありがとうリーン」
「大丈夫。怪我してないみたいでよかった」
「………サクラ………感謝する………」
「い、いえいえ!」
「ちょっとこのポンコツエルフ、もっとやり方あったでしょう!?ただでさえ水中で死ぬかと思ったのに、さらにあんな目にあわされて『ここが地獄か』って思ったじゃない!」
「まあまあ、助かったからよかったじゃん」
私たちが感謝したりされたり、罵倒したりされたりとしていると、刺さったモニアが起き上がった。
「なあフラン、今のもう一回やってくれねえか?結構楽しかった」
「やだよ、楽しませて何になるのさ。嫌がるのがいいんじゃん、ほらレティみたいに」
「この女!」
忘れがちだけど、フラン様はドSで有名なエルフの王族である。
血は争えないものだなあ………。
「残念だ。ああ、もう水は解除したぜ」
「信用できるか、貴様が一番に降り立て」
「はいはい、疑り深いねえ魔王ってのは」
そう言いつつも、モニアは素直に地面に降り立った。
それを見て、魔王様も地面に向かい、私たちもそれに続く。
「いやー、今ので一人は仕留める予定だったんだがなあ。まさかあんな方法で乗り切られるとは思わなかったぜ。じゃあ続けようぜ!今度はどんな方法で楽しもうかな………」
私たちは身構える。この瞬間、モニアが自分に飛び掛かってきてもいいように。
「よし、次は………ん?」
モニアは言葉を続けず、自分の掌を見た。
「気のせいか………?」
その言葉の真意は、天眼アルスを持つ私だけが理解できた。
一瞬。ほんの一瞬、モニアに与えられた『女神の加護』が、点滅した。