吸血姫と最終決戦
「人間の勝ちか、魔族の勝ちか………ハッキリさせようぜ!!」
モニアがそう叫び、一直線に地面を蹴った。
向かうはフラン様の方面。魔術師を先に殺すのは定石だから当然だ。
「《呪いの》………」
「おせえよ!」
フラン様のありえないほどの魔術発動速度ですら、モニアは上回る。
フラン様が魔法を発動させる前に、一気に詰め寄った。
「おらあ!!」
「ぎゃあああ………」
フラン様が神器『奪剣ウァレフォル』に斬られる。
けど、血は一切出ず、それどころかその姿が掻き消えた。
「ハッハア!やっぱ幻覚かよ!本物は上空ってとこか!?」
モニアの言葉への答えと言わんばかりに、上から高密度の魔法が降り注ぐ。
フラン様は戦いが始まると同時に幻覚で自分を作り、本人は転移魔法と浮遊魔法を併用、上空からのロングレンジ魔法を叩き込んでいた。
『王杖ハーティ』をサクラ君から(半ば無理やり)預かっているため、消費魔力こそ少ないけど、あれほどの多重魔法展開を楽々やってのけるとは。
本当にあの方が味方でよかったと思う。
フラン様に攻撃を仕掛けたことでほんの一瞬出来た隙を狙って、グレイさんが飛び掛かる。
「ふんっ………!」
「おっと!」
「………逃がさん………!」
「おわっ!」
グレイさんは魔族に伝わるあらゆる武術を習得している。
前世の世界に似た武術も多く、組技や柔術もすべて使える。
それを即座に切り替えたり、二つ以上の武術を複合したりする、最強の武人がグレイさんだ。
「《身体強化――筋力超上昇・瞬速・内部到達》………!」
「おっほー、やるなあ!武術は俺も心得ちゃいるが、お前ほどじゃねえな!」
加えて、グレイさんは身体強化魔法によってその技の制度と威力をさらに高められる。
四魔神将第四席の名は伊達じゃない。けど。
「だが残念………身体強化魔法じゃ俺は倒せねえ」
「っ!?ゲフッ………」
モニアの膝がグレイさんの腹にめり込む。
辛うじて身体強化で硬化させたようで、ダメージこそ少ないけど、グレイさんほどの武人が止められないという現実が私たちを襲う。
「知ってんだろ。お前らが使う身体強化魔法は、俺が編み出した魔法の劣化コピーだ。弱点も、できることも俺は知ってるし、俺はそのさらに上をいける。単純な近接戦で、俺に勝つのは不可能だと思った方がいいぜ」
癪だけどその通り。
『剣神』であり身体強化魔法の始祖であるモニアに正面から戦って勝つのは難しい。
「ヨミ!」
「わかってる!」
なら、こっちはこっちのアドバンテージ、人数と連携を駆使するまでだ。
私とヨミが左右から仕掛ける。
けど、モニアは私の拳を手で受け止め、ヨミの剣をウァレフォルで止めた。
「甘え!そんなんで俺を止められるかよ!」
んなこと分かってる。一瞬手を使わせればいいんだ。
即座に、背中からフルーレティア様が迫る。
「手さえ使わせれば止められないと思ったか?猪口才なっ!」
「このっ………これだからワタクシ近接戦は嫌いなのよ!」
フルーレティア様の蹴りを、見ずに足で止めるとは。
けどまだだ。
「《絶氷光線》!」
「《超熱光線》!」
フラン様とサクラ君の同時魔法攻撃。
「《身体強化――魔法無効》!」
これも防がれる。
「………ふんっ………!」
「おもしれえ!」
復活したグレイさんがさらに攻撃。
止めていたフルーレティア様を脚力で吹き飛ばし、脚でグレイさんの攻撃を止める。
「きゃあ!?」
「………ぬうっ」
「さあ、あとは魔王だな!さあどう攻撃を………ん?」
モニアが怪訝な顔をするのも無理はない。
魔王様は今の攻防で、一切動いていなかった。
「なんだ、戦わねえのか?重役出勤ってやつか?なら、引きずり出してやるよっ!」
「「おわああ!?」」
モニアは体をねじって私とヨミを手から引き離し、吹き飛ばした。
私は無事だった市街地の方面に吹っ飛び、三階建ての建物にぶつかって穴を開けたところでようやく止まる。
「いった………」
痛みをこらえ、即座に転移魔法で戦場に戻る。
そしてそこでは、予想通りの光景が待っていた。
「うぼうっ………!」
間抜けな声を上げているのはモニアだ。
そのすぐ近くには魔王様がいて、その膝がモニアの股間を突き上げていた。
「うごおおおっ!!お、おまっ、容赦なさすぎだろ!男に陣痛の痛みが分からねえように、女にはここを穿たれた痛みが分からねえからそんなことできるのか!?いだだだだ、一瞬綺麗な川が見えたぞコラ!」
「割と余裕ではないか。本家の身体強化魔法で弱点克服しておったのか?前にアロンのそこをぶち抜いた時は悶絶という言葉ですら形容しきれないような悲痛なダンスを踊っておったが」
「なんてことしやがる、かわいそうなことしてやるんじゃねえよ!俺はステータス高いからまあまあな痛みで済んでるが、マジ痛いときは死んだ方がマシとすら思えるんだからな!?」
ロリロリしい見た目の魔王様が、中性的な顔立ちとはいえ野郎のアソコを膝打ち。
見ただけなら通報するべきか迷う光景だ。
まあ要するに、さっきのは作戦だ。
私たちが吹っ飛ばされるのまで予測済み。
その直前に、ヨミがアリウスでモニアの目を狙っていたのだ。
勿論弾かれるし、直後にヨミも吹き飛ばされるけど、本命は剣でモニアの視覚をほんの一瞬奪うこと。
一瞬あれば、魔王様はモニアの防御不可能領域まで移動できる。
「あー、久々だこんな大ダメージ………」
「にしては立っておるし、見かけはほぼ無傷ではないか」
「てめえらいっぺんフランの魔法で性転換して、この痛みを味わってみろ。二度と男の悶絶を笑えなくなるからな………!」
「嫌じゃ」
そのまま魔王様は追撃する。
「うおっ、ダメージ残ってる時にそれはねえだろ!いででで!」
「知るか!」
魔王様に続き、他の全員も一気に畳みかける。
サクラ君とグレイさんが直前までちょっと前かがみになっていたのは気のせいだろうか。
「うおおおおおっ!?」
私たちの攻撃が一斉に叩き込まれ、モニアの姿が土煙で見えないほどになった。
「やったかな?」
「ねえヨミ、それフラグだって何回も言ってるんだけど!」
ヨミのせいではないだろうけど、土煙が晴れると、モニアはまだ生きていた。
しかも、予想よりはるかにダメージがはいってない。
「………これだけ攻撃して、その程度のダメージか。あと何度攻撃すれば貴様を殺せるんじゃ」
「あー今のは結構痛かったし、出血もかなりしたしなあ。五回くらいじゃねえか?まあ二度と今みたいな攻撃を仕掛けるチャンスはないだろうが」
モニアには、同じ方法の攻撃は二度と通じないと思っていい。
このまま戦って、一度はモニアを殺せるだろう。
ただしそれだけ。それ以上は殺せない。
一度殺したくらいじゃ、こいつは全快して復活する。
「さて、小手調べはこれくらいにしよう。本気で行くぜ」
そして、恐れていたものをモニアは抜いた。
始剣バアル。『絶対干渉』の特性を持つ最強の神器。
勿論多少の対策はしているけど、精神操作と絶対切断、特殊と物理の最強クラスの力を併せ持つあの神器は、あまりに脅威すぎる。
「バアルに気を取られてる場合じゃないぜ?月の加護はないが、俺はあらゆる種族の特性を持つ男だってこと、忘れてねえよな?」
そうモニアが言うと、直後にその姿が消えた。
何らかの種族………妖精族の天候操作を応用した蜃気楼か、人馬族の隠密能力を使ったんだろう。
でも大丈夫。
「九時の方向です!」
「《極爆裂》!」
「っ!」
私の言った方向に、魔王様の爆破魔法が飛ぶ。
私の天眼アルスは、視覚に対する絶対的なバフを授けてくれる神器。
私が誰かを「見失う」なんてことはほぼありえない。
「逃げました!一秒後に三時方向!」
「《極爆裂》!」
再び目の前が爆発したけど、モニアは姿を現さない。
モニアは常に超スピードで移動していて隠密能力を併用し、音も出していないので、私しか正確な居場所が掴めない。
「はあっ!」
「っ!?」
モニアが向きを変え、私に攻撃を仕掛けてきた。
目を先につぶそうという判断だろう。ステータスに差があるためか、私は簡単に押し負けた。
「きゃあっ!」
「リーン!」
上に打ち上げられ、そのまま下に叩き落される。
「げほっ!」
「まずは一人!」
私に向かってバアルが振り下ろされる。
「なにリーンに手出そうとしてんだ、この野郎お!!」
けど、ヨミがアリウスでバアルを止めてくれたおかげでほんのわずかに時間が出来た。
その隙に脱出し、斬られそうになっていたヨミの襟首をつかんで引き離す。
「ふう………ありがとう、ヨミ」
「こっちこそ………危なかった」
今、私はあり得ないと思っていた光景を見た。
『ヨミが斬られそうになる』。
そんな光景、今まで見たことがなかった。
「ほー、思ったよりやるな。さすがだ」
いつの間にか、モニアは双方の剣を抜いていた。
間違いない。今度は本気も本気で来る。
「さあ………まだ楽しもうぜっ!」