吸血姫と開戦の狼煙
時はきた。
あの男と対面してから三日。アイツは本当に何もしなかったし、動かなかった。
この三日間で、やれるだけの対策はやった。
魔王軍本拠地にして、魔族領首都『パンデモニウム』。私たちの最終決戦の場所で、私たちは待機していた。
住民や一般兵の避難はすでに終わっている。あとはヤツを待つのみ。
魔王フィリス様、フラン様、フルーレティア様、グレイさん、サクラ君。
そして、私とヨミ。これがフルメンバー。
レインさんを筆頭とする他の幹部たちも戦いたがっていたけど、流石に相手があの男じゃ、私たちの戦いにはついてこれないと言って魔王様が止めた。
ただ、レインさんにはヤツの天候操作を相殺してもらうことにはなっている。
「ちょっとレティ、ここにあったあたしのお酒知らない?」
「さっきティアナが持っていってたけど。『決戦前に何飲もうとしてるんですか』って」
「うそん!?」
あの男が現れたことで、もう勝利同然だった私たちの形勢は一気に互角近くまで追いやられた。
なにせ、ほぼ無敵だ。私たち七人で同時にかかったって、ヤツの蘇生の残数が切れる前に全滅する可能性が高い。
でも裏を返せば、あの男さえ倒すことが出来れば、私たちに歯向かう力がある人間はいなくなる。
「………ペロ………大丈夫………だろうか………」
「グ、グレイさん、そんな落ち込まないでください。だ、大丈夫です。グレイさんが育てたワンちゃんなんですから………ペロはきっと立派にご主人様の帰りを待っているはずです!」
「………そうだろうか………?」
奴を倒し、世界から人間を駆逐し、私たちだけの理想郷を作ってやる。
これが最後の戦いだ。
気を引き締め、一切油断せず、神経を研ぎ澄ませて………
「リーン、髪まとめてくれない?やっぱり、ボクだと上手にできなくて」
「ん、こっちおいで」
そしてヨミの髪をとぐ。
これは断じて楽しんでいるわけじゃない。こうして日常でやっていることを普通にやることによって、いつも通りの戦いをできるようにするという、私なりのルーティーンだ。
そう、だからこっそりヨミの髪を嗅いだり(いい匂いですごちそうさま)、必要以上にヨミの髪をニギニギしたり(大変柔らかいですありがとうございます)、これもすべてルーティーン。
楽しんでるわけじゃない。そう、断じて。
「………何故、うちの連中はこう、マイペースな奴らばかりなのじゃ。もうすぐ最終決戦という時のテンションではないぞ貴様ら。もう既にいつヤツが来てもおかしくない状況じゃというのに」
「そういう魔王様だって、一昨日の夜はイスズ様に『リンカに言われたいことランキング』とかいうのを渡して、『トップスリーは直で言ってもらいたいので四から十をリンカの声で言ってください、できるだけこう、甘えた感じの声で』とか注文したらしいじゃないですか。そうすれば自分は頑張れるって。昨日、女神の元に行く直前のはずなのに、げんなりした声でイスズ様に愚痴られましたけど」
「わかった、好きなだけリラックスしてて良いから、頼むからそれ言いふらさんどくれ。………おいフラン、それ以上笑えば最終決戦の前に妾と決戦することになるぞ!」
リンカさんに言ってもらいたいセリフランキングって言葉がツボに入ったらしいフラン様が大爆笑し、サクラ君が必死に笑いをこらえている。ああ、やっぱり親子なんだな、この二人。
「おい、いい加減にせんか!よーしわかった、そんなに妾と………」
———ドオオオン!!!
魔王様が腕をまくってフラン様たちに飛び掛かろうとした瞬間、城の外から大爆発のような音がした。
慌てて外を見てみると、街の半分が吹き飛び、クレーターが出来ている。中心部は隕石………ではなく、あの男だろう。
「あ、来たみたいだねー」
「ねえ、こんなグダグダな開戦直前でいいのかな?もっとこう、普通は死を覚悟したような顔つきになるようなものだと思うんだけど」
「私もそう思うけど、フラン様がいるからそうならないのも仕方なんじゃない?」
「リーン、今間接的にあたしの悪口言わなかった?」
「言ってません」
とはいえ、私にはわかる。
口こそ軽いけど、ここで命を懸ける覚悟をしていない人などいない。
全員、既に気を引き締めるなんてことは終えていただけだ。
私たちは城の外に出て、クレーターを下り、中心部へ向かった。
「これでただの隕石とかだったら笑えるんですけどね………」
「無いじゃろうな。そも、生体反応をビンビン感じるわ」
土煙が晴れ、その姿があらわになる。
「三日ぶりだなあ。約束通り待ってやったぜ。さあ、早く始めようじゃねえか」
人類歴代最強の男。始まりの英雄。原初の勇者。その他無数の呼び名で呼ばれてきた、人類最古の英雄。
モニア・ヒューマンロード。
私たちの、最後の敵。
「待たせたな、モニアよ。既に死後の世界に片足を突っ込んでおる老兵よ。さっさと眠らせて土にぶち込み、その化石を博物館に展示してくれるわ」
「アッハッハッハ、フィリスばっかじゃないの?化石って死んでからすんごい長い時間かけないとならないんだよ?そんなことも知らな」
「やかましい、知っておるわこの馬鹿エルフ!物のたとえじゃ、今キメの場面なのじゃから静かにしておらんか!」
その最後の敵を相手にしても、この二人ぶれないなおい。
「あー………その、なんだ。飛んでくるところからやり直してやろうか?」
「貴様もなぜ気を使っておるのじゃ、必要ないわ!」
※※※
「………ゴホン。さて、よく来たなモニア。貴様の墓場へようこそ」
「はー、言うじゃねえか。そう俺に言ってきたやつは今まで二十三人いたが、全員逆にその地はそいつらの墓場になったぜ」
フラン様による望んでもいない空気ぶち壊しを、モニアは綺麗に流した。
こいつ、案外いいやつなのだろうか。
戦闘狂気質と女神の力さえなければ、マトモな人間二号になれたかもしれないのに。
いや、ヘレナをカウントするなら三号?まあどっちでもいいか。どうせこいつは敵だ。
「一度だけ問うぞ、モニア・ヒューマンロード。降参する気はないかの?」
「降参?よく言うぜ、どうせしようがしまいが殺す気なんだろ?」
「まあそうじゃな」
「清々しいなあ。そして勿論、答えはノーだ。俺はお前らと戦いたい。お前らほどの強敵を相手にできる喜びは、俺じゃなきゃわからないんだろうなあ」
「ああ、妾らは貴様と出来れば戦いたくなどないのう。無抵抗の貴様を初撃で殺せれば最高なのじゃが」
「え?あたしは結構楽しみだけど」
「なあフラン、あとで小遣いやるからちょっと黙っとれ。な?」
「あたし子ども扱い!?」
合間合間にショートコントを挟みながらも、私たちとモニアの距離は縮まっていく。
「………ハア。まあよい、始めるぞ。これが最後の戦いじゃ」
「単純な話になったなあ。俺にお前らが勝てれば魔王軍の勝ち、人間は全滅。お前らを俺が全滅させれば、主力を失った魔王軍は壊滅、人間の勝ち。長きにわたる戦いの決着が、今この瞬間に決まろうとしてるわけだ」
「そうじゃな。これが最後と思うと、なんだか感慨深いものじゃ」
ついにモニアと魔王様の距離が、一メートルくらいになった。
「改めて名乗ろう。モニア・ヒューマンロードだ。始まりの英雄とかなんとか呼ばれちゃいるが、要は戦いが好きなただの人間だ」
「フィリス・ダークロード、真祖にして魔王じゃ。基本的に愛する妻を蘇らせるために戦っておる。いわば私欲のためじゃな」
二人は軽いノリで話し合いながらもにらみ合う。
「嫌いじゃねえぜ、そういう理由での戦いは。だが生憎、俺にとっちゃどうでもいい話。この戦いで殺しちまっても恨むなよ?」
「あほ抜かせ。万一死んだら、霊となって祟り殺してくれるわ」
そして、魔王様が最後の言葉を紡ぎ終えた瞬間。
モニアの拳が、魔王様の鳩尾に突き刺さる。
しかし魔王様は手で受け止めていて、そのまま腕をつかみ、地面にたたきつけた。
「うおおお!?」
「全員散れ!ヒット&アウェイでヤツを攻めるぞ!イスズ様がミザリーを止めてくだされば良いが、過度な期待は禁物じゃ!常に万一を考えて行動しろ!」
全員が頷き、モニアを全方位取り囲む。
「くくくく………ああ、やっぱり最高だお前ら。だからこそ、ここで全員ぶっ殺して、俺はさらなる高みへと昇りつめてやる」
「ふん………その高みになにかあるのか?主は名実ともに世界一になって………そして何が残る?」
「さあな。だが、行ってみなきゃわからねえだろ?なにか更に高い場所があるかもしれねえし、むなしい気持ちだけが残るかもしれねえ。だが、まずは見てみなきゃな。本当の最強の頂ってやつを」
戦闘、戦闘、戦闘。
こいつは、戦闘以外のすべてを捨てていると言っても過言じゃない。
こんな危ないやつを、ここで止めないわけにはいかないんだ。
「さあ行こうぜ、魔王軍。ここが、この世界の分かれ道だ」
投稿予約設定忘れました。全然違う時間にアップになってしまって申し訳ない………。
自分のミスなので、ちゃんと今日の15時のアップもする予定です。無理だったらごめんなさい。