宝眼vs神子
吹き飛ばしすぎたルヴェルズを追って、私は風の魔法でブーストしながら進んでいた。
神の領域というだけあって、無駄に広い。多分神都より広いんじゃないかしら。
前世風に言うなら東京二十三区より広いってところね。
ああ、見つけたわ。
やっぱりというべきかしら、既に起き上がって構えている。
「………ヘレナ、貴様自分が何をしているのかわかっているのか」
「邪神に魂を売って力を授けてもらったわ。人間としては失格かもね」
「………六十年以上、余の右腕として最前線で戦ってきたことを讃えての慈悲だ。今すぐにその力を手放せば」
「許してくれるって?それはどうも親切なことね。けど残念、私はあなたと出会ってから死ぬまで、あなたが嫌いじゃなかったことなんて一瞬たりともないわ。そんなあなたに許しを請うとでも?汚い言葉を使えば、『ざっけんじゃねえぞこのカス、人を何十年も操っておいて何上から目線でものを語ってんだ』………ってとこかしら」
想像通りの答えだとでもいうように、ルヴェルズは気配を強めてきた。
本気で私とやり合うつもりのようだ。
「でも、女神には恨みも多いけど、感謝もしなきゃね。私の夢を自分で叶えるチャンスをくれたのだから」
「………夢だと?」
そう。死ぬ前にヨミに託したあの夢。
ルヴェルズがここにいるということは、あの子が叶えてくれたのかしら。
いえ、女神の奇跡によって強化されたこの男は、いくらヨミでも倒せないわね。
おそらく『二度目』にルヴェルズを殺したのはフラン・フォレスター。
一度だけ会って戦った時、あのリーンすら比較にならないほどの魔力を見たもの。
じゃあ、一度目に殺してくれたのはヨミなのかしらね。
そうだとうれしいのだけど。
「ええ、私の夢。あなたをぶっ飛ばすっていう、最高の夢を………ねっ!」
言いたいことを言い終わったら、開戦だ。
まずは軽いジャブで、さっきと同じ突風の魔法を発した。
「ぬうっ………!」
さすがに避けられたけど、避ける先を見ていた私はすかさずそっちにも攻撃を仕掛ける。
「《突風障壁》!」
ルヴェルズは魔法を発動してガードしようとした。けど。
「!?魔法がっ………ぐあ!」
魔法は発動せず、ルヴェルズは私の魔法をノーガードで食らった。
「やっぱり気づいていなかったのね。ここでは、今まであなたの使っていた魔法は使えないわよ」
「げほっ………なん、だと?」
「魔力の質が地上と違うのよ。既存の魔力もあるにはあるのだけれど、他の謎の力………これが神の力かしら?それと混ざってて、上手く魔法が発動できないみたいね」
「………なら、なぜ貴様は魔法が使える?」
それは簡単。この男になくて私にある力を使っただけ。
「イスズ様の授けてくださった加護の中に、これに関する知識も入っていたのよ。それに、私の右眼を忘れたかしら?私の眼は魔力の流れを見る。これで地上の魔力との共通点と相違点を探し出して、それに術式を対応させただけ」
自分の力は使いようね。ちょっと恨んだりもしていた右眼だけれど、持っててよかったわ。
「互いに持っていた神器はさすがに無いようね。武器もない。互いに素手。けど、あなたは眼を持っていない。しかもあなたは武器を使うタイプだから、素手での戦闘に慣れていないわよね?さらに言えば、私は女神と邪神、両方から力を授かっている。邪神の力でカバーされて、私への強化を女神は取り除けなかったみたいよ」
聖十二使徒序列第一位と第二位。その間には超えられない壁があると昔から言われてきたわ。
地上では、たとえ操られていなかったとしても、この男に勝つのは不可能だったでしょう。
けど、ここに来て、あらゆる方面において、私が有利となった。
このチャンスを逃すほど、私はお人好しではないわ。
「はっ!」
「!?ぐおっ………」
二柱の神の力は伊達じゃない。
あのルヴェルズを、手も足も出ないほどに圧倒出来ている。
ああ、気分がいい。最高ね。
何十年も私を操り、可愛いヨミの心を壊して、私と彼女の人生を狂わせた張本人が、私の掌の上で踊っているだなんて。
「うふふふ………あはははは!!どうしたのルヴェルズ、こんなものじゃないでしょう!?かつてこの私を圧倒した力を捻り出してみなさいな!」
「お、おのれ、ヘレナ………!」
「まだよ。私の復讐は、こんなものでは終わらない。私とヨミ、あなたに殺された多くの命の重さを、この場で味わいなさい!」
「調子にっ………がああ!?」
ルヴェルズは何度も魔法を使おうと試みているけれど、完全に失敗に終わっている。
二百年以上生きていたことがここに来てあだとなっているみたいね。
それだけの長い期間、地上での術式に慣れすぎたことによって、臨機応変に対応できない。
長すぎる経験は意外なところでデメリットを産むものだわ。
「ぐ、がっ………」
私の魔法連投に、さすがのルヴェルズも耐えきれなかったようで、僅かな時間で膝をついた。
私は怯んだルヴェルズに近づき、思いっきり殴った。
「げふっ!」
宙に浮いたルヴェルズを、そのまま蹴り飛ばす。
吹き飛んだルヴェルズより早く向こうに回り込み、脚で叩き落す。
「ぐはっ………」
起き上がってきたところをもう一度殴り、踵落としを食らわせる。
叶わないと思っていた。だからこそヨミに託した、『この男をぶっ飛ばす』という夢。
それがこんな形で叶うとは、死後の世界っていうのも捨てたものじゃない、わね!
「よくも私をあんな目に合わせてくれたな、この○○○野郎おお!!」
「ぐおっ………がっ………ゲフッ………」
※※※
「ふう………すっきりしたわ」
わが生涯に一片の悔いなし。
あ、もう死んでたわね。
魔法が使えて、二柱の神の加護を得た私は、ルヴェルズを終始圧倒出来た。
地上では手も足も出なかったこのカス………失礼、この男に圧勝っていうのは、存外気持ちいいものね。
「が、あ………!」
「あら、まだ息があったの?ああ、もう息はしてないんだったわね」
「き、貴様………ヘレナ………ミザリー様に、背くとは………不忠者が………」
「知ったことではないわね、私はあの女神に心から祈ったことなんて一度もないわよ。あなたに操られる前も後もね」
ところで、ここでルヴェルズを殺したらどうなるのかしら。
想像はできる。現在の私たちは魂を具現化された状態なのだから、今の私たちを構成しているのは臓器でも細胞でもなく、魂だけということになるわ。
ということはおそらく、ちょっとやそっとじゃ死なないのでしょう。おそらく、脳を撃ち抜こうが心臓をえぐろうが、私たちは問題なく活動できる。
じゃあ、完全に消し飛ばされたら?
おそらく、魂ごと消滅する。
つまり、存在ごと消え去り、二度と輪廻転生できなくなる。
「思考することも、動くことも、転生することもできない。完全な無の状態。それがあなたの末路でしょうね。あなたの転生なんて私が認めないわ。ここで果てなさい」
「………馬鹿な、この、余が………!こんな、志半ばで………!」
数え切れないほどの魔族たちの人生を狂わせ、私の人生を狂わせ、ヨミの人生を狂わせ、多くの人々を不幸のどん底に陥れた男。
たとえ転生したとしても、性根まで腐った魂が、その世界にも混乱を巻き起こすことは目に見えている。
「サヨウナラ」
私は、与えられた力を使って、ルヴェルズに雷を落とした。
この男ですら、直撃すれば塵一つ残さず消滅するであろう高密度の電撃。そしてルヴェルズに、もう避ける術はない。
「バカな………バカなあああ………!!」
これが、人類最強と謳われたルヴェルズ・ヒューマンロードの最後の言葉だった。
雷が途絶えると、そこには影も形もなく、ルヴェルズが消滅したことを証明していた。
「復讐完了………ってところかしら」
スッキリはした。でも、もうあの男に痛みを与えられないという虚無感が私を襲う。
まるで、大好きだったアニメの最終回を見て、終わり方から「二期はないだろうなあ」って思った時の感覚に近いわね。
「さて、イスズ様の方はどうなっているのかしら」
今の私なら、多少の加勢くらいは………
「あ、あら?」
なんだろう、力が抜ける。
立ってはいられるけど、ふらふらする。
力を使いすぎたみたいね。いくら弱体化していたとはいえ、相手はあのルヴェルズ。仕留め切るのにかなり魔力が必要だった。
これは、戦闘を続けるのはちょっと無理かも。
「そっちはお願いしますよ、イスズ様。私の願いをかなえてくれるって約束なんですから」