吸血姫と邪神9
………んお?
ここはイスズ様の領域?
なんで私こんなところにいるんだろう。記憶が曖昧だ。
えーっと、ルヴェルズを追い詰めたら、モニアとかいう始まりの英雄が出てきて。
そのモニアに手も足も出なくて、しかもヨミが刺されて。
慌てて駆け寄って、回復魔法をかけて。
………そのあとの記憶がない。なんで私はここに?
まさか、私死んだ?
「いえ、生きてますよ。安心してください」
あ、そうですか。
ならよかったです。お菓子ありますか?
「残念なことに、今日はありません」
帰ります。出口はどこですか?
「ここ、喫茶店じゃないんですが。あなたにとってここはお菓子食べるためだけの場所ですか?
まあそれはともかく、話は聞いてもらいますよ。あなた、割とやらかしたんですから」
やらかした?
「これが『始剣バアル』の力です。物理に転じれば絶対切断、特殊に転じれば精神操作、挙句には絶対干渉という性質上、不壊の特性を持つ神器すら破壊できます。アリウスと対を成す最強の神器としてふさわしいですね。
あなた、これに斬られてヤンデレ化してたんですよ。見てくださいこれ、私こんな典型的な重度のヤンデレってリアルで初めて見ました。ヨミは気づいてなかったみたいですけど、相当やばいこと言ってますよ、あなた」
………………………………。
これ誰ですか?
「あなたです」
あなたさん?面白い名前ですね。
「いえそうではなく、youです。リーンさん。リーン・ブラッドロードさん。『鬼神将』リーンさんです」
私?これが?
「はい」
マジで?
「マジで」
………この近くに崖ってありますか?
「急に悟りを開いたようなお顔に………。ありませんよ、この神の領域に。というか何するつもりですか」
申し訳なさと恥ずかしさと自分にこんな一面があったのかというショックで自我が崩壊しそうなので、ちょっと飛び降りてきます。
「早まらないでください。というか、ヤンデレじゃなくてもあなたはヨミに散々セクハラだのなんだのと、申し訳なくて恥ずかしいことをしてきたじゃありませんか」
なんて言い草。私はただ、全身でヨミに対する愛を表現していただけだというのに。
「そ、そうですか。いえもう何も言いません………」
「まあこんなこと話している場合でもありませんでした。モニアについて色々お話せねばならないことがあるのですよ」
そうですよ、モニア!あいつの対策!
私にこんな真似をさせるとはいい度胸。ただ殺すだけじゃ気が済まん、この時代に現れたことを後悔するような苦痛を与えながらぶっ殺してくれるわ!
「あなたのヤンデレ化は自爆な気もしますが。まあそれは置いといて、やつはこの上なく厄介です。単騎の実力が魔王を上回っている挙句、ミザリーがこれでもかと加護を与えていますからね。このままでは数度殺しても普通に生き返るでしょうし、放っておけばたった一人で魔王軍を崩壊させかねません」
何とかできないんですか、イスズ様。
「いくら神の領域に片足突っ込みかけているとはいえ、奴は人間ですからね。私が何とかしようとしたら過剰介入でこの世界とサヨナラバイバイになります。私が彼を殺したりすることはできません」
えー、本当に何にも?
殺せないにしてもこう、モニアを闇の力で封印するとか。
「できませんよそんなこと。カードキャプターじゃないんですから」
だからなんであなたはそんなに日本の細やかなところまで詳しいんですか。
なに?闇の力から連想したの?
「前から思ってたんですけど、リーンさんも結構詳しいですよね」
うっさいわ。
まあその話は置いといて、じゃあどうするんですか。
やっぱり四魔神将と最古参幹部、魔王様で一気に叩くしかありませんよね。
「そうですね。まあ殺しても復活するあの男のタフさを考えれば、一度は死ねる魔王、リーンさん、ヨミの存在を考えても九十八パーセント全滅しますが」
ダメじゃん。
レインさんを入れたら?
「レインはモニアとの相性最悪ですから。モニアはかつて先代の妖精女王を殺してその力を奪っていますので、レインと互角の天候操作能力を持っています。互いに打ち消し合うことはできますが、それだけです。ステータス面で言えば魔王軍幹部最弱のレインじゃ、手も足も出ずに殺されます」
確かに、レインさんは自在に天候を操り、局所的に雷や巨大な雹なんかの普通はあり得ない天候を生み出せるから、最強の幹部として名を馳せている。
けど、本人の実力は下級兵士にすら劣る。これでも妖精族の中では強い方だ。
無限に近い寿命を持つ代償と言える。
でも、じゃあどうすれば?
あの男はヨミを超える剣術、グレイさんを超える体術、私のアドバンテージを埋める月の加護を持ってます。
夜に戦わないのは大前提として、それでも強すぎます。
プレイヤースキルもさることながら、魔王様を超えるステータスを併せ持っている。
イスズ様は魔王軍最精鋭組で挑めば何とかなるって言いましたけど、正直私は、勝てるにしても何人かは死ぬ未来が見えます。
「ええ、そうでしょうね。モニアは戦闘狂な挙句、戦えば戦うほど相手の技術を奪って強くなっていきます。際限なく進化する怪物、とでも申しましょうか。その力を創造に使うならばともかく、あの男は破壊のことしか考えていません。ミザリーの洗脳こそ受けていないようですが、それよりも厄介です」
じゃあどうすればいいんですか。
「安心してください、策はあります。とびきりの策がね」
本当ですか?
「ええ。まず明らかにしておきたいのは、モニアのその強さは、ミザリーの力によるものが強いということです。
加護だけでなく、そのほかにも様々な強化を施されています。神の領域に最も近い人間というのは、何の比喩でもありません。
ですが、それらはすべて、ミザリーが常時力を送り続けていることで発動しています。私も魔王やリーンさんやヨミに対してずっと魔力を送っているのですから間違いありません。つまりその根本さえ断てば、モニアは弱体化します。それでも強いことには変わりないでしょうが、今のあなた方なら袋叩きにすることは可能だと思います」
おお、なるほど。
つまり女神さえなんとかしてしまえば大丈夫と。
すべての元凶、世界を統治し生命すら作り出す、文字通りの神を抑えろと。
あの、イスズ様。
参考までに聞くんですけど、ミザリーってどれくらい強いんですか?
「神の実力というのは統治している種族や眷属の強さと数、領土、あとは神としての位に比例します。私は結構上位の神ですが、ミザリーは中位神程度にもかかわらず、大神に媚びて上位神級の強さを持っています」
で、それはステータスに置き換えるとどれくらいで?
「さあ?」
さあって!
たしか、この世界でのステータス500万1以上が神の領域だったんじゃないんですか?
「本当に下も下の無能神ならその程度の強さでしょうが、そんなのはミザリーにすら劣る頭ポンコツな最下級神くらいですよ。
私やミザリーを無理やりステータスに置き換えると、そうですね。難しいですが、億とかの単位になっちゃうと思いますよ」
私どころか、魔王様やフラン様すら吹けば飛ぶじゃん。
そもそも、女神ミザリーをなんとかしたいからモニアと戦おうって話なのに、モニア倒すために女神止めようって。出来たら苦労ないじゃないですか。
「さっきからなに考えているんですか、リーンさん。私、別にあなた方にミザリーを止めてもらおうなんてこれっぽっちも思っちゃいませんよ?」
あれ?
じゃあどうしてあんな無茶苦茶なことを言ったんですか?
「ですから。私がミザリーと戦いますので、リーンさんたちはモニアを全力で止めてください。私がミザリーをはっ倒して、モニアに与えられている力を解除させるので」