元勇者と離脱
「魔王フィリス・ダークロード。最強の吸血鬼にして、魔族を束ねる者か。いいねえ、一応人間を束ねる立場である俺の相手にふさわしい」
「束ねる者、のう。どうせ束ねる気などないじゃろうに。それに、束ねようにも既に主以外の強き人間はおらぬぞ」
「そうだな。ルヴェルズやヘレナ、ゲイルなんかはいい線いってたが、全員殺されちまったからなあ。単純な話になったじゃねーか。お前ら魔王軍は、俺さえ殺せればもうあとはただの戦後作業。俺はお前らを殺せれば、あとの烏合の衆はどうにでもなる。まあレインは面倒かもしれねえが、俺の敵ではないな」
「つまり、この戦いが主の欲求を満たせる、この時代において最初で最後の機会というわけか」
「そうだ。俺はただ戦い続けたい。面白い戦いが大好きだし、血沸き肉躍る一進一退の戦いも好きだ。
かつての戦いはよかった。手塩にかけて育てた俺の部下だった近衛騎士団との大接戦、エルフ族の魔法隊の猛攻、妖精族の異常気象による攻撃、夜になれば吸血鬼族がすげえ勢いで襲い掛かってきた。寝る暇もない国の存亡をかけた戦い、最高だった。
だがそんな国でも、俺を止められなかった。戦いの中で死ぬことを許されず、俺は来る日のためだと女神の言いなりにメルクリウス聖神国を作り、生命力を使って結界を張り、繭の中で延々と過ごした」
モニアは興奮したように饒舌になり、腕を振り上げた。
「だが、俺は最高の時代に目覚めた!お前らみたいな強者は、かつての国にもいなかったぜ。特に魔王、フラン、そしてヨミ、リーン。お前らは最高だ。お前らに殺されるならそれも悪くないとすら思えるぜ!」
「ならさっさと死んでくれぬかのう?悪いが貴様が生きていると、妾は最愛の人に会えぬのじゃ」
「リンカ・ブラッドロードか。だが悪いが、俺はただ死ぬつもりはねえ。さあかかってこいよ魔王軍。最後の戦いとしゃれこもうじゃねえか!」
モニアが瓦礫の山から飛び降り、一直線に魔王様の元へ向かっていった。
「甘いわ」
魔王様はそれを軽々と避け、カウンターの回し蹴りを放つ。
けどモニアはそれを受け止め、魔王様をぶん回して壁に放り投げた。
「うおっと………」
「どうした魔王!長年の引きこもり生活で鈍ってんじゃねえかあ!?」
「やかましいわ」
「ぐぼあっ!?」
追撃しようとしたモニアを、身体強化魔法を施した魔王様が返り討ちにする。
モニアは反対側の壁まで吹き飛び、そのままめり込んでいく。
「さすがフィリス!あたしも加勢するよ!」
「馬鹿者、下がっておれ。あやつの今のステータスでは、主の魔法すら大した効果を成さん。そこで見ておればよい」
けど、魔王様も余裕はないみたいだ。
魔王様にとって右腕ともいえるフラン様にすら下がれと言うのが、それを物語っている。
実際、魔王様は凄い。
平均ステータス20万越えで、二十五倍の月の加護によってそれがモニアに迫るほどの力になっている。
ステータスの限界が500万に設定されているこの世界において、唯一単身でモニアと互角に近い戦いをできる人と言える。
けどそれでも、身体強化魔法の始祖であり、あらゆる戦いを経験してきたモニアに勝てるかと言われれば、勝ち目は薄いだろう。
「はははは!最高だ、魔王!!痛みを感じたのなんて何時ぶりだろうなあ!!」
既にモニアは回復し、魔王様に攻撃を仕掛けようとしている。
「《範囲収束付与・月光線の雨》」
「うおおおっ!」
続けざまに魔王様の魔法が放たれ、再びモニアは壁にめり込む。
「ぎゃははは!!あー、楽しい!楽しいぜ!なあおい!!」
けど、突き刺さった光による出血も徐々に回復していく。
魔王様はあくまで冷静に、モニアの攻撃に対処している。
だけど、『剣神』であるモニアの剣はそう簡単に防ぎきれるものではなく、時間が経つごとに魔王様のダメージは蓄積していく。
「どうしたどうしたあ!!こんなもんじゃねえだろ、魔王ってのはよお!!」
そしてモニアの膝が、魔王様の鳩尾に入る。
「がはっ………」
「魔王様!」
魔王様は苦しそうな声を上げたけど、次の瞬間にはニヤリと笑っていた。
「やっと間合いに入ってくれたのう………」
「っ!?な、なんだ?」
咄嗟に飛びのこうとしたモニアを、魔王様はがっしりと掴んで止める。
「この距離なら外さんじゃろ。《邪神の憤怒》」
「うおおっ!?」
リーンが使ったのと同じ魔法。だけど出力は段違いだ。
魔王様の渾身の魔法は、完璧にモニアに直撃した。
「ぐおあああああっ!!」
やがて闇色の光が収まると、血まみれのモニアと、所々に出血と打撲痕を残した魔王様が立っていた。
「………これを食らってまだ生きておるのか。なんて頑丈な奴じゃ」
「は、ははは。やべえ、やべえよ。こんな楽しいのは初めてかもしれねえ。もっとだ、もっとやろうぜ。なあ、もっと楽しませてくれよ、魔王!」
魔王様はため息をつくと、拳を振り上げた。
けど、何を思ったのかその拳を下ろし、身体強化魔法まで解いてしまった。
「やめじゃ」
「………はあ?」
ため息をついてモニアに背を向ける魔王様に、さすがに全員がポカンとした。
「………な、何言ってんだ魔王。もっと楽しもうぜ?お前だってまだ戦りたりないだろ」
「阿呆言うな、妾を貴様と一緒にするでないわ。別に妾は戦闘が好きなわけではない。自分を強いと思っている馬鹿の鼻っ柱を折ってやるのは大好きじゃが、対等な戦いなどまっぴらじゃ」
さらっと性格悪いこと言った。
「そもそも妾がここに来たのは、貴様と戦うためではない。まあ多少実力差を見るために戦ってみはしたが、本来はここにいる部下たちを回収するためじゃ」
「は?回収だと?」
「貴様相手じゃ、消耗したこやつらでは勝てぬからな。まして限界まで月の加護で強化された貴様が本気になれば、妾以外の全員が簡単に殺される。じゃから撤退のためにわざわざ妾がここに来たんじゃ」
「………いやさせるかよ、撤退なんて。ふざけんじゃねえ」
「貴様の許可など求めておらんわ。転移魔法で一瞬じゃ。どうしても妾と戦いたくば、三日間何もせずにおとなしくしておれ。そうすれば、魔王軍の総力を挙げて戦ってやる。ではな」
「させるかよおおお!!」
「《範囲拡大付与・転移》」
モニアの攻撃が届く前に、ボクの視界は切り替わった。
「………魔王城?」
「ああ。三時間後にまた呼ぶ。それまでにリーンをたたき起こして、主も体を休めておけ」
「わ、わかりました」
よくわからないけど、どうやらモニアから引き離されたらしい。
でもあいつは生きている。今のうちに体を休める必要はある。
やつとの戦いに備えるために、ボクはリーンをお姫様抱っこして、自分たちの家へと向かった。