元勇者と暴走
「『絶対干渉』………!?」
「そうだ。それがバアルの最強たる所以だ」
依然として、リーンはボクに対して攻撃を仕掛けてきている。
何度呼び掛けても、ただこっちに攻撃してくるだけだ。
「絶対干渉ってのはその名の通り、なんにでも干渉できる力だ。本来の使い方は、相手の体に干渉しながら斬ることで絶対切断能力を得たり、状態に干渉することで相手に状態異常を引き起こしたり、まあそんな感じの神器なんだがな。
だが応用で、相手の精神に干渉することもできるのさ。さっきリーンを少し斬ったろ?あの時に精神操作の種子を植え込んでおいた。今そいつの頭は俺の思いのままだ」
聞いた瞬間、烈火のような怒りがボクを襲った。
リーンを操る?しかも、人間が?
「………ふざけんな」
「おーおー、お怒りだなあ。そんなお前に朗報だ。一度気絶させりゃあ精神干渉はリセットされるぜ」
殺意で頭がおかしくなりそうだけど、今はリーンを止めることが先決だ。
「皆さん、ボクがリーンを止めます!その間、モニアをお願いします!」
「ヨミとリーンが抜けた状態でこいつを相手するのかー。きっついなー」
「仕方がないわ、やるわよ」
モニアはまだ遊んでいる。
本気を出される前に倒すしか、ボクらに勝つ術はない。
「そのためにも、君は必要なんだよ、リーン!」
「ヨミ………ヨミ………!」
ただボクの名前を呼びながら、リーンはボクに向かってくる。
リーンに剣を向けるなんてできない。けど、剣を持たない拳でも戦いならリーンに分がある。
ただでさえステータス差があるのに、そっちでも不利。
気絶させる方法が思い浮かばない。
「リーン、正気に戻ってよ!」
「うふふ………!ヨミぃ………」
ダメだ、完全に正気を………
「ヨミ………早く死んでよ。死んで、私のものになってよお!」
失っているみたいだ。
「ヨミ、なんで死んでくれないの!?今の純粋無垢で可愛くて美しくて鈍感で素敵なヨミのまま私のものにしたいのに!ここで死んでくれれば、今のヨミのまま、永久に私のものにしてあげられるのに!!」
「ん?」
「ねえ、リーンが壊れたんだけど」
「ちょっとあんた、何したのよ」
「あー、俺はリーンのヨミに対する恋愛感情を強めにしただけなんだが。たがが外れちまったみたいだな。拘束でもしてくれりゃ御の字と思ってたんだが、まさか殺したいほど愛してる系だとはなあ」
何かよくわからないけど、完全に操られている。
なんて卑劣なんだ、ボクとリーンをぶつけるなんて。
「ヨミに告白されて以来………ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと、考えてたの。世界で一番可愛いヨミを、どうやって完全に私のものにできるのかって!浮気なんて許さない、勝手にどこか行くのも考えられない、他人に視線を向けられるのすら耐えられない!考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて、そして気づいたんだよ。だったらヨミを殺しちゃえばいい。殺して、腐らないように保存して、冷たい地下室にでも閉じ込めれば、それでヨミは永久に私のものだもの!素晴らしいアイディアでしょ!?だから死んで?それでずっとずっと愛し合おうよ。愛するヨミの意識が消えちゃうのは寂しいけど、私のものじゃなくなる方がもっと嫌だもん。だから死んで?ねえヨミ、どうしたの?なんでそんな警戒するような目を向けるの?ねえヨミ?ねえねえ、返事してよ。あっそうか恥ずかしいんだね!大丈夫、殺した後もちゃんと服は着せてあげるから!もちろん脱がすこともあると思うけど、愛し合ってるんだし」
………半分以上言ってる意味は分からなかったけど、なんだか背筋がブルっとした。
とりあえず、早く何とかする必要があるみたいだ。
「ねえ、怖いんだけど。ディーシェとかリンカのレベルを上回ってるんだけど。なにあのヤンデレ、ヨミがやばいんだけど」
「あー、なんだ。俺もここまでやばいことになるとは思わなくてよ。面白半分にやっちまって、その、悪いな」
「そう思うなら解除しなさいよ、他人事でも若干恐怖を覚えるわよ」
「いや、一度起こした精神干渉はあいつが気絶するまで解けねえんだわ。悪いとは思うが、面白い事態だしなあ。このままにしておこう」
「………悪趣味な………やつだ………」
でもどうしよう。リーンは強いし、剣を使うわけにもいかない。
ディアスで斬ったりすれば万が一もありうる。
「さあ………私のところに来てよ!!」
リーンが飛び掛かってきた。
「うわっ!?」
「にがさないから!」
辛うじて避けても、凄まじい速度で追撃してくる。
仕方がないのでアリウスを抜いて、腹の部分で弾く。
でも。
「うぐっ!」
「あはははは!!ああ、ごめんねヨミ!でも苦しむ姿も可愛いよ!」
リーンは天眼アルスを持っている。
ボクの剣をすべて予測し、それを織り込んだ攻撃をしてくるからすごくやりにくい。
「ほらほら!ヨミの最後の戦いを、もっと私の脳に焼き付けてよ!」
「うわっ………!」
ダメだ、突破口が見つからない。
リーンを、最愛の子を傷つけるなんて論外だ。
でも首や鳩尾に攻撃して気絶させるにしたって、攻撃を潜り抜けないと意味がない。
そして、ボクの未来の動作をすべて観測しているリーンに不意打ちは効かない。
敵に回すと、この上なく厄介だ。
本当にどうすればいい?思いつかない。
「おい主ら、随分と苦戦しておるのう」
え?
この声、まさか。
ボクは思わず後ろを振り向き、さすがのリーンも動きを止める。
モニアも瞠目し、フラン様たちも仰天していた。
「まったく、四魔神将と最古参幹部が揃って情けないのう。リーンに関しては病むとは。祖母はこんな孫をどんな顔で見ればよいのじゃ」
「ま、魔王様あ!?」
「フィリス!?なんでここにいんのさ!?」
「あなた、魔王城の結界は!?」
「もう魔王城はただの城じゃぞ。無限の魔力で維持していた結界も壊れたしな」
「ま、魔王様、それはまずいんじゃ………」
「なぜじゃ?妾があの結界を維持してきたのは、人間共から各地の村や町を守るためじゃ。そのために百年も窮屈な思いをしてきたんじゃからな。
じゃが、ルヴェルズが死に、聖十二使徒が壊滅し、神都も事実上陥落した以上、これからは余裕が出て、結界がなくとも一つ一つの集落に兵士を就かせることが出来るようになる。にもかかわらずふんぞり返っておるよりは、ここで戦う方が効率が良いじゃろう」
………確かに。
その場の全員がそう思った。
「まあ妾もそれに気づかず、ヴィネルに言われてようやく思い立ったんじゃがな。さて、モニアとやら。お前と戦う前に、少し時間をくれるかの?」
「お前が魔王か。………いいね、俺と同等級の強さとはなあ。待つってのはどれくらい待てばいいんだ?」
「なに、すぐじゃ。そこの馬鹿孫に拳骨を食らわせるだけじゃよ」
「ああ、なるほどな。好きにしろ」
するとそれに焦ったように、リーンが逃げた。
「魔王様相手じゃ分が悪いから、あっちに行こうかヨミ!どこか遠いお花畑にでも行って、そこで殺してあげる!」
どうやらボクをおびき寄せて、そっちで殺したいらしい。
「させるか阿呆が」
「うわっ!?」
でも、あっさり魔王様に回り込まれる。
「邪魔しないでください!私はヨミと愛し合わないといけないんですから!」
「まったく、リンカの血じゃな。そんな考えに行き着く思考回路があったとは」
リーンは恐れ多くも、魔王様に攻撃を仕掛けた。
けど、ステータス100万越えのはずのリーンの攻撃は完璧にはじかれる。
「少し痛いが我慢しろよ、リーン」
「こんっのおっ………」
「《身体強化———峰打ち》」
リーンが飛び掛かる直前に、一瞬で間合いに入った魔王様が鳩尾に裏拳を叩き込んだ。
リーンは吹っ飛んだけど、その吹っ飛んだ先に魔王様が回り込んで、あっさりリーンを受け止める。
「傷を一切発生させず、痛みだけを与える身体強化じゃ。しばらく眠っておれ」
リーンはすでに気絶していた。
たった一撃で。
「さて、待たせたのう。始めるとするか。おいヨミ、リーンを支えとれ」
「は、はい………」