元勇者と正気
心臓を完全に捉えた。
防御貫通の特性を持つディアスで貫いたから、回復も困難。
いかに身体強化魔法で治癒力を強化しようと、回復魔法には及ばないし、回復する前に出血で死ぬはず。
「やったか?」
「ちょっ、フラン様それダメな奴です」
けど、フラン様がリーンがよく言ってるフラグってやつを言っちゃったせいだろうか。
ボクは異変に気付いた。
「え?あ、あれ?」
「ヨミ?どうしたの?」
「いや、剣が抜けなくて………」
何かに絡みつかれたように、モニアの体から剣が抜けない。
これは、まずいかもしれない。
「あ~、ひでえことしやがる。俺じゃなかったら死んでるぜ」
「っ!?」
心臓を失ったはずのモニアは、何でもないことのように笑っていた。
「おっと、悪い悪い。俺の筋肉でディアスが抜けなくなっちまってんのか。今力抜くからよ」
あっさりディアスが抜けた。
けど、モニアは起き上がり、何ら変わらない立ち姿を見せている。
「な、なんで………」
「なに、俺は心臓を破壊されたくらいじゃ死なねえってことだよ」
モニアは傷口をボクらに見せびらかすように服を少し開けた。
すると信じられない光景があった。
傷が、もうふさがり始めている。
「どうやって………!?」
「俺は原初の勇者だぜ?その力こそ失っちゃいるが、未だ覚醒勇者としての力が限定的に残ってんのさ。ゆっくりだが、こうやってあらゆる傷が時間経過と共に治る。失った心臓も、治るまで身体強化魔法で心臓の役割を代用しておけば俺はノーダメージだ」
ダメだ、強すぎる。
勇者の再生能力は、ディアスにとって相性が悪い。
治癒じゃなくて再生に近い力だから、治癒阻害の力が効かない。
「さて、そろそろ俺も少し本気を出すぜ」
モニアはそう言って、少し飛び跳ね、フッと姿を消した。
けど、ボクにはわかる。ヘレナとの戦いで第六感が進化して、アイツの速度でも正確に場所が分かる。
あいつはこの狭い空間ではフルスピードを出せない。ボクでも追える。
「おらっ!」
「ふんっ!」
初撃を止める。
やっぱり、防御に集中すれば止められなくは………
「それで防いだつもりかよ?」
「へ………?」
そう思ったのに。
ボクのお腹には、モニアの剣が突き刺さっていた。
「あ、がふっ………!」
「ヨミ!!」
リーンが駆け寄ってくる。
でもそこに、モニアが襲い掛かった。
「《暴風収束》!」
「効かねえよ!」
リーンの魔法は直撃したにもかかわらず、モニアはかすり傷を負っただけでそのまま突っ込んでいった。
そのまま剣を振るわれたけど、リーンはジャンプして避けて、かすり傷を負っただけで済んだ。
「《威力増強》」
「んお!?」
そしてリーンの魔法にフラン様が魔法の威力を底上げする魔法を撃って、モニアは抑えきれず、天高くへ打ち上げられた。
「ヨミ!ヨミ!しっかりして!」
「だ、大丈夫………内臓には届いてないから………」
「よ、よかった………!今回復するから!」
リーンに回復してもらいながらも、ボクは対策を考える。
モニアは恐ろしく強い。攻撃、防御、速度、そして剣術。すべてがボクの上を行っている。
完全にボクの上位互換と言っていい。
実際、さっきの剣術は恐ろしかった。
完璧に防いだと思ったのに、意識と反射神経の隙を一瞬で突かれた。
辛うじて後ろに飛ぶのが間に合ったおかげで内臓こそ無事だったけど、あと一歩でも前にいたら死んでた。
「こんな、ものかあ!」
そうしている間にも、モニアは一気に力を解き放ち、魔法を消し去った。
「まずはめんどくせえお前から始末してやるよ、フラン!」
「《異界結界》!」
フラン様に襲い掛かろうとしていたモニアを中心に、フルーレティア様の結界が周囲一帯を囲んだ。
「どうせこの男は力技で破壊しかねないわ!物理禁止のルールが働くうちに、一気に畳みかけるわよ!」
「りょーかい!」
「………俺は………」
「グレイ君は隅っこに行ってて!」
「………わかった………」
物理攻撃を禁止されたことによって、身体強化魔法以外が使えないボクとグレイさん、そしてモニアは攻撃手段を失った。
「ちいっ!仕方ねえ、身体強化魔法で術式に介入できる体を作るか!」
「させちゃだめよ!」
「わかってるっての!」
「《隕石招来》!」
モニアは一気に不利になったけど、魔法をものともせずに体を作り替えていく。
あれが真の身体強化魔法。ボクにはできない芸当だ。
「ヨミ、大丈夫?一応処置は終わったんだけど」
「うん、大丈夫。ちゃんと動くよ」
これで戦線復帰と言いたいところだけど、《異界結界》が発動している以上ボクにできることはない。
「ったく、なんだよこの複雑な術式はよお!?こんな結界魔法、今までなかったっての!」
「当然よ、編み出すのに百年かかったからね!フラン、少しでもダメージを与えて!」
「あいあいさー!」
フラン様の超高火力魔法はさすがのモニアでも完全には防げないようで、それなりにダメージを追いつつある。
あとで再生するとはいえ、大きな進歩だ。
「おらあ!」
けど、ついにフルーレティア様の結界が破壊された。
「こんなに早く!」
「ま、まだまだチャンスはあります!」
けど、物理禁止ルールの結界が破壊されたってことは、ボクも攻撃できるようになったということ。
「はあっ!」
すかさず距離を詰め、ディアスを振る。
「おっと!」
けどモニアは、軽々とそれを避けた。
「あきらめろよ、ヨミ。お前じゃ俺には勝てねえ。俺はあらゆる方面において、お前の上位互換だ」
「わかってるよ、そんなこと!」
「いや、わかってねえな。そもそも俺は遊んでるだけだ。その気になりゃ、目にもとまらぬ速度でこいつら全員斬り殺して終わりだからな。さっきの一撃だって別に本気百%ってわけじゃないんだぜ?」
「っ………」
こいつの言う通りだ。
こいつは遊んでるだけ。そうじゃなきゃ、神の領域に近いこいつをここまで止められる理由にならない。
「俺は戦闘狂だが、中でもおもしれえ戦いが好きなんだ。お前らは全員おもしれえからな、だからここまで生かしてやってるんだよ。
だが、このままってのも飽きるしな。新しい遊びを思いついた」
「新しい遊び?」
聞き返したボクに、モニアはにやりと笑みを浮かべ、ウァレフォルをしまった。
「なにを………」
「さっき、お前に駆け寄ったリーンを、俺が少し斬ったよな?」
暴風の魔法を突っ切って、かすり傷を負わせていた件なら覚えてる。
「あの時あいつを斬ったのはな、ウァレフォルじゃねえ」
………え?
モニアが持っている剣は二本しかない。
奪剣ウァレフォルと、もう一つは………
「そう。この最強の神器『始剣バアル』だ」
全神器中、最も早く作られ、最上の特性を有すると伝えられている神器『始剣バアル』。
けど、その力までは知られていない。ただ『最強』とされているだけだ。
「ヨミ………」
「リーン、斬られたところに異変は………」
リーンの方を慌てて振り向く。
そしてそこには、いつものリーンはいなかった。
目は虚ろで、足取りもふらついていて、明らかに正気を失っていた。
「リーン、しっかり………」
そのあとの言葉はつながらなかった。
リーンが、ボクに襲い掛かってきたからだ。
「リーン!?」
「ヨミ………ヨミ………ヨミぃ………!」
月の加護によって極化されたステータスで、ボクを本気で殺しにかかってくる。
「リーンになにをしたんだ!」
モニアに怒鳴ると、やつはにやりと笑い、バアルを抜いた。
「原初にして最強の神器『始剣バアル』。有する性能は『絶対干渉』だ」