吸血姫と決着?
月の加護は吸血鬼族にのみ与えられた、月光を浴びると月齢に比例して身体能力が増す力。
元々ポテンシャルが高い吸血鬼がさらに強くなる。吸血鬼族が数多ある種族の中でも最強クラスの種族と呼ばれた所以だった。
「月の加護。国をぶっ壊してきたときに抵抗してきた、当時の吸血鬼王を殺した時に得た力だ。もう夜はお前の独壇場じゃねえってことだよ」
なのにこいつは、その種族の壁を軽々と越えてくる。
全ステータス、一律500万。最悪だ。
一晩だけとはいえ、悪夢であることに変わりはない。
「さあ早く戦おうぜ。六人まとめてかかって来いよ。俺を楽しませて………」
「《身体強化———神速》」
モニアが私の前に立ち、挑発を始めた瞬間、その一瞬をついてモニアに凄まじい衝撃が襲い掛かった。
衝撃の正体はヨミ。切り札である《神速》を使っての完璧なタイミングだった。
「おー、今のはよかったぜ。あとコンマ一秒反応が遅れたら首を落とされてたかもなあ」
けどモニアは、左腰に下げていた奪剣ウァレフォルで防いでいた。
「っ………!」
「いい判断だ。俺の完璧に近いステータスでも、魔剣ディアスの防御貫通だけは防げねえからなあ。そいつで即座に急所を狙ってきたのはいい。
だが、俺が俺の最大の弱点ともいえるそいつを、警戒しないわけがねえだろ」
「このっ!」
ヨミは鍔迫り合いになるのを回避し、即座にディアスを下から上に振った。
しかしモニアは、いとも簡単にそれをはじく。
一気に身体強化魔法を解放したヨミは、いったん下がって助走をつけ、一気に走りこんでモニアに斬りかかる。
けど刃が届く前に、モニアの姿が消えた。
「馬鹿だな。俺とお前じゃ、速さに違いがありすぎるんだよ」
いや、消えたんじゃない。天眼アルスですら視認できるかギリギリの速度で動いているんだ。
未来予測を使ってもほぼ意味がない。一撃防いだとしても、〇.一秒未満の速度で次の攻撃が来る。
「ヨミ、駄目っ………!」
「まず一人だ」
アルスを持つ私ですら、目で追うのがやっとのモニアの動き。
その速度で、モニアの凶刃がヨミを捉える。
————キィン。
「んお!?」
「へ?」
「………うそん」
けど、次の瞬間に起こった事態に、私は勿論、モニア自身も、フラン様すら間抜けな声を出した。
間違いなく致死の攻撃。ステータス500万とかいうふざけた攻撃力と速度で振るわれた剣。
ヨミは、それを受け流した。
「………あまり、ボクを舐めないでよ」
そのままヨミはディアスを振る。
体勢を崩していたモニアは辛うじて避けたものの、再び攻撃に移ることはしなかった。
「………おいおい、マジかよ。何十倍ってステータス差がある俺の剣を流したのか?やべえってのは『叡知ヴァサゴ』で把握済みのつもりだったが、とんでもねえな」
「こっちのセリフだよ、いなした右腕がもげるかと思った。それ以前に不壊属性を持つディアスじゃなかったら剣が折れてたよ。『剣神』は伊達じゃないね」
「いやいや、本気出してなかったとはいえ今のを防がれるとは思わなかったわ。『戦神将』って渾名が付くのも納得だな。あと十年………いや七年あれば、『剣神』を簒奪できただろうよ」
モニアは心底面白いというように、ヨミを称賛した。
実際、私たちは開いた口が塞がらない。
四魔神将筆頭、その称号は伊達や酔狂で与えられてるわけじゃない。
そんなことは分かってたけど、それにしたってこれほどまでに成長しているとは。
これは、満月の今の私すら普通に対応してきても不思議じゃない。
「流石は歴代最強候補………俺を超えるかもとまで言われた元勇者だ。俺の負けこそ万に一つもないが、殺すのは惜しいなあ」
「よく言うよ。身体強化魔法を一つも使わずにこれとか、正直悪夢以外のなんでもない」
「くはは、安心しろよ。俺がこれ以上強くなることはねえ。確かに剣術的なやつは一度も使わなかったが、ステータスはこれが限界だ。身体強化魔法を使ってもな」
「どういうこと?」
「そこのリーンには見えてると思うがな。俺の今の全ステータスは、500万で固定されてる。ステータスにばらつきがあるにもかかわらずだ。なぜかわかるか?」
そう、そこが気になってた。
モニアのステータスは、まるでそこが上限だとでもいうように500万で止まっている。
「答えはな、これが人の限界なのさ。つまりステータス500万ってのは、この世界における限界点なんだよ。それ以上は何があろうと強化できねえ。付与魔法や身体強化魔法を使おうともな。まあステータスに関係ない、魔法無効化やなんやらの強化は可能だけどなあ。500万1以上はどんな手を使ったって上乗せできねえ。神に造られた種族はどうあがいても神を超えられないってことさ」
「つまり、それ以上は神の領域の強さだから、絶対にその域には踏み込めないってことか」
「そういうことだ。勉強になったか?」
「まあね。案外おしゃべりなんだね、お前って」
「おう、喋るのは戦う次に好きだぜ」
神の領域に足を突っ込めないように、上限が明確に設定されているのか。
確かに、モニアは埒外の強さだ。下手したら女神に挑戦とかしようとしかねない。
「だが、要するに戦う方が好きなんだ。さあもっとやろうぜヨミ。俺を殺せれば、お前は名実ともに世界最強だ」
「世界最強なんて興味ないよ。ボクはただ人間を殺して、後はリーンと一緒に平和な生活を送りたいだけ」
いきなり鼻血出そうなこと言うのやめてほしい。
「お熱いねえ。だが生憎俺には関係ねえ。俺の恋人は戦争だ。命のやり取りこそが最高の愉悦!そうは思わねえのか?」
「ボク、戦いを楽しいって思ったことなんか一度もないよ。蹂躙は結構好きだけど」
「それじゃあ面白くねえだろ。強いやつと戦うことに喜びを覚えないのか?」
「少なくとも、ボクが一対一で戦った最強の人を斬った時は、いい気持ちなんて少しもしなかったよ」
ヨミは淡々と、つまらなそうに答えた。
ヨミは痛いのも苦しいのも嫌いだ。同等以上の相手とのなんて嫌いに決まってる。
「お前とは話が合いそうな予感がしてたんだけどなあ」
「ボクは全くそんな気してなかったけど」
「そうか?まあいいや」
そう言うとモニアは、再びヨミと距離を詰めた。
ヨミは剣を前に突き出すが、モニアは余裕で避けてヨミの首を斬ろうとする。
瞬時に首をそらして回避したヨミが反撃に移った。
「あれ?」
でも、モニアは消えていた。
一瞬で視界外に出られたせいで、私の目でも追いきれなかった。
どこに行った………?
「リーン、後ろ!」
「おっと!」
ヨミの言葉に、一瞬でその場を飛びのく。
「ちっ!」
「こんのっ………《重力破壊》!」
月の加護を受けた私の魔法も、簡単に避けられる。
続けて、サクラ君とフラン様が魔法を放ち、グレイさんとフルーレティア様が飛びかかる。
「ぬるい!」
だけどモニアは、簡単に対処してきた。
魔法を素手で弾き、物理攻撃を仕掛けた二人を蹴りで吹き飛ばした。
「ぐおっ………!?」
「いっつ!」
「なんだ、この程度かよ?バアルを抜くまでもねえ」
そう、こいつの持つ原初にして最強の神器『始剣バアル』。まだ一度も使っていない。
叡知ヴァサゴと奪剣ウァレフォル、それに始剣バアル。まだもう一つ、モニアは最強の神器を隠し持っている。
でも、動き回るせいでそれが何なのかがアルスでもわからない。
「これなら、すぐに全員殺せちまうじゃねえか。さっさと終わらせて魔王の襲撃に行くか?無限の魔力なんてチート持ち、一度相手してみたかったしなあ。
いや待てよ、ただ殺しちまっても芸がねえわな。ちょいと面白くしてみるか」
なにやら独り言をつぶやいている。
けど、圧倒的な実力を持っているが故に、あいつは本気を出さない癖がある。
なんとかして隙をつくことくらいはできるかもしれない。
「ヨミ、もう一度行くよ。今度は同時にかかる」
「わかってる!」
モニアに対し、二人で挟み撃ちを仕掛ける。
これで仕留められるとは思ってないけど、少しでもダメージを与えたい。
私は囮に徹する。ヨミのディアスさえ当たればいい。
「はあっ!」
「おっとっと」
「でやっ!」
「あぶねえなあ」
言葉とは裏腹に、モニアは私たちの攻撃を軽々と避ける。
それはそうだ、あっちはこの世界で最も神に近い実力を持っているんだ。
私たちの攻撃なんて目をつぶっていたって避けられるだろう。
けど諦めない。余裕ぶっこいてるうちに重傷を負わせることが出来れば御の字だ。
「なかなかやるなあ。楽しみ甲斐がありそうだ」
相変わらず邪悪な笑みを浮かべている。
ひるみそうになるけど、二人で諦めずの攻撃を仕掛ける。
そのうち、回復したグレイさんとフルーレティア様も攻撃に加わる。
「………ふんっ!」
「いいパンチだ」
「こんっの!」
「今のは微妙だなあ」
けど、私たち四人の攻撃を、モニアはものともしない。
それどころか、一撃一撃に感想まで差し込んでくる。
「「《破壊光線》!」」
エルフ親子の魔法も飛ぶけど、それすら簡単にはじく。
「あー、もー!弾くなー!」
「ちょ、ちょっとお母さん、落ち着いてよお………」
そんな攻防が一分も続いた後。
ついにその時が訪れた。
「おっと、やべえ!?」
モニアは勢い余って、自分が破壊した石に足を取られて転んだ。
これが演技の可能性もある。けど、体勢が崩れている今しか、ディアスを届かせることはできない。
ヨミも同じ考えに至ったんだろう。すぐさまディアスを、モニアの心臓に向けて突き出した。
そしてその剣は。
しっかりと、モニアの心臓を貫いた。