吸血姫と奪剣
モニア・ヒューマンロード。人類歴代最強の男。強すぎる。
平均ステータス30万オーバー。素のステータスだけで言えば魔王様すら上回っている。
「四人全員神器持ち。しかもうち二人が『魔剣ディアス』と『業炎アモン』の所有者か。アモンはルヴェルズから奪って間もないからともかく、ディアスは警戒しなきゃなあ」
モニアは邪悪な笑みを浮かべながら、私たちに迫ってくる。
「………私さ、今までちょっと不思議だったんだよ。なんでヨミが『剣神』になれないのかって」
「え?」
「だってそうじゃん。ヨミの剣術は魔王様すら認める天才ぶりなのに、未だに『剣王』っておかしいでしょ。でも今納得いった」
こいつがいたからだ。
モニアの職業欄には、堂々と『剣神』と記されている。
神級シリーズの職業は、同時期に二人は生まれない。今までこいつが剣神の力を持ち続けていたから、ヨミは剣神になれなかった。
つまりこいつは、ヨミ以上の剣術を操るってことだ。
おまけにこいつは身体強化魔法しか使えない。そのステータスのタイプが完全にヨミと同じだ。
「さーて、どいつから戦る?それとも四人同時か?」
「《強制契約》!」
モニアが近づいてきたところに、フラン様のルヴェルズを追い詰めた契約魔法が飛ぶ。
「あん?」
「あっはっは!これで動けまい!」
フラン様はハーティを構えたまま不敵に笑った。
そうだ、契約内容が分からない以上、モニアはこれで迂闊に手を出せなくなった。
「なるほどなあ。狙いはいいぜフラン。………だが相手が悪かったな」
「へ?」
「《身体強化———魔術無効化》」
しかし、モニアは予想の範疇を易々と上回ってきた。
「………は?………はああ!?あ、あたしの契約を一瞬で解除したの!?そんなんありえないんだけど!そもそも、あたしの持ってる身体強化魔法の魔導書に、そんな技書かれてなかったんだけど!?」
「当然だろ。身体強化魔法は元々魔法が使えない俺が有り余る魔力を活用するために、俺が生み出した魔法だ。それを女神のやつが勝手にあちこちに術式をばらまきやがったせいで、あちこちに使い手が出てきただけでな。だが、それは所詮、俺の術式を真似た劣化コピーだ。どんな身体強化魔法を用いようと、本当の意味での身体強化魔法を極めてるオリジナルには勝てねえ」
とんでもないことを言いやがった。
こいつが、身体強化魔法の始祖?ヨミやグレイさん、魔王様やルヴェルズの使う身体強化魔法はすべてこいつを真似た劣化コピー?
それにもう一つ、おかしなことを言った。
「『女神のやつ』?あんた、女神ミザリーの狂信者じゃないの?」
「は?誰が信仰なんざするかよ、あんな自己中のイカレ女。俺とアイツはただの利害一致の関係だ」
頭がこんがらがってきた。
魔王軍に伝わってる伝承では、この男は一番最初に女神の洗脳を受け、女神を狂信したと伝えられている。
なのにこいつは、今もこの光景を女神に見られ、聞かれているであろう状況にもかかわらず、堂々と女神を侮辱した。
「簡単な話だ。アイツは俺を使って、女神イスズを陥れたい。そして俺は、高い才能を持つ魔族や亜人と何千回と戦い続けられる。それだけのことだ」
混乱しかけた頭は、その言葉で一気にほどけた。
「戦闘狂かよ」
「否定はしねえ」
つまりはそういうこと。
こいつは数千年前、ただ戦い続けるために、いわば自分の欲望のために故郷を滅ぼした。
そして明確な『敵』を作るために、人間と他種族の間に亀裂を入れた。
「今の俺の状況は、自分の手ごまである人間は、主要な連中は全滅。周りは魔王軍に囲まれ、お前ら四魔神将や最古の幹部に狙われてる。絶体絶命のピンチってわけだ。しかもお前らすら上回る魔王が後続に控えてるだと?やべえ、やべえぜ。こういう状況を望んでたんだよ!感謝するぜルヴェルズ、俺をこの時代に呼び覚ましてくれて!」
こいつはやばい。狂信こそないけど、それより厄介だ。
さっきこいつは女神を自己中と呼んだけど、私らからしてみればこいつだって同じだ。
自分の戦いたいっていう欲のために、世界を混乱に陥れたんだから。
「さあ、誰からにするんだ?早くかかって来いよ。来ねえなら俺から行くぜ?」
だけどだからこそ、こいつは強い。
人生のすべてを戦闘に捧げてきたようなものだろう。フラン様すら一人じゃ勝ち目はない。
「来ねえんだな?じゃあ俺から………」
モニアがしびれを切らして、私たちに飛び掛かろうとしてきた。
だけどその時、ものすごい音がして天井が崩れた。
天井というか、地面?ここ地下だし。
「うおっ、なんだ!?」
モニアは瞠目し、上を見上げる。
私たちも続いて、誰がこんなことをと上を見た。
まあ、一瞬だけ膨大な魔力反応を感知したから、察しはついてるけど。
「………すまない………遅く………なった………」
「え、えっと………皆さん、大丈夫ですか?ここに魔力反応をを感じたので、一応………」
「グレイさん、サクラ君!」
これで四魔神将が全員揃った。
いまだに心配な点は多々あるけど、これで多少は状況が改善された。
しかも、天井が破壊されたおかげで、月の光が地下に差し込む。
「これで月の加護が使える!」
ステータス面だけなら、私はこの瞬間モニアを上回ったはず。
これなら勝てるかもしれない。
「………それで………今の………状況は………?」
「だ、誰なんですか?あの、人間の男の人………」
「『始まりの英雄』モニア・ヒューマンロード。人類歴代最強の男」
「………なに………?」
「え、ええっ!?」
まあ驚くのも無理はない。
正直、私だってステータスを観なければ半信半疑だった。
「グレイにサクラかあ。いいね、これで四魔神将と最古参幹部がそろったわけだ。なんら六対一でかかってくるか?俺は構わねえぜ」
勝てるかも、と思ったけど、私はその言葉に妙な違和感を感じた。
いくらこいつでも、ステータスだけとはいえ自分を上回る私がいる中でそんな不敵なことが言えるか?
まだ何か隠している可能性がある。早々に決着をつけるべきかもしれない。
イスズ様には引けって言われたけど、ここでこいつが暴れまわったら魔王軍に甚大な被害が出る可能性がある。
せめて、少しの間足止めくらいはしないと。
「仲間のために足止めくらいはってか?いい上司じゃねえか。だが、そりゃ無理かもしれないぜ?」
今更私の考えが読まれてることには驚かない。
「《身体強化———破壊波動》」
一方的に話したモニアは、直後に身体強化魔法を発動し、攻撃した。
とはいっても攻撃したのは私たちじゃなく、天井。
さっきグレイさんとサクラ君がそうしたように、天井を粉砕した。
「へ?」
「は?」
「なんで………?」
そんなことをしたって、私の月の加護の恩恵を受けられる面積が増えるだけだ。
むしろ私たちを有利にしたことに何の意味が………。
次の瞬間、私は全身が震えた。
今まで、私は人間に対して怒りを覚えたことは数え切れないほどにある。
けれど、恐れを抱いたことは一度もなかった。
そんな感情より、怒りや憎しみが勝るからだ。
けどこの瞬間、私はモニア・ヒューマンロードに対して、かつてない恐怖を感じてしまった。
ありえない。
なんでお前が、その力を持ってる?
なんで人間が、その力を使える?
***
モニア・ヒューマンロード 人間 Lv411
職業:剣神
状態:健康・女神の加護・女神の祝福・女神の寵愛・月の加護(発動中)
筋力:5000000(314570)
防御:5000000(345210)
魔力:5000000(299840)
魔防:5000000(276590)
速度:5000000(324120)
魔法:身体強化魔法
***
「な、んで………?」
「なぜ俺が月の加護を使えるのかって顔だなあ、リーン。いたって単純な話なんだぜ?俺の持つ四つの神器は、すべて最強の七つの神器に数えられる神器だ。その一つ『奪剣ウァレフォル』を使っただけのことさ。数千年前に奪った力だったから不安だったが、発動してくれて助かったぜ」
ウァレフォルの力を、アルスで覗き見る。
奪剣ウァレフォル。その名の通り剣の神器。
その特性は『種族特性の強奪』。
この世界には、多種多様な種族がいる。人間以外は魔王軍に降る種族だけど、その一つ一つが何らかの長所というべき種族特性を先天的に保有している。
エルフ族の魔力適正、ドワーフの器用さと鍛冶の力、人魚族の海に愛される能力、人馬族の狙撃、妖精族の天候操作、吸血鬼族の月の加護。
種族特性は人間を除くすべての種族に存在している。
奪剣ウァレフォルは、その種族特性を斬った相手から奪ってしまう神器。
数千年前、すべてを敵に回したモニアは、無数の種族をその剣で斬り殺したはず。
つまりモニアは、あらゆる種族の種族特性をその身に宿していることになる。
「さあ、まだまだだ。こんなんで絶望されちゃつまらねえだろ。もっと楽しもうぜ?」