吸血姫と原初の勇者
この男の存在は、実は35部の時点ですでにほのめかしていました。
行き当たりばったりの自分の作品で張っていた数少ない伏線です。
今から数千年前。魔族と亜人と人間が、まだ手を取り合って暮らしていた時代。
それぞれの創り出した種族を統治する三柱の女神の元、世界はたった一つの国によって治められていた。
その国はあらゆる種族を受け入れ、弱きを救う、夢のような国だったという。
しかし、盛者必衰という言葉があるように、その国の平和も長くは続かなかった。
その国に反発する一部の者たちが新国を名乗り、戦争を仕掛けてきたのだ。
王は悩んだ。たしかにこの国は強大だが、向こうも警戒せざるを得ない力を持っている。
自分はもっとこの国を繁栄させたい。永遠の国を創りたい。
そのように悩んだ王は、一つの結論にたどり着いた。
ならば、誰も勝てないような存在さえあれば、この国は安泰だと。
しかし、あらゆる種族の寿命は無限ではない。
妖精族だけは例外的にほぼ無限の命を持つが、彼女らは天気や自然現象を簡単に操る力を持っているだけの、基本的には脆弱な種族だ。
そして王は思いついた。ならば、武器を作ろうと。
早速、王は国中の知者を集め、いくつもの強大な力を持つ武器を生み出した。
九十九の凄まじい力を秘めたそれは、後に『神器』と名づけられ、国を繁栄へと導いた。
しかし、その恐るべき力を持つ神器は、結果的に国の命を蝕んだ。
当時、あらゆる種族の頂点に立つ者と呼ばれ、すべての戦いにおいて無敗、剣を持たせたら軍隊を総動員しても敵わないとまで言われた、伝説の人間がいた。
男の名はモニア。彼の名はそのうち王にまで届く。
王はモニアを気に入り、自分の護衛たる近衛騎士団の団長に任命した。
それが厄災の始まりだった。
当時の国では、一人が複数の神器を所有することは禁じられていた。
理由は簡単、あまりに危険すぎるからだ。それは使用者の負担という面からも、及ぼす被害という面から見ても言えることだった。
しかしモニアだけは、護衛のために複数の神器、それも別格の性能を誇る七つの神器のうちの四つを保有することを許されていた。
その後の経緯は後世に語られていない。
ただ事実として、モニアはたった一人で、永遠に続くとまで言われた無敵の大国を滅ぼした。
その跡地にメルクリウス聖神国を創り、女神ミザリーへの狂信の種を人間に植え付け、人間と他種族に溝を作った。
モニアはミザリーに『勇者』の力を与えられ、『始まりの英雄』と呼ばれるようになった。
そして今。
この時代では物語上の人物と化していた伝説の怪物が、目を覚まそうとしていた。
※※※
「血まみれの人間に、それを追ってきたっぽい連中。人間、吸血鬼、竜人、エルフか。全く状況が見えてこねえな。おいお前、教えてくれよ」
『始まりの英雄』モニアは、世間話でもするような軽い口調でルヴェルズに話しかけた。
しかし、ルヴェルズの返答はない。
「おい、聞いてるか?そこの血だるまだよ。なにか………って、こいつ死んでんじゃん」
ルヴェルズが死んだ。
最後の力を振り絞って、自らの先祖であるモニア・ヒューマンロードを蘇らせて。
あの野郎、死んだ後でもっと厄介な敵残していきやがって………!
「おいおい、聞きたいことあったのに。まあ俺を復活させてくれたのはこいつみたいだし、無理もねえか。ただでさえ莫大な生命力が必要なうえにこの怪我じゃあなあ。むしろよく数秒は生きてたもんだ。後で墓でも作ってやるか………」
イスズ様。この場で四人同時にかかって、勝率はどれくらいですか?
『二十パーセントでしょうか。ただし、四人のうちの二人は確実に死にます。彼を一切犠牲なく殺したいのであれば、四魔神将を総動員して、そこにフランとフルーレティア、それに魔王も参戦する必要があります。それが最低条件です』
魔王様すら参戦しないと、こいつは殺せないのか。
『リーンさん、今は逃げることを優先してください。モニアは恐ろしい敵です。過去にこの世界に存在した生物の中で、最も神の領域に近づいた怪物。彼がまだ戸惑っている間に退却し、体勢を立て直してください』
でも、今は地上で魔王軍が人間相手に戦ってます。
ここで私たちが退却したら、仲間たちに被害が出るのは避けられないのでは?
『今、私が魔王にコンタクトを取って全軍を下がらせるように言ってあります!さあ早く退却を!』
わ、わかりました。
「みんな、聞いてください。イスズ様からお達しがありました。あの男はモニア・ヒューマンロード、御伽噺に出てくる『始まりの英雄』です」
「………はあ!?」
「始まりの英雄って、あの!?」
「そのです。ヤバそうなんで退却します。急ぎますよ!」
私たちが元来た道を少しずつ戻ろうとした時。
「あ?………なんだあんたか。久しぶりだな」
モニアがなにか独り言を話し始めた。
「ああ、悪くない。ところで、さっさと俺の服と神器を返してくれよ。どうせあんたが持ってるんだろ?」
いや、独り言じゃない。誰かと会話している。
そしてその相手に、心当たりがある。
「まさかあいつ、女神ミザリーと会話を?」
「ありえない話じゃないですね。眷属同士のつながりが強ければ、意識があっても会話ができるようになりますし」
直後、モニアを光が包み込んだ。
一瞬の後にそれが晴れると、もうモニアは丸腰じゃなかった。
白い服に赤いマント。腰には二本の剣。
そして何より、片目が青から黄金色に変わった。
二本の神器というところから、こいつの戦闘スタイルはヨミ同系統なのではないかと想像できる。
けど、イスズ様の言葉を聞く限り、その実力はヨミより上だ。
「よし、これこれ。じゃあちょっくら覗いてみるかねえ。神器『叡知ヴァサゴ』発動」
モニアは少し頭を押さえるそぶりを見せた。
隙だらけのように見えたけど、その実一歩でも踏み込めばあの剣で斬られていたんだろう。
数秒の後、モニアは目を開け、こっちに目を向けてきた。
「なるほどなあ。魔王軍、裏切りの勇者、吸血姫、ルヴェルズ、最強のエルフに古竜人………俺が眠ってる間に、すっげえ面白いことになってんじゃん」
その顔は笑っていた。
この世のすべてを楽しんでいるかのような、凶悪な笑みだった。
叡知ヴァサゴ。耳飾りの形をした、最強の七つの神器の一つ。
その特性は『情報収集』。神によって秘匿された情報(例えば異世界についてや遥か未来の事象)以外のあらゆる情報を望んだだけで脳に刷り込むという、記憶系最強の神器。
あれで、私たちや魔王軍、現代の情報を一瞬で集めたのか!
「そこにいるルヴェルズを引かせたっていう魔王にも興味があるし、ついさっきこいつをいたぶったそこのフランってエルフもすげえ。面白い、面白いぜ。最高な時代に目覚めさせてくれたなあ、おい!!」
その闘気と殺気に、フラン様すら少したじろいでいる。
「フルーレティア様。あいつのステータス、どれくらいですか?」
「………口で説明するより、見た方が早いわよ」
フルーレティア様は首に下げていた天眼アルスを私に返してきた。
それを首に下げ、モニアの力を覗く。
そして、見たことを後悔した。
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モニア・ヒューマンロード 人間 Lv411
職業:剣神
状態:健康・女神の加護・女神の祝福・女神の寵愛
筋力:314570
防御:345210
魔力:299840
魔防:276590
速度:324120
魔法:身体強化魔法
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