吸血姫と繭
さすがに高ステータスなルヴェルズは、致命傷を負っていても速い。
この中で最速のヨミが先行して追ったけど、なかなか追いついたって声が聞こえなかった。
「あの怪我でどうする気なんですかね、ルヴェルズは」
「さあ、わからないわ。ろくでもないことなのは確かだけど」
「まっ、何が来たってあたしが吹っ飛ばすから!」
無駄に長い階段を駆け下り、私たちは下へ下へと向かう。
途中、あちこち崩れていたり、一刀両断された死体が転がっていたりしたけど、崩れているのはルヴェルズと戦った余波で、死体はここに来るまでにヨミが斬り殺したものだろう。
「しっかし長いですね階段。いっそ床をぶち抜きますか?」
「やめておきなさい。下手したら崩れるわよ。そうなったらルヴェルズを見失うかもしれないじゃない」
諦めて進むと、生き残りの兵士が不意打ちしてきた。
「《死針》」
「《精神崩壊》」
けど、私とフラン様の魔法でなんなく突破。
その後は新しい死体が目立つようになった。先行しているヨミが走りながら斬り殺したものだと思う。
「なかなか追いつきませんね。これ、ひょっとして一階まで下りるんじゃないですか?」
「そうだとしたら追うのはヨミちゃんとフランに任せて、ワタクシとリーンちゃんは下で挟み撃ちする方がよかったわね」
「しくじったねえ。今からでも壁ぶっ壊して挟む?」
「いいえ、耐性が高いこの壁を破壊する時間があれば、もういっそ追った方が早いわ。行きましょう」
死体の山を踏み越えながら進んで行くと、声が聞こえてきた。
「おーい!」
ヨミの声だ。
結構近い。というかやっぱり、
「一階ですね」
「一階だねえ。外に逃げたとか?」
「それならヨミがそう言うだろうし、そんなことしたらフラン様の思うつぼじゃないですか」
フラン様の広範囲魔法は、こんな狭いところでぶちかましたら自分たちもまきこまれる。
だからこそルヴェルズを一気に叩けないわけだ。
けど、外に出たら周囲なんてお構いなしに魔法をぶち込めばそれだけで瀕死に近いルヴェルズは死ぬ。
この状況で外に出るのは悪手だ。
すぐにヨミに追いつき、合流する。
やっぱりいたのは一階だった。
「ヨミ、ルヴェルズは?」
「ごめん、見失った。外への通用口は全部ふさいでから来たから、外には逃げてないと思う。けど、ほらあそこ」
ヨミの指が示した先を見ると、そこには祭壇があった。
その祭壇は絨毯が焦げていて、何やら蓋のようなものが露出している。
蓋は開いていて、中をのぞくと階段が見えた。
「ここって、もしかして」
「うん、昔ボクが捕まってた地下室。来るときに閉めてきたはずなのに開いてるってことは、ここに入った可能性が高いと思う」
地下室。
わざとらしく開いている階段。
「どう思います?」
「罠かな」
「罠よね」
「罠じゃね?」
「ですよね」
満場一致で罠という結論が出た。
でも、中にいるのは確かだ。微弱な魔力反応を感じるし、吸血鬼の聴覚が確かに足音を捕らえている。
「まあ、あえて飛び込んでみるってことでいいですかね?」
「いいんじゃない?それとも二手に分かれる?突入組と待機組で」
「いい案だけど、万が一ルヴェルズが本当にやばいものを用意していた場合、二人だと対処できないかもしれないわ」
「じゃあ仕方ないですね。全員で行きましょう」
私たちは、階段を降り、地下室へと来た。
中は割と広く、神都の地下にかなり広がっているのが分かる。
「ヨミ、大丈夫?」
「大丈夫だよ。さっき一度来たし、どうせ過去は過去だからね」
つくづく、ヨミは強いと思う。
私だったら、もしかしたら発狂していたかもしれない。
「さてさて、ルヴェルズはどこ行ったのかね?」
「そもそも、なぜここに来たのかしら?袋の鼠でしょうに」
「もしかして、どこか脱出口があるとか?」
「ありえるかもね」
私たちは手分けして、ルヴェルズの痕跡を探す。
すると暫くして、妙なものを見つけた。
「なんか、ここだけ違う」
そこは壁が粉砕され、奥が空洞になっていた。
ヨミを呼んで、ここはなんだと聞いてみる。
「こんなとこ知らない。扉とかもなかったはずだよ」
その言葉で確信した。
ルヴェルズはこの奥だ。
私たちは頷き合い、奥へと進んでいく。
「なんなんですかね、ここ」
「考えられるとすれば、神器の隠し場所?だけど、今のフラン相手に付け焼刃の神器は通用しないでしょうし」
「ヨミ、何か心当たりないん?」
「い、いえボクにも………あっ、何でしょうかあれ」
洞窟のような道を何度かカーブを挟んで歩いていくと、目の前に光が見えた。
その方向に歩いていくと、さっきの闘技場のようなところとは比較にならないほど広いところに出た。
目の前にはルヴェルズと、光の発生源の謎の物体。
ルヴェルズの傷はある程度癒えていた。僅かに残った魔力を回復魔法に費やしたらしい。
「………遅かったな」
「追い詰めたぞー、ルヴェルズ!こんなところまで逃げてきてなんのつもりか知らないけど、あと一発でぶっ殺してやるぜ!」
フラン様が意気込んでるけど、私はそれより、その発光体に目がいった。
一言で言えば、光る繭。あちこちに発行する太い糸みたいなのがくっついてて、本体みたいなのは吊られる形で宙に浮いている。
「ねえ、なんだろうあれ」
「わからない。でも」
「でも?」
「眩しくてわかりにくいんだけど、中に何かいるような?」
「へ?」
吸血鬼族は暗視能力が高すぎる分、光に若干弱い。
まして、あんなギラッギラしてるものの中に何が入っているかなんてわからない。
「………横のそれを取りに来たって感じかしらね。それはなにかしら?」
「なにこれ。馬鹿でかい懐中電灯?」
んなわけあるかい。
「………すぐにわかる」
ルヴェルズはそう言って、自分の血をべったりと繭に塗り付けた。
「………貴様らが軍としての規模を拡大した時から、これを用いることは一つの計画だった。決定的だったのは四魔神将が発足し、勇者アヴィスが殺されたあたりか」
すると繭の発光は強まり、思わず目をつぶりそうになるほどの光量になった。
「この繭は、魂を吸収してその輝きを増す。それもただの魂ではなく、人間の中から選ばれた凄まじい才を秘めた選ばれし力。即ち、『勇者』の魂を吸収するのだ」
やがて光はピークになり、さすがに手をかざさないと駄目なほどになった。
「特に覚醒した勇者の力は別格。軽く見積もって、ただの勇者十人分に匹敵する力を秘めていた。この繭を覚醒させるには、勇者百人分の魂が必要だったからな。足りない分を覚醒勇者によって何とかする必要があった。
覚醒によって暴れまわってもらい、死んでもこの繭のエネルギーとなる。
………だが予定外のことが起こった。本来覚醒勇者として利用しようとした勇者が、早々に消えたのだ。そう、貴様だヨミ。
そこで余はミザリー様に助言をいただき、その御力を貸していただけることとなった。即ち、勇者ゼノを強制的に覚醒させることだ」
やがて光は収まっていき、同時に繭も消え始め、次第にその正体が明らかとなる。
「勇者ゼノの死によって、この繭の覚醒の条件はそろった。あとは、余の血を捧げるだけだ。血のつながりがありかつ勇者の素質を持つ者しか、この封印は解けぬ。故に余は、今日まで生き続けてきたと言っても過言ではない」
繭の中身は人間だった。
繭が完全に消え去り、中から一人の男が姿を現した。
華奢な男だ。濃い金髪で短髪の男。
いや、見方によっては女にも見えなくもない感じの、中性的な顔立ちの人間。
男は暫くそのまま直立し、やがてゆっくりと目を開けた。
直後、私を凄まじいほどの悪寒が襲った。
「ひっ………!?」
「な、なにこいつっ!?」
いきなりの恐ろしい気配に、私たちは全員一瞬で後ろに下がる。
けどそいつは気にした様子もなく、辺りを見渡し始めた。
「なんだここ。地下か?」
血だらけのルヴェルズが男に近づき、その場にひざまずく。
法皇であるあいつが、ひざまずいた。
「………お初にお目にかかります、我が先祖よ。ご復活、おめでとうございます」
「おい、お前血だらけじゃん。大丈夫か?」
「問題、ございません。貴方様の復活のための、名誉の傷でございます」
ルヴェルズは完全にへりくだった雰囲気だ。
最後の力を振り絞るかのように、ルヴェルズは言葉を紡ぐ。
「一体、アイツ何者………」
「ぜ、全員聞いて」
「え?」
声を出したのはフルーレティア様だった。
けど、今まで聞いたことがないほどに声は震え、顔も青い。
「レティ。アイツ何なの?」
「わ、わからないわ。けど、アイツはやばい。いったん退却する必要がありそうね」
フルーレティア様は元来た道を指さしながら、ちょっとずつ後ろに下がる。
おそらく、天眼アルスによってステータスが見えているんだろう。
そしてそのステータスが、かなりやばい可能性が高い。
『リーンさん!!』
「うわっ………!?」
直後、頭の中で声がした。
この声、例によってイスズ様だ。
い、イスズ様。どうかなさいましたか?
『逃げてください、今すぐに!その男は危険すぎます!まさか、この時代に姿を現すとはっ………!』
ルヴェルズの血縁者みたいですけど、やっぱり知ってるんですか?
あれ?ルヴェルズの血縁者?
何か違和感がある。そう、どこかで聞いたような………。
『その男の名はモニア・ヒューマンロードっ………数千年前、初めて女神ミザリーの眷属となり、神器を作り出した時の大国をたった一人で滅ぼし、メルクリウス聖神国を創り、魔族と人間の間に隔たりを作った男!『始まりの英雄』と呼ばれる、原初の勇者です!!』