吸血姫と神級
「が、はっ………貴様は!」
「久しぶりだね、ルヴェルズ。さっそくで悪いんだけど、とっとと死んでくれるかな?」
ヨミはルヴェルズの心臓を貫いた魔剣を、そのまま横に流して胴体を斬った。
「ぐあっ!」
「いつものお前なら気づけたはずの攻撃だよ?それをリーンへの怒りでボクがいることを忘れるなんて、馬鹿な話だ。百年近くも命の危険を味わったことがなかった弊害かな」
「こ、の………裏切り者があっ………!」
「裏切り者って言うけどね。ボクは自ら進んで人間に手を貸した覚えなんて一度たりともないよ」
血を吐きながらヨミに迫るルヴェルズ。けど、心臓を破壊された影響か動きが鈍い。
簡単にヨミに見切られて、そのまま胴体も切断された。
「ぐっ………は………」
「フン」
そしてそのまま倒れ、動かなくなった。
次の瞬間、私の右腕を覆っていた痣が消える。
「おっ、やっぱり使用者が死ぬことが呪い解除の条件か」
「リーン!大丈夫?」
「なんとかね。それより、なーにおいしいところ持ってっちゃってくれてんの」
「あはは、ごめん。隙ができたから思わずね」
ヨミに助け起こされている時、異変を感じて上を見た。
ああ、そうか。あいつが死んだから。
「結界が、消えていく!」
「うん。ルヴェルズの魔力で保っていたからね。唯一代行できるヘレナさんとゲイルも死んでるし、魔力供給が切れた結界を維持することは不可能だよ」
あ、やっぱりヘレナを殺してきたんだ。
ん?それにしては傷がないな。服はところどころ破れてるけど。
というか、ヘレナさん?
「ヨミ、今のって………」
「ああ………全部終わったら説明するよ。それより、まだ警戒しなくちゃ」
「う、うん。ルヴェルズが死んだとはいえ、まだ強いのが残ってる可能性も………」
「違うよ」
「へ?何が?」
「あれ見て」
ヨミが向いた方向に私も目を向けると、そこにはルヴェルズの死体があった。
あれがなんだっての?もう動くはずが………
突如、ルヴェルズの死体から凄まじい魔力が放出された。
「な、なにっ!?」
「やっぱり。まだ終わってないってことだね」
ヨミは厳しい顔で、やつを見ていた。
やがて、死んだはずのルヴェルズを光の粒子が包み、生命力が戻るように体に熱が灯る。
そして、魔力も傷も全快した最悪の敵が、ゆっくりと目を開けた。
「………礼を言わねばな、●●●。いや、今はヨミだったか。一度死んだおかげで冷静さが戻った」
「女神の加護を持つお前なら、蘇生能力を持っていると思ってはいたけど。さすがに全快までするとは思わなかった」
「ああ、余も驚いている。死んだことなどなかったものでな。まさか、かつて奪われた右腕まで再生するとは。ミザリー様のご厚意に感謝せねば」
ま、まさか………蘇生するとは。
こちとら、魔力がすっからかん寸前だっていうのに。
あれ?そういや。私とヨミも邪神の加護で蘇生能力を持ってなかったっけ?
じゃあ別に、あの魔法を食らっててもよかったんじゃ………?
ま、まああの時見た走馬灯で『復讐神』に進化したんだし、結果オーライ?
しかしまずいな。
まさか右腕まで再生するとは。しかも、私はかなり消耗しているし、ヨミも魔力が半分近く削れている。
「ヨミ。余を一度殺した貴様に、褒美として一度だけ問うてやろう」
はあ?
こいつ、なにを?
ルヴェルズは、ヨミに手を向け、手招きのような仕草をした。
「こちらへ戻ってこい」
………は?
今なんつった、あいつ。
「貴様の実力は素晴らしい。ハサドを無傷で退け、軍相手に剣だけで打ち勝ち、あのヘレナすら殺してみせた。それだけの力があれば、いずれ余に代わり、人間を統治する立場となることも夢ではないだろう。こちらへ来」
「断る」
ヨミは、怒りを必死にこらえるかのような表情でそう言い放った。
「何を上から目線でボクに命令しているんだ、気持ち悪い。何が戻ってこいだ。そもそも、ボクはお前たちの仲間になったことなんて一度もない。自分たちの過ちを、ボクが過ちを犯したかのように脚色するな!ボクが魔王軍にいるのは、お前たちの間違った作戦のせいだ!………お前の話なんて誰が聞くか。ボクに命令していいのは、この世界で魔王様だけだ」
ヨミは言い終わると、二本の剣を抜いた。かなり怒ってるな。
「リーン、手伝って。あの勘違い野郎、ぶっ殺すよ。月の加護も戻ってるでしょ?」
「………もちろん」
ルヴェルズは一度死んだ。その影響で、繋がりが切れた結界は消えている。
つまり、月の加護が使える。
魔力が厳しいことには変わりないけど、これなら超高ステータスでごり押しできる。
あとは、あの神器の数々にさえ気を付けていれば………!
「………残念だ。今のが貴様が生き残れる最後のチャンスだったと言うのに」
直後、ルヴェルズの体が光り、ステータスがありえないほどに上昇した。
これは………!
「め、『女神の奇跡』!?」
自分の命と引き換えに、五分間だけ超強化される聖十二使徒に与えられた力!
「正気!?それをやったら………!」
「ああ、普通は死ぬ。この技は、言わば生命力の前借りだからな。しかしそれは、限定的な力しか与えられていない他の聖十二使徒のみ。余はその枠組みから外れている」
「なっ!?」
「多少寿命は削るが、使った後でも死ぬことはない。さらに、五分という中途半端な時間の枠組みに縛られることもないのだ。この力で貴様らを始末した後、ゆっくりと神都を覆っている魔族共を殲滅しに行くとしよう」
まずい。まずいまずいまずい!
これじゃ、月の加護のゴリ押しが出来ない。それどころか、五分の間に殺されかねない。
なんとかして、こいつをこの場で始末するしかない!
「《女神の神罰》」
「やばっ………!」
さっきよりはるかに威力は高い。
そして、私にもう一度あれを跳ね返す魔力は残ってない!
「この魔法は、邪神の力を受けた者に等しく死を与える、ミザリー様の生み出された魔法。それが女神の奇跡によって強化され、対魔王用の魔法として進化している。これを受ければ、おそらく蘇生は効かぬだろうな」
た、対魔王様用の魔法!?
蘇生すらできないって、そんなの反則………!
「リーン!」
ヨミが慌てて駆け寄ってくる。けど、間に合わないっぽい。
これは、本気でヤバい。あと二秒もしないうちに私に魔法が襲い掛かってくる。
考えろ、この場を切り抜ける方法を………!
※※※
「あのー、イスズ先輩。大丈夫なんですかえ?」
「ん?何がですか?」
「いえ、なんぼあの二人が強いとはいえ、女神ん加護を持つ彼には勝率は薄いんやあらしまへんか?」
「ああ、そういうことですか。問題ありませんよ。蘇生能力や女神の奇跡も予想の範囲内です。確かに、彼女たちに二度ルヴェルズを殺す術はありません。ですが、一度殺せればいいんですよ」
「………?」
「こっちの蘇生を封じつつ死を与える魔法なんてものをあの女が開発していたのは想定外ですが、これも別に大したことじゃありません。だって、結界が解けたということは、瞬時に彼女達が来れるということなんですから」
「か、彼女達?」
「はい。魔王がなんだかんだ最も信頼する、今現在の段階ではヨミとリーンさんすら上回る、魔王軍最強のコンビがいるではありませんか」
※※※
「《反射結界》」
「え?」
私に襲い掛かってきたルヴェルズの魔法は、私に届く直前にすべてルヴェルズに跳ね返った。
「なにっ………?」
「あら、やっぱり自分の魔法は効かないのね。今ので死んでくれれば楽だったのに」
上から、裸足の白髪美女がふわりと降り立った。
刹那、ルヴェルズの上にかつてないほどの魔力を感じ、慌てて見上げる。
「《炎神の赫怒》!!」
「!?」
太陽系の魔法すら比較にならない、超ド級の高熱魔法がルヴェルズに放たれる。
辛うじて転移の神器で避けたみたいだけど、完全にあの男から余裕が消えた。
「あらら、避けられちった。あいつをぶっ殺すため再現した古代の神級魔法だったんだけどなー。まいいや、まだ魔力には余裕あるし」
金髪ポニーテールの美少女が教会の屋根の上に立っている。
いや、早すぎる。結界が解けてからまだ一分しか経ってないのに。
そもそも、この二人は魔王軍指揮の重要な御役目があったのでは?
『やっぱりこうなりましたか』
「うわっ!?」
この声、イスズ様?
『リーンさん、よくぞ結界を解除してくださいました。ここは彼女たちに任せましょう。特にあの塔の上に立ってる子なんかは、ルヴェルズに相当恨みを持っているはずですからね』
「リーン、ヨミ!事情はよく分からんけど、おかげであたしの呪いも解けて、晴れて全盛期の力を取り戻せたよ!ご褒美に、こいつをぶち殺す仕事はあたしが引き受けてあげる!」
「まったく、足が自由になった途端に全盛期って………そう上手くはいかないでしょうに、上手く行っちゃうのがあいつの怖いところね」
「………貴様らが出てくるとは」
『かつて人間たちの間で、魔王軍の中でも最凶最悪と恐れられた、無敵のコンビ。今のルヴェルズといえど、彼女たちの前では危ないかもしれないと思いませんか?』
ええ、思いますよ。
だって、あの超絶やばい魔法をあっさり跳ね返す最強の結界神と、魔防が凄まじいことになってるルヴェルズが全力で避けるような魔法を放つ化け物ですもの。
「フラン様、フルーレティア様!」