吸血姫vs神子2
「《神々しき光》」
「うぐっ!」
右腕が使えなくなってから、私はルヴェルズへの攻撃を捨て、ほぼ防御に全力を注いでいた。
こっちにはヨミがいる。あの子さえくれば二対一、勝てる可能性はある。
けど、私一人じゃ、癪だけどこいつには勝てない。なら、ヨミが来るまで待ってた方がよっぽどいい。
なのに。
「ふんっ」
「ぐえっ………!」
そうやって防戦に回っても、ルヴェルズは私の意識をすり抜けて攻撃してくる。
五本刺されると死ぬ『呪針モラス』だけは全力全開で避けてるけど、それに気を取られるせいでルヴェルズの攻撃を防ぎきれない。
天眼アルスの動体視力と未来予測が無ければとっくに死んでたと思う。
現段階で、ルヴェルズのステータスは私の倍以上。プレイヤースキルもあっちの方が圧倒的に上。
自分で持っている五つの神器とは別に、何らかの神器で数百年の時を生き続けているだけのことはある。
「《雷撃収束》!」
苦し紛れに放った魔法も転移の神器で躱され、逆に魔法を放たれる。
「………噂に名高い『鬼神将』リーン・ブラッドロードも、月の加護を封じられてはこの程度か。そろそろ終わりにしよう」
「っ………」
悔しいけど、その通り。
月の加護が働いてない私の実力は、四魔神将末席のグレイさんにすら劣る。
私の第二席という席順は、月の加護による強化を考慮してこその話。
単純に素の実力で選ばれたヨミとは違う。
「不浄の魂に慈悲の一撃を。《神の慈悲》」
「ま、まずっ………!」
光属性最上位破壊魔法。
魔族である限り、受ければ確実に死滅する最悪の魔法が私に襲い掛かる。
慌てて離脱しようとしたけど、追尾の性能がある上に圧倒的に私より早い。
あ、これは………死んだかも。
なんだか、頭の中に今までの記憶が甦ってきた。
これが走馬灯ってやつ?
子供のころの五年間だけを過ごした、幸せだった吸血鬼の里。
里が燃え、お父さんとお母さんを失ったあの日。
人類に絶望した私は、決意した。人間を滅ぼすって。
ティアナさんに連れられて、魔王様や幹部たちに出会った。
いっぱい修行して、魔王様がほめてくれるくらい強くなった。
そして、あの子と出会った。
人間だけど、私が大好きなあの子が、私の思い出を埋め尽くした。
生涯でたった一人の親友で、心から信頼できる相棒で、大好きな、世界で一番大切な、私のヨミ。
心を壊されてさまよっていたあの子を、私が止めた。
心が治ってからは、一緒に過ごして、一緒に高めあった。
いつしか魔王軍最強と準最強って呼ばれるようになって、一緒に自分の使命を果たしてきた。
そしてついこの間、告白された。
不器用で、いろいろ間違った感じだったけど、でも嬉しかった。
そう、すごく………。
そうだ。
私はヨミに、返事するって言ったんだ。
なのに、こんなところで、こんなやつに!
「殺されるわけにいくか、バッキャロオオオオオオオ!!」
避けられないなら、打ち消すまでだ。
最上位の闇魔法で!
「《邪神の憤怒》!」
私の最大魔法の一つが、ルヴェルズの魔法に衝突した。
けど、押し返される。地力に差がありすぎるんだ。
「消えろ」
「ぐうううう!!」
まだだ。
私の本気はこんなものか?
違う。もっと怒れ。
死と憤怒を司る邪神の眷属だってことを思い出せ!
こいつは、数え切れないほどの仲間たちを屠り、ディーシェ様を傷つけ、フラン様を呪った。
魔族にとって、最悪の敵だ。
それだけじゃない。吸血鬼の里を滅ぼせと指示を出したのも、おそらくこいつ。
こいつさえいなければ、お父さんやお母さんは死ななかった。里のみんなも、平和に暮らせていた筈なのに!
許さない。絶対に殺す。
この場で、確実に!
《「身を焦がすほどの憤怒」「許せざる存在」の双方を確認しました。》
《レベルが一定に満ちていることを確認しました。》
《すべての条件を満たしました。》
《リーン・ブラッドロードの職業が『復讐王』から『復讐神』へと進化しました。》
※※※
『復讐者』から進化してきた、私の職業。
「復讐対象に対する優位性の増加」っていう特性を等しく持っていた、私の力。
私の復讐対象は人間。つまり人間を相手にした時、私はステータス以上に強くなっている。
圧倒的なステータス格差があったルヴェルズ相手に、ある程度戦えていたのもそれが大きい。
けど、これには弱点がある。
「人間」という大きな括りで対象を絞っている以上、どんな人間を相手にしても優位性が等しいという点。
そこらの平民相手にしようが、聖十二使徒級を相手にしようが、上昇する優位性は変わらない。それが今までの私。
けど神級シリーズが一つ『復讐神』は違う。
この職業の最も恐ろしい点は、「相手に抱く負の感情の大きさに比例して相手への優位性が増す」という風に、設定を変更できるという点。
過去にこの職に就いた者はこの力を振るい、味方には優しく、敵には一切の容赦がない修羅のような強さを見せていたという。
今現在、私は恐ろしい量の怒りを、ルヴェルズに向けている。
これがつまり、どういうことか。
「なんだっ、急に奴の力が、増してっ………!?」
「押し返せええええ!!」
復讐対象をルヴェルズのみに絞り、私は魔法を放ち続ける。
私の怒りが、その分だけ魔法の威力を強くする。
もっと怒れ。もっとイラつけ。
それがあの男をぶっ殺す鍵になるんだ!
「ぐおおおおおっ………!」
「アアアアアアア!!」
そしてついに、私の魔法が、ルヴェルズの魔法を押し返し始める。
「なにいっ………!?」
ルヴェルズに、それを止める術はない。
少しずつ、少しずつ、私の闇がルヴェルズの光を侵食する。
ルヴェルズは転移を試みようとしたけど、無駄だった。
あの神器は便利だけど、転移っていうのはまず、自分の位置が正確にわかっていないと発動できない。それは転移魔法でもあの神器でも変わらないはずだ。
今この空間は、私の闇とルヴェルズの光が混ざって、視界どころか自分が立っているのかすらわからないような状態になっている。
つまり今だけは、ルヴェルズに転移は使えない!
「いっけええええ!!」
そして数秒後。
ルヴェルズを、私の魔法が襲い掛かった。
「ぐおおおおおっ!」
※※※
「ハアッ………ハアッ………」
着弾したことによって視界が開ける。
ルヴェルズが転移した気配はない。間違いなく直撃。
「かなり、自分の光で中和しただろうから、死んじゃいないだろうけど………」
目の前の瓦礫から、ルヴェルズが這い出して来る。
その姿は血まみれで、かなり消耗していた。
「それだけの大ダメージ、しかも私の闇魔法による呪いで、治癒力低下中………しかも今の衝撃で、双刀イポスがぶっ壊れてんじゃん。私のことどうこう言えなくなったんじゃないの?」
「貴っ様ぁ………!」
そこに、今までのイラつくほどに冷静だったルヴェルズはいなかった。
フラン様に右腕を奪われて以来の大ダメージ。プライドの高いこいつには、さぞかし屈辱的な気分だろうね。
とはいえ、こっちも正直きつい。『復讐神』に進化したことによってルヴェルズと互角に戦える程度の強さは手にしたとはいえ、あっちは未だ四つの神器は健在な挙句、私の魔力は二割を切っている。
私の不利は変わらない。
「………貴様は許さん。ミザリー様に与えられた力をここまでコケにするとはなんという不敬だ。もういい、余の最大の切り札でとどめを刺してくれる!」
ルヴェルズは、左手を私に掲げてきた。
その手のひらに、凄まじい熱量の炎が生成されていく。
使ってくるか。『業炎アモン』を。
「後悔しろ。余にこの神器を使わせたことをっ………」
「『冷静な判断を失った者は死ぬ。だから貴様は感情を失わなければならんのだ』。君がボクに言ったことなのに、自分が冷静さを欠いていたら世話ないね」
「がっ………ふ………」
炎が放たれることはなかった。
ルヴェルズの心臓を、見慣れた魔剣が突き刺していたから。
あいつが冷静さを失ったその隙をついて、殺気を消して襲い掛かるとは、相変わらず凄まじいね。
「………遅い」
「ごめんね。ちょっとてこずっちゃった」
ヒーローは遅れてくるものだって言うけどさ。さすがに待たせすぎじゃない?
いいとこ持ってっちゃってさ。
ヨミ。