吸血姫と神子
ヨミと分かれた私は、浮遊魔法でこの無駄にでかい塔を一気に昇っていく。
さっきから何度か私に向けて教会の中から魔法が放たれているけど、全部避けるか跳ね返すかして対処している。
全員殺す必要はない。どうせほとんど中から侵入しているヨミに殺されるだろうし、生き延びたとしても神都から出ることはできないんだから、どのみち袋の鼠だ。
まあ、目についた人間は片っ端から殺したいっていうのが正直なところだけど、今は魔力や体力を温存しなきゃならない。
「さてさて、さっさとこんな趣味の悪い教会、ぶっ壊しますか」
何でこんなに高いんだよ、この塔。
スカイツリーの倍はある。これ作ったっていう原初の勇者は相当バカだな。
やがて頂上に達し、塔の先とルヴェルズの部屋らしきところが見えた。
さて、さっさと吹き飛ばしますかね。
ん?ルヴェルズの部屋から、なにやらかなりの数の魔力反応がある。
総数にして二十前後。なんだこれ。
「まーぶっ壊せばわかるか。《極爆裂》」
最上位級の爆破系魔法。周囲に発生する無駄な熱や爆風もすべて収束させ、魔法発生源にのみ恐ろしい威力の爆発を引き起こす。
ルヴェルズの部屋あたりに、挨拶代わりにそれをぶっこんだ。
「これで死んでりゃ楽なんだけどなー、そう上手くは………ん?」
爆発が収まり、視界が開けると、私はちょっと驚いた。
「………あれだけの爆発で、ちょっと溶けただけかよ」
この教会自体に、感知不可能の結界が張られているか。あるいはこの教会の素材自体が恐ろしく強固なものなのか。
いずれにしろ、厄介な代物だ。この大きさすべてがそうなんだとしたら、破壊しつくす前に私の魔力が底をつく。
「仕方ない、魔力消費激しいから使いたくなかったんだけど、絶対切断魔法で………」
「それには及ばん」
どこからかあの男の声がした瞬間、ルヴェルズの部屋の天井が開いた。
ロケットの発射みたいな感じで、ウイイインって。
なんだその無駄な技術。いやそんなこと言ってる場合じゃないわ。
中にはやはりあの男がいた。
魔王軍にとって不俱戴天の敵。
「会うのは二度目だな。リーン・ブラッドロード」
「そーだね、あんたをぶっ殺す日を待ちわびてたよ。ルヴェルズ・ヒューマンロード」
人類最強の男。
こいつさえ殺せば、人類の希望は潰える。
私はこいつを、絶対に殺さなきゃならない。
※※※
ルヴェルズも大事なんだけど、その前に一つ。
部屋の中が見えたおかげで、部屋から感じた多数の魔力反応の正体が分かった。
「な、なんだよアイツ………」
「す、すっげえ美人」
「バカ、あれは敵だ!目を見ろ、赤いだろ!」
「なに、そいつら」
中には、感じた通り二十人くらいの人間がいた。
なんだこいつら。いや、大体予想はついてるんだけど、なんでここにいるのかが腑に落ちない。
「知らぬか?この者たちは、先々代の勇者アヴィス・ノワライトが集めた、将来有望な若者たちだ」
「将来有望ねえ。誰一人平均ステータスが5000を超えてないように見えるんだけど」
これで将来有望が効いてあきれる。
聖十二使徒級の強さを持つのも何人かいるけど,全員今の私にとっては雑魚同然。
一発範囲魔法を叩き込むだけで終わりだ。
「ああ、あくまでいま語ったのは表向きだ。実際は違う。そしてそれは貴様が一番わかっているだろう?リーン・ブラッドロード………かつての名はセンジョウ・ヨナだったか」
「………なんで知ってんだよ」
「余を誰だと思っている。ミザリー様と唯一対話することを許された人間、法皇ルヴェルズだ。その程度のことは聞かされておるわ」
「ああ、なるほどね。で、そこにいるのは余った転生者って解釈でいいわけ?」
「そういうことだ」
まさか私が転生者だってことを知られているとは。
でもまあ、別にばれてても問題ないか。
それより問題は、今の会話でうるさくなった転生者共だ。
「せ、センジョウって………千条さん!?」
「あれが!?」
「どういうことなんですか、ルヴェルズ様!」
「ね、ねえ、あなた本当に………」
うるっさ。
反射的に殺しそうになった。
でも、まだ駄目だ。ルヴェルズがこいつらを連れてきた意味が分からない。
「何故この者たちをここに連れてきたかわからぬ、という顔をしているな」
「ジロジロ人の顔見んなカス」
私の顔をじっくり見ていい人間はこの世でヨミだけだ。
「まあ、正解ではある。なんでこのうるさいの引き連れてきた?」
「なに、単純な話だ。この者たちしか、連れてこられる者がいなかったのだ」
「はあ?」
どういうこと?
「兵士を連れてくるわけにはいかん。今後の魔族共との戦いで必要だからな。神都の民も駄目だ、神都に住んでいる以上、その信仰心はとても尊いものだ。ミザリー様のため、死なせるのは惜しい」
「要するに、実戦経験が少ないから戦場では頼りなく、かつ転生者だから狂信も薄い、そいつらが必要だったってこと?」
「魔族にしては察しがいいな」
ん?待て待て?
今の言い草だと、遠まわしに『こいつらは必要ない』ってことだよね。
ルヴェルズだってバカじゃない、こいつらを私にぶつけたってかすり傷どころか隙すら作れないことくらいわかっているはずだ。
じゃあどうしてこいつらを集めた?
あ。
思い出したわ、フラン様から聞いた、ルヴェルズの持つ五つの神器の一つの特性。
あいつが主に使う神器『双刀イポス』の力。
「察したようだな。こいつらは、こうするのだ」
「なあ、あんた本当に千条さっ………え?」
さっきから私に何やらうるさく話しかけていたウザい男。
そいつを、ルヴェルズはおもむろにイポスで斬り殺した。
「う、うわあああああ!?」
「ルヴェルズ様、何をっ………」
ルヴェルズは私を警戒しながらも、次々と転生者たちを斬り殺していく。
私はそれを、冷めた目で見つめていた。
多分、わざわざ私の目の前で殺しているのは、同じ転生者なら何か心動くことがあるかもしれないっていう淡い期待だろうね。
けど生憎、私は復讐対象だったアヴィスをはじめとする数人の転生者以外、死ぬほどどうでもいい。
その程度で私の心は動かないし、むしろ人間同士で殺し合ってくれるなら願ったりかなったりだ。
やがてこの場において生きているのは私とルヴェルズだけになった。
この瞬間、生き残っている転生者は私だけになったわけだ。まあんなことどうでもいいわけだけど。
「双刀イポス、有する特性は『連撃破壊促進』だっけ?一定時間内に斬った生物の数に比例して破壊力を増す神器。二十人以上斬り殺したとなると、掠っただけでもヤバいか」
「その通りだ。貴様を相手にするとなると、こういった小技も必要になる」
異界からの転生者とはいえ、人間を斬り殺したのにそれを「小技」ねえ。
「認めてやろう。貴様は強い。この余自ら浄化してやらねばならぬほどにはな」
「やれるもんならやってみろ」
私がそう言った瞬間、ルヴェルズの姿が掻き消える。
私は咄嗟に浮遊魔法を切り、落下。
直後、私がいた場所にイポスが振り下ろされていた。
転移魔法………じゃないな、魔力を感じなかった。あれも神器の効果?
「ぶっ殺す」
「やってみろ」
とはいえ、私一人でこの男を殺すのは無理だ。
ヨミが来るまで持ちこたえる。
私は守りを固めるために距離をとる。
さあ、人類の希望との最後の対決だ。
魔族とヨミだけの平和な世界のため、絶対にこいつは殺してやる。
所用のため、次の更新をお休みさせていただきます。
次の更新は8/25です。