元勇者vs宝眼4 決着
「はあああっ!」
ヘレナの魔法をディアスで裂き、触覚操作による気温変化も、動き回って体温を上げることで減衰させる。
目と耳が使えない上での戦闘も段々慣れてきた。鮮明に感じることが出来るようになった周囲の気配や魔力、周辺の状況がかなりわかるようになった。
ヘレナの念話はあれ以来聞こえなくなり、代わりに降ってくる魔法の量が増えた。
けど、どの魔法も直撃しても致命傷にならない程度の威力。やっぱり、ヘレナにはボクに勝とうっていう気概がないように感じる。
何を企んでいるのかは知らないけど、それなら今からでも早めにヘレナを倒して、リーンの加勢に行かないと。
下手したら、もうルヴェルズと戦っているかもしれない。
だとしたら相当まずい。今の月の加護が使えないリーンじゃ、十中八九ルヴェルズには勝てない。
ボクと二人で一気にかかっても勝てるかどうかって相手だ。いつまでもヘレナにてこずっているわけにはいかない。
リーンのために、これ以上時間をかけるわけにはいかない!
「そろそろ決める!」
勿論、答えは聞こえない。耳が聞こえないから。
けど、ヘレナの気配が若干強まったのは感じた。
直後、一気に魔法が飛んでくる。
すかさずディアスで落として、後ろに飛びのく。
まずはアリウスを回収しないと。
気配察知に慣れたことで、周辺の本当の地理が掴めるようになった。
それによって、アリウスの位置も大体わかっている。
ヘレナの真後ろ。多分そこだ。
そこにアリウスがあるから、ヘレナは動けない。
触覚と嗅覚、味覚を未だ握っているという優位性を捨てるほど、彼女は愚かじゃない。
でもかといって、アリウスにヘレナが触れることはできない。今の彼女は、ディアスで斬られた部分である左手に重傷を負っている。それを強引に神器で痛覚を封じて戦っている状態だ。
いくらヘレナが痛みに強くても、あれほど深い傷じゃあ、どうしても庇って戦うことになる。
神器の効果を打ち消すアリウスを持って逃げることなんてできない。
つまりヘレナが今とれる策は、そこから狭い範囲にしか動かずにボクを攻撃することだけ。
ヘレナはボクを追い詰めると同時に、自分自身も追い詰めていた。
ボクは一気に勝負をつけるために、勘を頼りに一気にヘレナへと迫った。
「はあっ!」
斬ったかはわからない。感覚を操られているから、手ごたえを感じない。
けど、なんとなくヘレナがよろめいた感じはした。
けど、もう油断しない。今のよろめきが罠だった可能性もある。二の轍は踏まない!
「《身体強化―神速》!」
今日二度目の《神速》。足に対する負担が大きいから、一日に使える数に限りがあるけど、やむを得ない。
目と耳が使えず、他の感覚を掌握されている今の状況ですら、脚部に感じる力強さに我ながら頼もしさを覚える。
逆側の壁に足を付き、一気に力を解き放つ。
「でやああっ!」
比喩ではなく、本当に刹那の瞬間で逆側の壁まで移動できる速度で、ボクは剣を振った。
斬った。
長年の勘で、確信があった。
そして反対方向に来たってことは、アリウスのところまで来たってことだ。
第六感を頼りに、少し手探りすると、手に何か当たる感覚。
直後、悪臭を感じてた嗅覚、異様な暑さを感じてた触覚、酸っぱかった味覚が一気に元に戻った。
潰した目と耳はもちろん使えないけど、これで感覚支配からは解かれた。
神器殺しの剣『終剣アリウス』が、ボクの手元に再び戻ってきたんだ。
ホッとすると同時に、背後から血の匂いがすることに気づく。
ボクの匂いじゃない。ボクも相当なダメージを追っていはいるけど、そこまで出血はしていない。
さっきの、ボクの感覚は正しかったんだ。ボクは確かに、ヘレナを斬っていた。
さっきよりもヘレナのダメージは大きい。なにせ、ヘレナはボクからアリウスを奪うために、右眼を犠牲にしていた。
ヘレナの右眼。つまりは宝眼。
そう、ヘレナはもう、右眼の力を使うことが出来ない。
ディアスで貫いたから、そう簡単に回復もしない。
だからボクの《神速》も先読みできなかった。
多分これ、血の量からして四肢のどこかを落とした。
おそらく左手。ディアスの治癒阻害特性で、止血するのがせいぜいだ。
なにせ、ディアスで斬ったり貫いて落とした人体は、何をしても再生できなくなる。
宝眼は封じ、腕も奪った。でもボクも、視覚と聴覚が使えない。
お互いにいろいろ失いすぎた。次で多分、勝敗が決まる。
ヘレナに魔力が集まるのが分かる。残った自分の力のほとんどを、付与魔法による自分の強化に充てている。
ならボクも、身体強化魔法で一気に自分を強化する。
お互いに随分とダメージを負った。ヘレナもきっと、立っているのがやっとだ。
正直ボクも、もうかなり限界が近い。
先に仕掛けてきたのはヘレナだった。付与魔法で一気に強化されたヘレナは、その卓越した体術でボクに迫ってきた。
けど、感覚的にわかる。やっぱり左腕がない。
体のバランスが崩れ、左側からの攻撃がおろそかだ。
それでもボクは防御に全力を注ぐ。
理由は二つ。一つは言わずもがな、目と耳が使えないせいで防御が辛いため。
そしてもう一つは、待っているんだ。
左手を失い、体の重心が変わったヘレナが、その変化について行けずにバランスを崩す瞬間を。
そしてついに、その時が訪れた。
ボクが剣で右腕の拳をいなしたことによって、無理に体制を戻そうとしたヘレナのバランスが崩れた。
最後で、そして最高のチャンス。
ボクはディアスを振りかぶり、何かされる前に一気に振り下ろす。
その瞬間。
聞こえなくなったはずの耳に、慈愛に満ちた「お見事」って声が聞こえた気がした。