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元勇者vs宝眼3

 目が回って、変な声が耳にガンガン聞こえてくる。嫌な臭いもするし、いたるところから気配がして全く気が抜けない。

 ヘレナの神器によって五感を掌握されているボクは、完全に相手をとらえきれずにいた。

 周りのものはすべて幻覚だし、さっきの状況から、手放してしまったアリウスの場所の見当もついてる。けど、それが分かっていても、どうしても対応しきれない。

 それに加えて、ヘレナの魔法がさっきからいたるところから飛んでくる。


「うわっ!」


 幻覚の中でも動き回っていないと、ヘレナの魔法に当たってしまうから動くしかない。

 けど動けば動くほど、アリウスは遠ざかり、場所の記憶も曖昧になっていく。


「あら、こんなものなのかしら?魔王軍最強っていうのは!」

「ぐうっ………!」


 腹立たしいけど、さっきのヘレナの罠に引っかかったのはボクのミスだ。

 あれで仕留め切るってことに躍起になって、集中を欠いた。


 どうする。

 幻覚は目を閉じても耳をふさいでも意味がない。眼球や鼓膜に直接能力を使っているからだ。

 いくつか作戦はあるけど、どれも大雑把で、しかも消耗が激しい。


 考えていると、いきなり目の前の場面が切り替わった。

 雪山に。


「寒っ!」

「触覚を操れば、貴方の体感温度を低下させることも可能よ」


 さらにまずい、さすがにこの寒さじゃ、十全に剣を振れない。

 というか、今ボクがディアスを握っているっていう保証すらないんだ。触覚を操れば、ボクに気づかれないようにディアスを奪うことは不可能じゃないはず。

 常に動いていたからその可能性は低いと思うけど、完璧な保証はない。


 また場面が切り替わる。

 今度は溶岩地帯。

 暑くて暑くて汗が噴き出て、目に入りそうになる。

 また場面が切り替わる。


 砂漠に。

 猛獣の巣に。

 ジャングルに。

 巨大な流氷の上に。

 鉄の塊がすごいスピードで通り、見たこともない字が並ぶ都市に。


 そこから、数秒に一回場面が切り替わるようになって、ますます頭が混乱してきた。


「くそっ、どうすれば………!」


 アリウスの場所もいよいよ自信がなくなってきた。

 あれに触れられさえすれば、一瞬で状況は変わる。けど、ボクの視界に入らないように視覚をいじられている以上、刺さった場所と思われるところを勘で触っていくしかない。


 覚操アガレス、恐ろしい神器だ。

 魔剣ディアスと並んで、最強の七つの神器に数えられるだけのことはある。

 触れなきゃ操れないから集団戦には向かないだろうけど、対個人戦においては無敵に近い。


 さっきからヘレナの気配も探ろうとしているけど、辺り一帯にそれを感じて全く居場所の見当がつかない。

 気配っていうのは、もちろん第六感って話もあるけど、人の視線や殺気を皮膚が感じ取ることによって脳に伝達されるって話もある。つまり、触覚を操られている今は期待できない。

 目や耳が使用不能にできるなら、その感覚を第六感に集中させてヘレナを見つけることはできるかもしれない。

 けど、今は何をしても幻覚が現れている状態。期待できな………


『私はあなたの視覚、つまり眼球そのものを支配しているんだもの』


 ヘレナの言葉が頭をよぎった。


 眼球?

 脳じゃなくて?


 生物の感覚は、それぞれの感覚器官から脳に伝達されることによって情報処理が行われる。

 つまり、感覚操作っていうのは普通は脳の一部を操られていると考えるのが自然だ。

 けど、ヘレナは眼球と言った。


 もし、あの神器の能力が感覚を司る脳の部分を操るものじゃなくて、それぞれの感覚器官………眼球、鼓膜、鼻、皮膚、舌を誤認させる能力だとしたら。

 仮にそうなら、やりようはある。


「正直、気が進まないけど………やるしかないか」


 痛いのは、嫌いなんだけどな。

 ディアスは使っちゃだめだ、治癒が面倒になる。指でやらなきゃ。


 熟考一秒、一瞬だけ立ち止まる。


 そして、指で眼球を思いっきり突いた。




 ※※※




「………まあ、そうするわよね。あなたなら」


 ヘレナのあきれたような声が聞こえてくる。

 けど、姿は見えない。


 いや、ヘレナの姿だけじゃない。何も見えない。

 さっきまで見えてた幻覚も、その前に見えていた訓練場の景色も、何も見えなくなった。

 成功だ。


 次いで、両手の指を耳に突っ込んで、鼓膜を突き破り、そのまま耳小骨などの聴覚に必要な器官も全部えぐった。

 激しい痛みと一緒に、音が聞こえなくなる。

 何も見えない。何も聞こえない。けど、さっきよりはずっといい状況だ。


 リーンに聞いたことがある。人間は、五感のうち何かの感覚を失うと、他の感覚がそれを補おうとするらしい。


『例えば、目が見えなくても耳がすごく良くて、相手との距離とかがわかったり。鼻が犬くらいよく効いたりって話もあるよ。あとは人の気配を異常に感じ取れるようになったりね。そういうしぶとい生物なのよ、人間って』


 目と耳を封じられたことによって、他の感覚が鋭敏になる。

 けど、その鋭敏さはすべて誤認させられるから、ヘレナが操れない感覚、第六感に全神経を集中させる。


 わかる。今いる場所が、ヘレナの居場所も何となく。アリウスの場所も。

 ヘレナはほとんど動いていない。若干後ろに下がっただけ。

 つまり、アリウスの前にいる。触れさせない気か。

 合理的な判断だ、あれに一瞬でも触れれば、感覚操作ができなくなるんだから。


 目も耳も使えない。気配だけで、人類準最強であるヘレナを捉え、戦うしかない。

 難易度は控えめに言って高すぎる。元から盲目だったならともかく、こんな付け焼刃な第六感だけで、普通はヘレナを倒すことなんてできない。

 けど、やるしかないんだ。


『まったく、そうするんじゃないかとは思っていたけど、無茶苦茶ね。視覚と聴覚を封じられた状態であの男と戦うつもりなの?』


 頭の中にヘレナの声が響く。念話か。


「問題ないさ、リーンが後で治してくれるだろうし。それより、今気になること言ったね」


 やっと言質とった。

 そうなんじゃないかと思ってはいたけど。


『あら、何のことかしら』

「『あの男と戦うつもりなの』?ついさっき、ボクが勝つ前提で話を進めるなって言ったくせに、アナタが自分が負けることを前提にした話をしているじゃないか」


 ヘレナとの念話が途切れる。

 けど、言葉は止めてやらない。


「アナタ、ボクに勝つ気がないの?どういうこと?教えてほしいんだけど」


 しばらくの沈黙のあと、おなかのあたりに衝撃が走る。

 ヘレナの魔法だ。でも、直前ではじいたからダメージは低い。


『そうね、ここは月並みな台詞を吐いてみることにしましょうか』


 再び念話がつながり、ヘレナの声が聞こえてくる。

 でもそこには、さっきまでのヘレナの挑戦的な声音はなかった。


『その答えを知りたいなら、私を倒してみなさい』

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