元勇者vs宝眼2
「《氷結光線》!」
「《身体強化―――精密動作・氷結耐性・疾走》!」
ヘレナの氷のレーザーを間一髪で避け、次いでもう一発放たれたものも剣で弾き、後ろに受け流す。
「いくら実体のないものを斬る力を持つ魔剣ディアスとはいえ、超音速で飛ぶ私の光線をいなすなんて、どんな剣の腕しているのかしら。羨ましいくらいだわ」
「そのボクの剣を、さっきからいなしまくってる女が何言ってんのさ………」
飛撃、斬撃肥大化、貫突、内部到達、あらゆる身体強化魔法を試してみたけど、ヘレナにはあまり通じなかった。
本来の強さに加えて、神器による感覚強化、この戦いにおける自分の生存の可能性を排除した覚悟。
認めよう、ヘレナは強い。ボクが今まで戦ってきた相手の中では一番だ。無論魔王様と満月のリーンを除いて。
ステータス的にはほぼ互角。ステータスに頼らない純粋な能力なら、ボクの方が上。けど、すべての動きを先読みされている挙句、ヘレナは半世紀以上に渡って戦い続けてきた経験がある。身体強化魔法は珍しい魔法だけど、ボク以外の使い手と戦ったことがないわけじゃないはず。
つまりボクの優位は、剣技が相手より勝っているってところだけ。優勢はヘレナだ。
「《収束暴風》!」
「《跳躍》!」
ボクが一度にセットできる身体強化の数は八つ。
だけど魔力消費が激しいから、基本的には六つまでって決めている。
でも、ヘレナとの戦いじゃそうも言ってられず、フルスロットで仕掛けているのに、それでも仕留め切れない。
「《飛撃》!」
「《反射結界》」
フルーレティア様も得意とする反射の魔法で、飛撃を跳ね返される。
けど、それは予測済みだ。そして《反射結界》はどんな熟練の使い手でも連発ができないって弱点がある。
《跳躍》と《氷結耐性》《疾走》を解除。
「《飛撃乱舞》!」
「っ!?」
身体強化魔法の三つのスロットを使う大技。
無数の飛撃を一気に飛ばす。
本来は対集団用の魔法なんだけど、《精密動作》と《攻撃誘導》の力で全てがヘレナに向かっていく。
「まずいっ………!」
ヘレナもさすがにこれは予測できなかったみたいだ。
ヘレナは、リーンみたいに未来が見えるわけじゃない。空気中や人体を流れる魔力の流れから、次の動作や使われる魔法を予想しているだけ。
けど、それは裏を返せば、「知らない魔法は予測できない」ってこと。
《飛撃乱舞》はボクのオリジナルの魔法だ。さらに編む術式が飛撃と酷似しているから、未来予測を外すのも無理はない。
宝眼と結界を使ってかなり防いでいたけど、さすがのヘレナでもすべて捌くことはできず、ボクの容赦ない斬撃が降り注ぐ。
そして当たった斬撃は《破壊促進》の効果で通常以上の威力で食い込む。
さらに。
「《追撃》発動」
「あうっ………!」
斬った部分のダメージを三割減の威力で再び与える《追撃》。
ただでさえ浅くないダメージを負ったヘレナは、再び血を吹き出した。
「《最上位治………」
「させるか!」
せっかく与えたダメージも、治癒されたら水の泡だ。
ひるんでいる今がチャンス。すべての身体強化を解除して、《飛撃乱舞》の影響で少しの間使えない三つのスロットを除いたすべてのスロットを速度上昇に充てる!
「《疾走・超加速・瞬足・縮地・疾風速》!」
これでも《神速》には及ばないけど、今できる最大速。
地面を蹴り、一瞬でヘレナに迫る。
狙いはその厄介な右眼。可能ならそのまま脳を貫く!
「終わりだ!」
そのままボクは、勢いに乗せてヘレナの右眼を貫いた。
「ぐうううっ!」
「おおおおおお!!」
このままディアスを一気に押し入れれば、ヘレナの脳はくし刺しになる。
ボクの勝ちだ。
「まだ甘いわ」
「っ!!」
ヘレナは笑っていた。
まるで、計画通りとでも言うように。
咄嗟に攻撃をやめ、ディアスを右眼から引き抜く。
けど、間に合わなかった。
ボクはこの一瞬で、ヘレナの意識は、ボクか右眼に刺さっていたディアスに向けられていると思ってしまった。
一番警戒しなければならないものはそこじゃなかったのに。
ヘレナが手を伸ばしたのは、ディアスを引き抜くのに集中しすぎておろそかになっていた、右手のアリウスだった。
「《物質転移》」
その瞬間、アリウスはボクの手から消え、ヘレナの後方の壁に突き刺さっていた。
「しまっ………」
「触ったわよ」
そして、ヘレナの手がボクの手に触れていた。
ヘレナの神器は『触れた生物の五感を操作する』神器、覚操アガレス。
今までは神器殺しの終剣アリウスで防いでたけど、それが今はない。
つまり………!
直後、耳にかつてないほどに耳障りな音が響いた。
「ぎゃんっ!」
「この神器は、こういう使い方もできるのよ」
そして、鳩尾に衝撃が走る。
ヘレナ本体の攻撃を、ノーガードで受けることになった。
「うぐっ!」
そのまま天井近くまで吹き飛ばされる。
「痛たた………まずいな」
なんとかして、アリウスを取り戻さないと。
そう思って、どこにあるのかを確認しようとして目を上げる。
そして戦慄した。
「なっ………なに、これ」
そこは、今までボクがいた場所じゃなかった。
一言で言えば、カオス空間。
無限に続くように見える階段、意味の分からない暗い色ばかりの絵のような景色、家畜が空を飛び、魚が地上を泳いでいる。
大口を開ける巨大な犬に、あちこち飛び回る翼の生えた象。
落ち着け。
全部幻覚だ。ヘレナの力で五感を掌握されているだけ。
見える景色も聞こえる耳障りな音もすべて幻だ。
「そう、これはすべて幻覚よ。見えているものはほぼすべて偽物」
どこからかヘレナの声が聞こえた。
けど、反響するように聞こえて居場所が掴めない。
「あなたの五感を完全に封じると、きっとあなたは第六感で私に迫ってくるわ。だからこういう策を取らせてもらうわよ」
姿も見えない、気配は感じるけど常に移動しているのか場所の特定ができない。
「人間は、脳に外部から与えられる情報のうち八割を視覚情報に頼っている。なら、その視覚に過剰なほどに情報を与えれば、第六感は鈍る。さあ、どうするのかしら?」
こんなもの、目を瞑ってしまえば!
「ああ、目を瞑ってもだめよ。私はあなたの視覚、つまり眼球そのものを支配しているんだもの。瞼を閉じたってその幻覚は見えるわよ」
………本当だ。
最悪だ、どうすればいい。考えろ。
そして考えようとした瞬間に、ボクの体は炎に包まれた。
「熱っ!?こ、これも幻覚!?」
「それは本物よ。聴覚を操って、私の魔法の詠唱だけ聞こえないようにしたわ。いつどこから無音の魔法が飛んでくるかわからない。怖いかしら」
「くそぉ………!」
どうする、どうすればいい。
全体攻撃?………却下だ。なにせ、ボクの最終目標はルヴェルズであってヘレナじゃない。奴と戦うまで魔力は最小限にとどめるべきだ。
有効打にもならないのに、魔力消費が激しい全体攻撃なんて本当に最後の手段だ。
「さあ、こんなものかしら?なら、そのまま倒れなさい!」
そして、ボクの体は再びどこかへと吹き飛ばされた。
8/12追記
所用のため、明日の更新はお休みさせて頂きます。
次の更新は8/15です。