元勇者vs宝眼
「さあ………行くわよ」
ヘレナは一瞬で距離を詰めて、ボクに掌打を放ってきた。
咄嗟に右に避けて、そのまま居合の形で剣を振り抜く。
「《転移》」
「っ!」
短距離の転移でボクの攻撃を回避したヘレナは、そのまま一回転して踵落としをしてくる。
剣が間に合わないと判断したから、落とされる前にバックダッシュでヘレナにぶつかって攻撃を止め、そのままもう一本の神器『終剣アリウス』を抜いて回転斬り。
でもそれを読んでいたヘレナは重力操作の魔法で天井に張り付き、魔法を放ってきた。
「《灼熱光線》!」
「効かないっ!」
ボクに届く前にディアスで弾き、そのまま《飛撃》を数発放つ。
ヘレナはボクが身体強化魔法を使えることを知らない。案の定一瞬驚いて判断が遅れて、二発掠った。
「ぐっ、身体強化魔法とはねっ………!」
「《身体強化―――能力向上・動作予測・破壊促進・追撃》」
そのままボクはヘレナに畳みかける。
上段からのディアスの攻撃をヘレナはまた転移でかわし、そのままボクに魔法を連射してくる。
けど、ディアスの魔法切断特性ですべて撃ち落し、ヘレナに迫った。
「もらった!」
そのままヘレナを袈裟斬りにした。
けど、その瞬間にヘレナの姿は掻き消えた。
「なっ!?幻覚!?」
「《実像分身》よ」
「しまっ………」
いつの間にか背後に回っていたヘレナが、ボクの脇腹に蹴りを放ってきた。
咄嗟に身体強化で硬質化してガードしたけど、完全には防ぎきれず、かなりの痛みと共に壁際まで吹っ飛ばされた。
「あぐっ!」
「さあ、こんなものじゃないでしょう?もっと見せてみなさい。魔王軍最強の力を」
「言われなくても、見せるよ!」
仕方がない。奥の手の一つだけど、使おう。
土煙が上がってる今がチャンスだ。
「《身体強化―――》」
足に力を込めて、一気に魔力を解き放つ!
「《神速》っ!」
「っ!?」
二本の剣で《神速》の一撃。
さすがのヘレナでも避けきれず、血が噴き出た。
「ぐうっ………」
けど、その程度。
防御貫通能力を持つディアスで斬ったのに、ヘレナはまだ立っていた。
「やっぱり厄介だね、その右の眼。魔力の流れでボクが何するのか察して、被害を最小限にとどめたか」
「何をするのかわかっているのに、避けきれないのが情けないところだけどね………!」
さっき斬るとき、ヘレナは最大速で後ろに下がりつつ、手を前で交差させて、《神速》を使ったボクの攻撃を手で多少受け流した。
二本の剣でバツ印みたいな傷を胴体につけたかったんだけど、出血したのは腕だけ。
《神速》は体への負担が大きすぎて一瞬しか使えない挙句、連発できない。だからすぐに追撃することは不可能。
けど、成果はあった。
「《上級治癒》」
案の定、ヘレナは即座にボクから距離を取り、回復魔法を自分にかけた。
けど、アリウスで斬った部分はほぼ完全に治ったけど、ディアスで斬った部分は出血が止まった程度。
「なんで………ああ、そういえば魔剣ディアスには回復阻害の効果があったわね」
「そういうこと」
これで、ヘレナは左手にハンデを負った。
少し脇腹はズキズキするけど、それ以外は無傷のボクと比べれば、こっちが優位になった。
「さすがね。けど、まだ甘いわ」
と、思ったのに。
ヘレナは、傷なんてお構いなしと言わんばかりに、平気で左手で攻撃してきた。
「なっ!?」
いきなりそう来るとは思わなかったボクだけど、、咄嗟にディアスを前に持ってきてガードは間に合った。
けど、お構いなしとばかりにそこから吹き飛ばされて、その後も容赦ない魔法の連打が飛んでくる。
「ちょっ、痛みとか感じないの!?そんな腕で強引な戦い方したら、腕がちぎれるよ!?」
「問題ないわ。そもそも私はこの戦いを最後だと決めているし、いまさらよ。それにね、あなたの言う通りなの、私、痛みを感じないのよ」
「え?」
無痛症ってやつ?
いや、それは考えにくい。痛みっていうのは戦闘において重要な情報の一つだ。完全に遮断されているとむしろ危険になる。
痛みを知らなければ、危機察知能力がおろそかになり、不意打ちなどの危険性も上がる。
ヘレナほどの強さを持つ人間が、痛みを知らないっていうのは考えにくい。
「困惑しているようね。答えはこれよ」
そう言ってヘレナは、ボクに手を見せてきた。
正確には、手に付けている手袋をだ。
「この手袋が私の神器よ。この『覚操アガレス』は、私と私が触れた生物の五感を自在に操作できる。今はこれで触覚、というか痛覚を操って腕の痛みを消しているの」
なるほど。
しかし、サラッと説明してくれたけど恐ろしい神器だ。
五感を操作っていうことは、もう触れられた瞬間にほぼアウト。
感覚を封じられた人なんて、ただの木偶の坊だ。
いや、ボクやグレイさんなら、第六感や気配の察知で何とかなるかもしれないかな。
「さっきからあなたに何度も使っているんだけど、やっぱり効かないわね。対神器用の神器『終剣アリウス』、抜いている間だけ神器を無効化する剣か。反則よね」
「そんなことを言われても。神器相手じゃなければただのよく斬れる剣だよ」
ディアスと違って、アリウスには臨機応変な特性がない。
神器殺しの剣と言っても、裏を返せば神器にしか効果がないってことなんだから。
「一応私のアガレスも、あなたの魔剣ディアスと同じように、別格の性能を誇る七つの神器の一つなのだけれど。効果がないんじゃね」
最強の七つの神器………魔剣ディアス、覚操アガレス、あとは二つしか知らないや。
原初にして最強の神器『始剣バアル』と、炎を操る神器『業炎アモン』。バアルは知らないけど、アモンはルヴェルズが所有している。最大限に警戒すべき神器だ。
「さあ、もっとよ。本気のあなたを見せて頂戴」
「言われなくたって見せるさ」
再び身体強化したボクは、二刀のまま一気にヘレナに迫った。
「はあああっ!!」
未だ、他の四魔神将にすら破られたことがない、ボクの剣技。
二本の愛剣を操って、予測不可能な変則的な軌道で相手を攪乱し、隙ができたところに本命の一撃を加える。
完全初見殺し。魔王様にすら太鼓判を押されたボクの剣なら、ヘレナにも届くはず………
「こんなものかしら」
「っ!?な、なんで………!?」
ボクの攻撃は、一度もヘレナに当たらなかった。
まるでボクの動きを完全に読んでいるかのように、ヘレナはすべての攻撃を手でいなした。
「そ、そんなバカな!?魔力の流れで未来を予測できるとはいえ、こんな正確にいなせるわけが!」
「ええ、そうね。普通だったら今ので多分終わっていたわ」
ヘレナは不敵な笑みを浮かべ、再び神器を見せた。
「この神器は、なにも感覚の機能を低下させるだけじゃないのよ?逆に強化することもできる。例えば………私の右眼の力を強化したりね」
「!………そうか、『宝眼』を強化して魔力の流れをより正確に読み取れるようにしたのか」
「正解。今の私なら、五秒くらい先の未来なら予測できるわよ。勿論、貴方が身体強化してもわかるし、剣の軌道だってミリ単位で把握できる」
厄介すぎる。
覚悟はしていたけど、やっぱり侮れない。
さすがは人類準最強、今まで戦ってきた聖十二使徒や勇者とは格が違う。
「さあ、そんなんじゃ私には勝てないわよ。私の最後の戦いを、味気ないものにするのだけはやめてね!」
そして再び、ヘレナはボクに向かってきた。