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元勇者と追憶

 ボクとリーンは、夜の神都を駆け抜ける。

 辺りに人の気配はない。たまに襲撃を受けるけど、全部返り討ちにしてるだけ。

 どうやら町の人間はどこかに避難しているみたいだ。当然と言えば当然、あんなにわかりやすく進軍したんだから。


「それにしても遠いね、教会本部」

「無理ないよ、世界で最も広い都市の中心部だもん」


 リーンと言葉を交わしながらも、順調に進んでいる。


「敵反応あり。二時の方向。四キロ先。十五人、全員魔法系」

「予想殲滅時間は?」

「一秒」

「了解」


 リーンの探知魔法で先に相手の動きを察知。しかもリーンの場合、天眼アルスの透視と遠視の能力で探知魔法より先に発見できる場合もある。不意打ちは不可能だ。

 ボクの速度で建物の裏側から回り込んで、逆にこっちから襲撃する。


「いいか、もうすぐ奴らが通る。一気に決めるぞ」

「ああ、教会本部に行かせるわけには………」

「よいしょっと」

「行か………え?」


 一斉放火の打ち合わせをしてた十五人を一太刀で斬って、再びリーンの元に戻った。


「ただいま」

「お疲れ。見えてきたよ」


 リーンの言葉で前を見ると、たしかに教会が見える。

 いや、正確に言えば、鮮明に見えるようになった。


 なにせ、神都に入ってからずっと教会自体は見えていた。

 だって、神都の教会本部ってとにかく無駄に高いんだもの。

 全長はわからない。最初に見た時、リーンが「スカイツリーの倍くらいか」って言ってた。意味は分からなかったけど。


 ボクたちは必至で食い止めようとしてくる人間を皆殺しにしつつ、ついに教会本部の目の前まで到着した。


「じゃあ、ここからは別行動だね。ヨミ、気をつけて」

「そっちもね、リーン」


 リーンは頷くと、風の魔法で空に飛んでった。


 リーンとボクが、危険を冒してまで別行動っていう形をとった理由はもちろんある。

 まず、リーンの弱点。リーンの月の加護は確かに強力だけど、あれは月の光を直で浴びていないと効果が激減する。

 つまりリーンは、屋内での戦闘ができない。

 だから、リーンは教会を破壊して、ルヴェルズとの戦闘中でも月の加護が使えるようにしようって算段だ。


 もう一つが、教会内部の人間を皆殺しにしなきゃならないこと。

 リーンが中に入れない以上、これはボクにしかできない。一人も人間を生かすわけにはいかない。

 特に、地下から感じるこの気配。間違いない、彼女だ。

 だからボクは下から順番に、念入りに人間を殺していかなきゃならない。


 まあ万が一逃しても、神都の周りを魔王軍が完璧に囲っている以上逃げ場なんてないし、この本部にいるってことは強いか狂信レベルが高いか、もしくはそのどっちもだから逃げることがそもそもないとは思うけど。


 とにかく、人類にとっての希望が、すべてここに集結している。

 絶対にここは攻略しなければならない。

 ボクは、足を踏み入れた。



 中に入ると、趣味の悪い金ぴかの部屋。目の前には女神ミザリーをかたどった黄金の像がある。

 あの像一つで何人の人がご飯を食べられるんだろうって思うと、なんだかげんなりした。


「放てええ!!」


 するとボクに向かって、無数の魔法が降りかかってきた。

 一発一発が無視できない威力。さすがは神都の騎士、一人一人が魔王軍上級兵士並みの実力があるだけのことはある。

 魔防が高いとはいえ、最終決戦のことを考えたらこの程度のダメージすら負いたくはない。

 というわけで、全部斬る。


「ふっ!」


 必要最小限の動作と力で、魔法を斬り裂く。

 四撃目ですべての魔法が霧散した。


「はあっ!?」

「う、嘘だろ………」


 一瞬呆然とした相手の隙を見逃さず、身体強化魔法の《跳躍》と《縮地》で一瞬で距離を詰めて、まとめて首を切断。

 ついでにその返し刃で()()()()()()、下にいた人間を下敷きにした。


「うおおっ!?」

「ま、待て、元勇者よ!俺を覚えているだろう!?あの時………」

「いちいち覚えてないよ、人間の顔なんか」


 生き残りも全員斬り捨てて、ボクは奥へと向かう。


 黄金の女神像のさらに奥、絨毯の下に、地下への隠し階段はある。

 出た時は覚えてないけど、入った時は覚えてる。家族に売られて、不安になりながらも階段を下りたあの時から、ボクの地獄は始まったんだ。

 この階段を下りた瞬間、柔和な態度だった騎士が豹変し、ボクを痛めつけてきたのを唐突に思い出して吐き気がした。


「えっと、確かこの辺………あ、あった」


 階段を見つけて、ボクはふたを持ち上げ、降りる。

 嫌に長い螺旋階段。当然見張りはいない。こんなところを守っても意味がないからだ。


 進むにつれて、過去の記憶がフラッシュバックする。

 痛めつけられた記憶、栄養しか考慮されていない不味い食事、この世のすべての悪口を吐き出すような罵詈雑言、そのすべてに怯えて体を震わせていた自分。


「………今となっては懐かしさすら感じるね」


 誰かに聞かせるわけでもない独り言を吐き、ボクは進む。

 やがて最下層にたどり着き、一気に過去の記憶がよみがえる。




『痛い!痛いよおっ!なんでこんな………』

『うるせえんだよ!いいからさっさと立て、愚図が!』

『いやだよ、剣なんて握りたくない!戦いたくなんてないのに!』

『今の言葉は、ミザリー様への背信とみなす。おい、懲罰房へ連れていけ』

『ひっ………い、いやだ!ごめんなさい!もう言わないから!ちゃんと頑張るから!やめてっ、やめてよおお!!』




「っ………!!」


 思い出したくもないことを思い出した。

 ああ、さっきボクに話しかけてきた人間は、ボクをさんざん嬲った騎士の一人だっけ。

 ぬかったな、もう少し早く思い出していれば、もっと苦しめてから殺せたのに。


 そのまま先に進むと、広いところに出た。

 魔族領にある闘技場に似てるけど、ところどころ違う。

 観客席はないし、上も空じゃなくて天井が見えている。


「訓練場か。ここで随分と痛めつけられたっけな」


 中心にあるあの血だまりの跡。ボクが一度殺された時のかな?

 一回だけ、騎士が加減を間違ったせいでボクが死んで、ゲイルに蘇生されたんだっけ。

 あの時は死ねなかったことに絶望したけど、あの時ゲイルが蘇生してくれたから、今ボクはこうして生きてるんだよね。そういう面ではあいつに感謝しなきゃ。

 まあフラン様が殺しちゃったけど。







「懐かしいね。ここでボクは何度も痛い目にあって、苦しんで、死にかけて、一度は死んで、絶望した。『人類の希望』が聞いて呆れる。『人類の奴隷』だったんだ、あの頃のボクは。そうは思わない?()()()も」


「………そうね。それは否定できないわ」


 ボクの問いかけに、案の定答えがあった。

 声のした方を向くと、そっちの出入り口から一人の女が現れた。

 黒い髪に黒い目。リーン曰く「和風」なその姿。


 旧聖十二使徒序列第二位『宝眼』のヘレナ。


 人類準最強の女。

 見た目は十代後半か二十代前半。けどこれは女神ミザリーの加護によって不老化しているだけで、実際の年齢は八十を超えていると聞いたことがある。


「やっぱりアナタか。あんな大げさに気配駄々洩れにして、何事かと思ったよ」

「ここにいれば、貴方に会えると思ってね。リーン・ブラッドロードと契約してしまったんだもの。あなたと戦うって」

「律儀だね。魔族との約束なんて守る必要ないってのが人間のスタンスじゃないの?」

「そうかもね。そういう面から見れば、私は人間の中でも変わっている部類なのでしょうね」


 苦笑を浮かべるヘレナを見て、ボクは手を剣に当てた。いつでも抜けるように。


「じゃあ、これから私と貴方は戦うことになるわけだけど………その前に、一ついいかしら」

「なに?手短にね」


 何かしかけてこようものなら即座に斬り殺そうと集中していたボクは、次の瞬間に愕然とした。

 一瞬、本気で呆けてしまった。魔王軍最強と言われたボクらしくない、けどそれだけのことが目の前で起こった。


 ヘレナが、頭を下げた。


「ごめんなさい」

「………どういう、つもり?」


 頭を下げる。ボクから目線を外し、隙だらけになる。

 見方によっては、首を差し出しているようなものだ。なのに、ヘレナはそれをやった。


「許してもらえるなんて思ってないわ。けど、あなたに対する狂った計画を、私が手伝ってしまったのも事実。

 だから、あなたが私に、戦いの中で死ねない、戦いもせずに首を差し出しての死という不名誉で恥の塊のような死を与えたいなら、今ここで私を殺して」


 願ってもない話だ。

 人類準最強を無傷で殺せる。しかも最短で。こんな素晴らしいことはないじゃないか。


「迷うことも、ためらう必要もないわ。それだけのことを私はしたんだから」


 そう、いいことのはずだ。ここでヘレナを殺すのが最善手だ。

 ………けど。


「顔、あげてよ」


 ボクにはなぜか、それができなかった。


「別に許すわけじゃない。ボクが人間に希望を持ったわけでもない。………けど、ボクに本当にちゃんと戦い方を教えてくれたのは、アナタだ」


 そう、彼女がいなかったら、ボクはきっとここまで強くなれなかった。

 だから、これはボクが人間に対して与える、最初で最後の慈悲だ。


「だから、アナタだけは………『人間』っていう一括りじゃなくて、『ヘレナ』っていう一個人として。一人の戦士として、敬意をもって殺してあげるよ」


 ボクのその言葉を聞いて、ヘレナはようやく頭を上げた。

 決意のこもった、いい目だった。


「おかしいわね。なんであなたが勝つ前提で、話が進んでいるのかしら」

「ボクが勝つからに決まってるじゃないか」

「………いいわ、そこまで言うなら」


 ヘレナは、着ていた白い衣を一枚脱ぎ捨てた。


「旧聖十二使徒序列第二位、『宝眼』のヘレナ。アナタに挑戦させてもらうわ」

「魔王軍四魔神将第一席、『戦神将』ヨミ。かかってきなよ」


 その言葉を合図に、ヘレナはボクに襲い掛かってきた。

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