吸血姫と答え
目が覚めると、家のベッドの家で寝そべっていた。
起き上がって、とりあえず水を一杯飲んで心を落ち着かせる。
あの邪神、助言をくれるのはいいんだけど、私のことを面白がってる節があるのはいただけない。
何というかこう、建前だけでも超頼もしい慈愛に満ちた女神様っぽく振舞えないものなのだろうか。
ん?まてよ?あの邪神が面白がってたってことは、もしかしてヨミの告白も本当に私の夢だったのでは?
そうだ、そうに違いない。いくら天然なヨミといえど、場所をわきまえることはできる。はず。
なんだ、結局私の妄想………
「あ、リーン。起きたの?」
「ひゃへ!?」
いきなり綺麗な顔が目の前に飛び込んできて、ベッドから転がり落ち、デスクの角に頭を打った。すげえ痛い。
「だ、大丈夫!?」
「なんとか………」
痛みをこらえて立ち上がると、ヨミが申し訳なさそうな顔をしていることに気づいた。
「えっと、どしたの?」
「………リーン。ごめん」
「え?なにが?」
「その………さっきの、ボクがリーンに告白したことなんだけど」
夢じゃなかったかー。
いやまあ、気づいてたけどね………。
「その、ボク何か間違っちゃったみたいで。だからごめん」
そういえばさっきイスズ様が、ヨミの説教のために幹部会議があったって言ってたな。
「もしかして、怒られた?」
「うん。皆、『段取りってもんがあるだろ』とか『究極の鈍感』とか『ラブコメに喧嘩売ってんのか』とか………」
さすがに皆さんも看過できないレベルだったらしい。
魔王様も驚きのせいか、紅茶思いっきり床にこぼしてたし。
「その、未だに何を間違えたのかはぴんと来てないんだけど」
嘘だろおい。この子、マジであれを狙ってやったんじゃなくて天然でやらかしたのか。
壁ドンとか直球で伝えてくる感じとか、さては本から抜粋したな。
恋愛小説なんて読ませるんじゃなかった。私が鼻血レベルでヨミにメロメロだった時期に、少しでも興味持たせようと読ませたのが間違いだった。
あの頃の私を全力でぶん殴りたい。
「よくわからないけど、とにかく皆は『ムードが足りない』とか『直球で伝えるのはいいけど剛速球を投げるな』とか言ってた。意味は分からないけど」
幹部会議が全く意味成してないじゃん。
全然理解してないよこの子。
「よくわからなかったけど、とりあえずボクがリーンの答えを迫ったのがいけなかったってことは分かった。だから、ごめん」
「え、いや、多分みんなが怒ってくれたのはそこじゃなくて。いやそこも含まれてるんだろうけど、あくまで部分的なところというか………」
「だからね、リーン。返事は今じゃなくていいから」
「そういうことじゃねーだろ」というツッコミをぐっとこらえて、私はヨミの言葉の続きを聞くことにした。
「ボクはリーンが好き。大好き。けど、リーンがボクのことを好きになってくれるかは、まだわからないから。だから、もう少し待つよ。戦争が終わるまで待つ。この戦争が終わって、ボクたちの夢が叶ったら。その時は、答えを聞かせてくれるかな?」
ヨミは真剣な顔で、私にそう語りかけてきた。
思わず反射的に「私も好きでした」って速攻OKしそうになったけど、その気持ちをこらえる。
きっと、ヨミはヨミなりに、考えて答えを出したはず。たぶん彼女の胸中では、「リーンの返事を聞くまでは死ねない」とか、そんなことを思っているはず。
そういう気持ちは、生存フラグの可能性が高い。
フラグとかなんとか言ってる場合じゃないってのはわかってる。けど、私はどうしてもヨミに死んでほしくない。だからこういう願掛けみたいなものでもしておきたい。
「わかった。じゃあ、ヨミに返事を言うまでは死ねないね」
「っ!うん!」
顔を輝かせて何度も首を縦に振るヨミ。犬の耳としっぽが見える。可愛い。
「さてと。死ねない理由もできたことだし、あとは戦争に集中だね。イスズ様から策も授かったことだし、気合い入れていかなきゃ」
「えっ、イスズ様に会ってたの?ちょうどよかった、これから本当の幹部会議があるんだよ。リーンも起きてたら参加してほしいって言われてるんだ。そこで話してよ」
「あ、そうなの?わかった、準備しなきゃ」
※※※
「では、これより幹部会議を始めます」
今までにない真剣な顔のヴィネルさん。
それに加えて、九人の魔王軍幹部に四魔神将全員。最古参の魔王軍幹部、フラン様とフルーレティア様も座っている。
全員が緊張の顔つきだ。それはそうだ、今から始まるのは、最終決戦への備え、最後の幹部会議なんだから。
「諸君。よく集まってくれた」
数時間前までヨミのお説教をしていたとは思えない、威厳にあふれた声だった。
「妾が魔王の座についてから、数百年の時が流れた。妾はイスズ様の命で、人間共を止めておくという任を与えられた。
全てはイスズ様との契約を果たすため。あのお方へのご恩に報いるため。そして、我らがもう脅かされることなく、平和に暮らすためじゃ」
そこで魔王様は机を勢いよく叩いた。気持ちが完全に高ぶっている。
でも、それはここにいる全員だ。
「しかし、寛大なイスズ様も、ついに人間共を見限られた。奴らはこの世界にとっての害悪じゃ。奴らがいる限り、我ら魔族に恒久的な平和は訪れない。
人間共はやりすぎた。偽りの正義に酔い、我らの仲間たちを数え切れないほど辱しめ、殺した。この中にもその被害者が多くいる。
妾もその一人じゃ。目の前で、世界で一番大切だった最愛の伴侶の命を奪われた。
………イスズ様は命じられた。『人間共を駆逐せよ』と」
周囲の空気が、一気に凶暴なものに変化した。
「さあ、皆の者。今こそ人類を蹂躙するときじゃ。人間が蔓延る世界はもういらん。最終決戦に打ち勝つ、つまりメルクリウス聖神国を滅し、最後の一匹まで人間を殺しつくすのじゃ」
皆殺気立っている。当然だ、人間に恨みがない人なんてここにはいない。
「さあ、これより………人族と魔族の存亡をかけた最終決戦の作戦会議を行う」