吸血姫と圧倒
ドラゴン。
前世の世界でも有名なこの魔獣は、『幻獣系』の魔物の中でも最上位に位置する、究極の魔獣と言っても過言ではないほどの強さを秘めた存在。
個体の絶対数が少ない代わりに、その戦闘能力は絶大で、一体一体が四魔神将級か、あるいはそれ以上という化け物。
その昔、イスズ様はドラゴンに理性と人の身を与えて、竜人族を創り出したと言われている。
さて、ここで問題です。
そんなただでさえ恐ろしく強いドラゴンが、アンデッド化によって脳のリミッターを解除され、さらにただでさえ薄い理性を失ったらどうなるでしょう?
その結果がこちら。
「—————!!」
「ドラゴンゾンビいい!?」
そう、ドラゴンゾンビ。
RPGの世界じゃ、下手したら普通のドラゴンよりはるかに強い、最強クラスのモンスター。
そんなおっそろしい存在が、私たちの目の前に現れた。
「ど、どうするんですかこれ!?」
「さすがにこれは、斬りにくいかも………」
「た、た、退却というのはどうだろうか」
「そ、そうすると、多分この先の街に被害が………」
ここで止めるしかないと。
でも、今の私は月の加護が働いてないし、ゼッドさんとディーシェ様は、ここからの戦いについて行けないと思う。
ヨミも、さっきの《神速》とやらの疲労が若干あるみたいで、少し息切れしている。
全員万全じゃない状態で、これ相手にしろと?四魔神将二人とはいえ、割と厳しいんじゃないの?
「—————!!」
「っ、きますよ!」
ドラゴンゾンビの腕が、勢い良く以上に振り下ろされた。
私はゼッドさん、ヨミはディーシェ様を庇いつつ退避する。
「ゼッドさん、ディーシェ様、ここは私とヨミが食い止めます!すぐに戻って、誰か応援を………四魔神将か、レインさんを呼んできてください!」
「心得た!」
急いで二人を逃がし、ドラゴンゾンビのしっぽによる追撃をジャンプして逃れる。
けどそれは悪手だった。
ドラゴンゾンビはその羽根をぶん回して、私を紙みたいにはらった。
風の魔法で咄嗟にガードしたけど、衝撃は受けきれずに、私はそのまま一気に街の方面まで吹っ飛んだ。
「リーン!大丈夫!?」
「なん、とか!」
ダメージは大したことないけど、まずい。想像以上に街が近い。
このままだと、ここの人たちを巻き込んでしまう可能性がある。
「ヨミ!とにかくドラゴンゾンビのヘイトを私たちに向けるよ!絶対に街には侵入させないようにして!」
「わかってる!」
ヨミは、答えた直後にドラゴンゾンビに斬りかかった。
ドラゴンゾンビはその巨体に会わない俊敏さでその剣を避ける。
けど、《飛撃》が追加されていたヨミの攻撃は、そのまま相手に届いた。
「これでどうっ………え?」
ヨミが素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。
ヨミの斬撃を受けたドラゴンゾンビは………全くの無傷。
どういうことかと戸惑って、ヨミの反応が遅れた。
ドラゴンゾンビのやけに長い尻尾がヨミを捉え、ヨミは吹き飛んだ。
「ヨミ!?」
「うっ………」
まずい。今、もろに食らってた。骨が折れてるかも。
回復魔法をかけてあげるべきなんだけど、こっちにその余裕がない。
「—————!!!」
「うぐっ!」
だめだ、動きが速すぎる。避けるので精いっぱいだ。
けど、どうにも腑に落ちない。いくらドラゴン級とはいえ、仮にも魔王軍最強であるヨミの攻撃を受けて無傷?
どういうからくりなのかと天眼アルスで観察し、そして気づいてしまった。
ドラゴンゾンビの魔法ステータスの欄に並ぶ、身体強化魔法の文字に。
忘れていた。
そういえば、ドラゴンは………その個体すべてが、身体強化魔法の才能を持つっていう、チート魔獣なんだった!
「ヨミ、聞こえてる!?この魔獣は、身体強化魔法を使ってる!私がひきつけてるうちに、ヨミも身体強化して!!」
これほどの強さの魔獣だと、身体強化魔法を《魔法解除》で解体するのは難しい。
なら、こっちも強化して挑もうじゃないか。ヨミっていう絶対的な強さを持つ子を!
「—————!!」
「うおっ、と、危な!?」
ドラゴンゾンビの羽ばたきと地鳴りによって、私の足がもつれた。
そして、その隙を見逃してくれるほど、優しい敵じゃない。
即座にドラゴンゾンビは、その恐竜の歯みたいな爪を、こっちに振り下ろしてきた。
や、ヤバイ!急いで転移魔法をっ………
「ボクのリーンに、何してんだああああ!!」
ドラゴンゾンビの、完全な死角。
どう潜りこんだのか、そこからヨミが現れ、そのまま剣で腕を斬りつけた。
すると、さっきまで傷つけられなかった腕が、切断にこそ至らなかったものの、かなり深く傷ついた。
「—————!?」
「この、トカゲやろおお!!」
そのまま、ヨミはドラゴンゾンビを追撃する。
ドラゴンゾンビも応戦してるけど、ヨミはひるんでない。
んん?
なんだろう、ヨミがなんというか、らしくない。
普段のヨミならここはちょっと下がって、ヒット&アウェイの型を取るはず。
間違っても、こんな深追いに近い戦法は取らない。
「—————!!」
「うぐっ!」
「ヨミ!」
すると案の定、誘い込まれたヨミが手痛い反撃を食らって、こっちに吹っ飛んできた。
「ヨミ、どうしたの?落ち着いて!」
「あいつっ………リーンを傷つけようとした………!」
え?そんなこと?
わたしが手傷負って帰ってきたことなんて、今に始まったことじゃないけど。
怒ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり様子がおかしい。
「ヨミ、私は大丈夫だから。深呼吸して。二人でやれば、勝てない相手じゃないから」
「けど………いや、そうだね、うん。ごめん、なんか我を失ってた」
よかった、元のヨミに戻ったっぽい。
「さ、やるよ!こいつをここで仕留めておかなくちゃ!」
「うん、もちろん!」
さあ、第二ラウンド開始だ、死体トカゲ!
まずはどこから切り崩すか………。
『あー、ヨミ、リーン。聞こえるかの?』
………。
『魔王様。なんですか?今取り込み中なんですけど』
『かつてない強敵と、意図せずして敵対中です』
なんでこう、この人は空気の読めないタイミングで念話してくるのだろうか。
『ああ、その話はたった今ディーシェとゼッドから聞いた。そこですまぬが、あと二百メートルほど、西南へその木偶の某を動かしてくれるかの?』
ん?
何か対策でもあるんだろうか。
『わ、わかりました』
『了解です』
言われた通りに、ドラゴンゾンビを誘導する。
頭が足りないためか、すぐにこっちを追いかけてきたから、誘導自体はやりやすかった。
『言われた通りに動かしました。ここからどうすれば?』
『二秒待機じゃ』
『え?』
よくわからないことを言い残されて、念話は切れてしまった。
「どういうこと?」
「いや、私も………」
ここまで言って、私とヨミ、ドラゴンゾンビを遮るように、何かが降ってきた。
すごい速度で突っ込んできたそれは、爆発音を上げて着地した。
土煙りが晴れ、中を見ると、そこには………
「「魔王様!?」」
「うむ。もう面倒じゃから、妾が来たぞ」
言うだけ言って、魔王様はドラゴンゾンビの方を向いてしまった。
「うむ、ギリギリ五キロ圏内じゃ。よくやった」
「え、あ、ど、どうも………」
「おほめにあずかり………」
まだ何が何やら混乱していて、とりあえず褒められたので喜ぶ私とヨミ。
「—————!!?」
すると、ドラゴンゾンビは慌てたように尻尾を振り上げた。
多分、僅かに残った生前の感覚で感じたんだと思う。相手が、死力を賭してでも排除しなきゃならない、強敵だということを。
「—————!!」
「魔王様っ………」
危ない、と言おうとした瞬間、魔王様はこちらを振り向き、笑った。
「ヨミ」
「え?は、はい」
「主に見せてやろう。『真の身体強化魔法』というやつをな」
そう言い、魔王様は振り下ろされる尻尾を見つめながら、
「《身体強化―――神撃・神速・神鋼》」
と唱えた。
刹那、ドラゴンゾンビの尻尾が魔王様に振り下ろされた。
「魔王様あっ!?」
「このトカゲっ………」
慌てて救出しようとして、私たちは固まった。
たしかに尻尾で潰されたはずの魔王様は………傷一つ負っていなかった。
それどころか、攻撃したドラゴンゾンビの尻尾がひしゃげる始末。
「—————!!??」
「ふむ。ひさびさにやったが、やはり《神鋼》は素晴らしいのう」
魔王様は体についた埃を払うような仕草をしただけで、本当に無傷だった。
「さて。いつまでも主に付き合ってやれるほど、こっちも暇じゃないのじゃ。悪いが、一撃で決めさせてもらうぞ」
そう言った瞬間、魔王様の姿が消えた。
いや、比喩じゃない。本当に、一瞬だけ消えた。
それが何を意味するか。
魔王様は、天眼アルスの動体視力を用いてすら、視認できないほどの速度で動いたってことだ。
そして、再び魔王様の姿が見えたのは、一秒後。
そして、そのコンマ一秒後には、ドラゴンゾンビは文字通りの『神速』で叩き込まれたのであろう無数の攻撃によって、木っ端みじんに吹き飛んでいた。




