吸血姫と魔獣アンデッド
「ねえ、リーン」
「お、やっと話しかけてくれたね。なに?」
「うん、今までちょっと混乱しててさ。ごめんね。あとさ、その、それどころじゃない気がして」
「まあそうね。なにせ―――」
「――――――!!!」
「………相手がこれだもんね」
※※※
私たちに何があったのか。それは、今から一時間ほど前までさかのぼる。
私たちは魔王の間で、ディーシェ様の依頼を聞いていた。
「魔獣がアンデッド化?どういうことじゃ」
「読んで字のごとく、魔獣がアンデッド化しちゃったんですよ。それで、その中で生まれた上位種が、軍勢率いて暴れだしそうなんです。そこで、噂に名高い四魔神将の誰かを貸してもらえないかなーって思いまして」
ちょっと意味が分からなかった。
魔獣がアンデッドかってどういうことよ。
ディーシェ様曰く。
アンデッド化した魔獣というのは、想像以上に厄介な代物らしい。
最弱級、犬とか猫の魔獣ですら、アンデッド化によって身体的リミッターが解除され、ステータスが跳ね上がり、平均ステータス1000を超えているとか。
さらにその親玉っていうのが、アンデッドの上位種に進化したせいで、下位に対する絶対命令権を持ってしまったらしい。
「まあ、魔獣がアンデッド化したのってわたしのせいみたいなところあるんですけどね」
「は?なんじゃと?」
「いや、私って全盛期と比べて弱体化してるじゃないですか。けど、アンデッド族の始祖ってことで、その影響力とか特性とかは、ゼッドに引き継いだ後も簡単には失われなかったらしくて。それで、ちょこちょこ出てたわたしの瘴気?みたいなものが、長年かけて周囲を汚染して………」
結果、魔獣のアンデッド化なんて頭が痛い問題が生まれたと。
何てことしてくれてんだこの人。
「というわけで助けてください。四魔神将出動要請です」
「………待て、四魔神将級を望むということは、そのアンデッドの親玉とやら、そんなに強いのか?」
「軽く見積もって………レティを上回ってますね」
バケモンじゃん。
というわけで、討伐隊が結成された。
メンツは、私とヨミ、それにアンデッドにはアンデッドということでゼッドさん。そこにディーシェ様が同行する形になった。
もうちょい集めたかったんだけど、魔王軍は今は人手不足。四魔神将が二人も動けただけ、行幸と思ってほしい。
「えっと、ヨミ?」
「………!な、なに?」
「あの、さ。最近、私のこと………」
「あー!綺麗な花咲いてる!ディーシェ様、これなんですかね!?」
「え?あー、それはですね………」
まあ、チームワークには一抹の不安が残るんだけど。
私、本当に何かしたっけか?
心当たりはいくつかあるけど、無視に近いことを何度もやられると、しかも相手がヨミだと、心にダイレクトなダメージが通るんだけど。
「ヨミ嬢、どうしたのかね?あれほど仲の良かったリーン嬢をないがしろにするとは。見たまえ、リーン嬢がこれまでにないほど落ち込んでいるぞ」
「なんというか、背中から哀愁が漂ってるね。妻に逃げられた中年みたい」
誰が中年じゃ。
数百歳単位で年取ってるあんたらに言われたくないわ。
「うう………わかってはいるんですけど」
顔を赤らめてそっぽをむいちゃうヨミ。可愛いけどメンタルが削れる。
「そ、そ、それで、ディーシェ様。その魔獣アンデッドというのは、一体どれくらいの数で?」
「この先のちょっと開けたところに陣取ってるよ。数は三百くらいかな?」
三百か。大したことないわ。
と、思ってた私は、この後その軽率な判断を即座に後悔した。
「――――!!」
「おりゃあああ!!」
「いい加減っ、倒れろおおお!!」
私は今、意思疎通が困難な状態とはいえ、長年連れ添った経験で息ピッタリのヨミと、死ぬほど面倒な敵と戦っていた。
戦っている魔獣の型となっている獣は、なんとペガサス。
魔獣の中でも極めて稀有な、『幻獣系』に位置する魔獣。その平均ステータスはなんと4万。
空を飛び、彗星のごとき速度でこちらに突進し、時には羽を硬化させてきりもみ回転で私たちを攻撃してくる。
純潔なものを好むことで知られるペガサスがアンデッド化とは、皮肉なもんだ。
ペガサスがまた、ヨミの方向に突進していく。しかも真上から。
咄嗟に避けたヨミだけど、広げていた羽に死角から打たれ、辛うじて防御は間に合ったものの、横薙ぎに吹っ飛んだ。
「ヨミ!」
「………大丈夫!」
ヤバい。想像以上に強い。ゼッドさんはあっちで、リッチの力を応用して魔獣アンデッドの支配権を奪おうと四苦八苦してるから多分安全だけど、この親玉と思しきペガサスアンデッドを先につぶさなきゃ、それも難しいかもしれない。
「こんっ、のおおお!!」
私の渾身の拳がペガサスを打ち、辺り一帯に衝撃が広がった。
けど、ペガサスは咄嗟に逆側に飛んで、ダメージを抑えやがった。
くっ、どうすればいい!?
私が悩んでいると、そういえば、ヨミが復帰していないことに気が付いた。
「ふううう………」
変な呼吸音に気がついて後ろを見ると、ヨミが居合のような構えで、目を瞑り、集中している。
それを見た瞬間、私は自分がやるべきことを一瞬で察知した。
「―――――!!」
「こっちに、誘導しときゃいいのね!?」
突進してくるペガサスを私は避けつつ、ヨミが最も斬りやすいであろう場所に誘導する。
まるで闘牛のように、私自身が赤マントのようにペガサスをおびき寄せる。
そして、所定の位置に来た瞬間、私は飛び上がって、ヨミの剣の軌道から外れた。
「今!」
「《身体強化》」
「―――――!?」
「………《神速》!」
その時放たれた、ヨミの攻撃は。
『天眼アルス』を持つ私すら、目で追うのが限界だった。
「ふう………」
尻もちをついてしまったヨミ。どうやらさっきの《神速》っていうのは、想像以上に集中力や魔力を消耗するらしい。
反射的に駆け寄ろうとして、そして迷った。
ここで駆け寄るのは、果たして正しいんだろうか。
例えば、手を差し伸べたとして、それを振り払われたりしたら、正直生きていける気がしない。
はて。この場ではどうするのが正解か?
私はどうしようかと視線をさまよわせ、動かなくなったペガサスが目に入った。
あの一瞬のうちで、十二回斬られてなお、アンデッドの特性としてもぞもぞと動く、生前よりも厄介になった亡骸。
でも、この親玉を倒したんだから、魔獣のアンデッドの支配権は、ゼッドさんに移すことができるようになるかもしれない。
そうなったら、大変な戦力増強だ。これほど強い魔獣アンデッドなら、相当頼もしい戦力になる。
………って、そうじゃない。今後のことを考えるのも大事だけど、今はヨミの方を考えなければ。
さて、どうしたもんか………
「リーン嬢!ヨミ嬢!!」
私が思考を全力で回すモードに入ろうとすると、突然待ったがかかった。
言うまでもなくゼッドさんだ。横にはディーシェ様もいる。
「あ、ゼッドさん、ディーシェ様。ペガサスは倒しましたよ」
「いや、それはありがたいんだが………大変なのだ!」
ん?何か問題が起こった雰囲気。
「魔獣アンデッドを調べていたんですが………調査の結果、アンデッドたちに指示を出していたのは、そのペガサスではありませんでした」
「は?」
え?つまりそれはどういう?
「魔獣アンデッドの王は、そのペガサスアンデッドではない」
嘘だろおい。
つまり、このペガサスアンデッドすら従えていた魔獣アンデッドがいたと?
何とかしなくてはと考えた瞬間、妙な音が聞こえてきた。
―――ズルッ。ズルッ。
何だこの音。なんというか。
べちゃべちゃした何かを引きずる音みたいな。
それに合わせて、地鳴りのような音まで聞こえてきた。
―――ズルッ。ズルッ。
そして、その音はだんだんこっちに近づいてきて。
―――ズルッ。ズッ………
そして止まった。
私たちの後ろで。
恐る恐る振り向くと。
そこには化け物がいた。
十メートルを超える体躯に、紫色のウロコ。
ところどころが溶け、腐臭がする。
歯はいくつか抜け落ちているけど、残っているものは下手な剣よりも鋭い。
目は片方腐り落ちてるけど、もう片方がギンギラギンに輝いてる。
こいつの名前、私知ってる。
RPGゲームだと、終盤に出てくる雑魚モンスター。
けど、雑魚モンスターといっても、ラストダンジョン周辺で生き残るくらいには強いわけで。いや死んでるんだけども。
私の知ってる限りでは骨だけの姿のことが多いんだけど、こいつには腐っているとはいえ、肉がある。
けど、こいつが『そう』なんだって確信があった。
「―――――!!!」
「………ドラゴンゾンビじゃん!!」