吸血姫と怪しい少女
最近、ヨミの様子がおかしい。
私のことをやたらとさけている気がするし、話しかけようとすると予期したように逃げていく。
私、なにかしちゃったかね?何が原因?
ヨミのプリンをこっそり食べたこと?ハンカチが生乾きだったこと?あ、お風呂入った後に換気扇回さなかったこと?
いや、なんか違う気がするな。
とりあえず、私が何かしちゃったのは確かみたいだし、帰ったら謝るか。
今、私は、魔王城の中を歩いている。数日前からヴィネルさんの手伝いのために通ってたんだけど、今日は魔王様に呼ばれて来た。
何故か、引かれた給料の件を少し軽減してくださるらしい。私何かしたっけ?
ヴィネルさんの手伝いが早かったからとか?
うーん、わからん。
まあこっちに関しては、考えても仕方がないでしょ。
それより問題はヨミだ。こっちは火急の問題と言わざるを得ない。
とりあえず、私がやらかした、ヨミに怒られそうなことを全部挙げて………。
「あのー、すみません」
「でも私、ヨミに怒られるようなことあまりした覚えはないし。あ、あれかな。ヨミのジュース飲んじゃったやつ」
「えっと、あのー」
「でもあれは賞味期限切れてたから飲んだだけだし………」
「あの!」
「うわっ!?え、あ、え?」
大声がしてそっちを振り向くと、そこには私と同い年くらいに見える女の子がいた。
栗色の髪を二つに結んでいる、可愛い女の子。一瞬人間に見えたけど、感じる魔力ですぐに違うとわかる。
彼女はアンデッドだ。ゼッドさんと同じ、死を超越した種族。
けど、多分最下級クラス。感じる魔力が異常に弱い。人格保っているのが不思議なくらいだ。
「す、すみません、考え事をしてて。どうかしました?」
「こっちこそ大声上げてすみません。魔王様はどちらにいらっしゃるか分かりますか?」
私は、若干違和感を覚えた。
いくらなんでも、動きや言葉が流暢すぎる。最下級アンデッドっていうのは、そもそも自我を持っていないのも多い。仮に保っていたとしても、かなり希薄なのがほとんどだ。
なのにこの子は、普通の生物とほぼ変わらず、魔力の質でしかアンデッドと分からないほど。
「居場所は知ってますけど。何か魔王様に御用ですか?」
「いえ、ちょっと街に出る用事があったので、ご挨拶をしに来ただけです」
ご挨拶う?
最下級アンデッドが、魔王様に?
魔王城ってのは、上級以上の兵士じゃないと、むやみやたらに出入りすることはできない。
それ以下はちゃんとした審査をして、ようやく入れる。それにしたって下層の一部だけで、上層階には限られた人しか入れないように結界が張ってある。魔王様に謁見なんて、私やヨミみたいな例外を除いてありえない。
でも、ここは上層。てことは、少なくとも結界をすり抜ける権限は与えられているということ。
ということは、何らかの特殊能力を持っている上級兵士とか?
「あの、なにか?」
「え?あーいや。なんでもないです。魔王様のところですよね?案内します」
まあいい。怪しいけど、私がついて行けばいい。
もし仮に、神器を使った人間の変装とかだとしても、私なら対処可能。
ちょっとでも変な動きを見せたら、とっつかまえればいいだけだ。
さて、どうしようかね。
こんな怪しい人を、魔王様の元に連れて行くわけにはいかない。
けど、どこかに案内する必要はある。魔王様がいそうだけどいない、『あれ、ここにいると思ったんだけどなあ』というすっとぼけが効く場所がいい。
「ふふふ、魔王様に会うのは久しぶりだなあ、元気かなあ」
そう言いながら晴れやかな顔をしている少女。
正直、この顔を見ていると、スパイだとかそういう線は薄いんじゃないかと思えてくるけど、用心に越したことはない。
そうだ、会議室だ。あそこなら魔王様がいても違和感ないし、でも今いる可能性はないはず。
そうと決まれば誘導だ。
しばらく歩いて、会議室の前まで来た。
「ここにいるかもしれません」
「案内してくれてありがとうございます。えーっと………」
「あ、リーンです」
私が名乗ると、彼女は目を丸くした。
「リーン?もしかして、リーン・ブラッドロードちゃん?魔王様のお孫さんの!」
「え?はい、そうですけど」
「わあ!言われてみれば、面影ある!」
魔王様と私の血縁関係まで知ってる?
それ、幹部級にしか知らされてない話なんだけど、本当に何者?
でもとりあえず、敵のスパイって線は薄そう。
「ま、まあ、詳しい話は中で」
「ええ、もちろん」
この人、もしかして本当に魔王様の知り合い?だとしたら、ちゃんと案内した方がよかった?
でも今更引き返せないので、私は会議室の戸を開けた。
中には先客がいた。
レインさんとグレイさん。それに、フルーレティア様が集まっていた。
「珍しい組み合わせですね?どうかなさったんですか?」
「なんだ、リーンか。まあちょっと昔話に花を咲かせていただけよ。あんたこそどうかしたの?」
「何か忘れ物かしら?」
「いえ、魔王様に会いたいって人がいるので、とりあえずここにご案内した次第で」
これだけで、察しの良い三人は、ここに来た理由を悟ってくれたらしい。
「へえ、そうなの。でもここには今はいないわよ」
「………しばし………ここで………待たせておいては………どうだ………」
「そーね。それがいいわ」
どうやら、『監視は任せろ』ということのようだ。
私は、後ろにいたアンデッド少女を、中に入れた。
「ほら、どうぞ。魔王様呼んでくるので、しばらくここで待っててください」
「何から何までありがとう。………って、あれ?」
「あら?」
「………おお」
「あんたか」
私も中に入ると、四人は似たようなキョトンとした顔をしていた。
しかしそれも束の間、アンデッド少女がパアッと顔を輝かせた。
「わあ、レティ!それに、グレイ君とレインさんも、久しぶり!元気だった?」
レティ?グレイ君?
え、やっぱりこの人、かなり位の高い人なの?
「ディーシェじゃないの。何十年ぶりかしら、本当に久しぶりね」
「………ディーシェ様………何故………ここに………?」
「全然顔見せないから、魔王様も心配してたわよ」
うん、全員知り合いらしい。
やばいな、そんな人を疑ってたとか、知らなかったとはいえ………。
ん?ディーシェ?
なんだかすごく聞き覚えのある名前。
記憶を探って、そして思い出した。
そして、なぜ気づかなかったと、自分を攻めた。
弱い魔力。栗色の髪。しっかりした自我。
判断材料はいくらでもあったのに、なんで思い出さなかったのか。
「フ、フルーレティア様。もしかして、その人。いえ、その方、は………」
「あら、あなた名乗らずにリーンちゃんに案内させたの?これでも、現魔王軍のエースよ?」
「あはは、ついうっかり。リーンちゃん、名乗りが遅れてごめんね?私の名前はディーシェ。これでも一応、元魔王軍幹部なんだけど、話に聞いてないかな?」
「ディ、ディーシェって………『超克将』ディーシェ様!?最古参の幹部のお!?」
怪しい少女………否、最古の魔王軍幹部が一柱、『超克将』ディーシェ様。
アンデッド族の始祖にして、フラン様、フルーレティア様、ヴィネルさんと並ぶ、魔王様と共に魔王軍を創った伝説級の英雄が、私が怪しんでいた謎のアンデッド少女の正体だった。