元勇者と困惑
「しかし、顔だけで好いてるわけではないでしょう?なにか他にあるのではないですか?」
「そりゃもちろん。まあ、挙げ続けると朝までかかるんで、できるだけ割愛して言いますけど」
盗み聞きなんてするべきじゃないんだけど、やっぱりどうしても気になる。
そういえば長いこと一緒にいるけど、リーンがボクをどう思ってるかなんて聞いたことなかった。
「どこなんですか?」
「ヨミは………私に初めてできた、『一生一緒にいたい』って思える子です。優しくて、可愛くて、たまにかっこよくて、私と同じ思いを持っている。自慢の親友です」
ちょっと顔が熱くなった。
「でも一番は、やっぱり常に努力してるところです。世界一の才能があるのに、それに驕らずに、毎日剣を振って、魔王軍のために精進を忘れない。そりゃ強いですよ、誰も勝てません」
「なるほど、努力する姿に惹かれる。その気持ちはわかりますよ」
「え、ヴィネルさんに共感されるとなんか複雑なんですけど………」
「泣きますよ?」
まさか、リーンがボクのことをそんな風に思ってくれているなんて思わなかった。
なんだか、顔が火を噴きそうだ。きっと顔が真っ赤になっていると思う。
「でも、努力って報われるとは限らないじゃないですか。どんなに頑張ったって、ほんのわずかなイレギュラーで、それは水泡に帰してしまうかもしれない。
ヨミがいくら天才で、努力も惜しまないからって、確実にヨミと私の夢、人類殲滅が叶うかと聞かれたら、首を横に振らざるを得ないんですよ」
「でしょうねえ。私だって『知恵神』、世界最高の頭脳を持つと認められている立場ですが、過去に何度も読み違えをして、無意味に仲間を失ってしまったことはあります。
どんな天才だって努力家だって、失敗は絶対にします。それが致命的なものであれば、取り返しがつかなくなるのも現実です」
「はい。だけど私は、ヨミに失敗してほしくないんですよ。私自身の失敗よりも、あの子が失敗して、自分を責めることの方が怖いんです。だから、私はヨミが間違えないように、出来る限り、ヨミの力になってあげたいんです。
ヘレナの件にしたって、あそこで私があの女を殺してたら、ヨミは意味の分からないもやもやに困惑するかもしれない。それが致命的なミスに繋がったらって思ったら、ああせずにはいられなかったんです」
ボクは、何故リーンがボクにヘレナを逃がした理由を教えてくれなかったのか、ようやくわかった。
本当に、全部ボクのためだったんだ。ボクのために、魔王様に怒られて、それでも黙ってくれた。
「しかし、それで魔王様にこっぴどく怒られたのでしょう?後悔とかないんですか?」
「ないですね。私は、ヨミが大好きですから。自慢の親友ですから。親友のためなら、これくらい安いものです。それに、頑張ってるヨミを見るのは、私のご褒美でもありますしね」
なんだろう。顔が熱いんだけど、それだけじゃない。
心臓もうるさくて、脈拍もいつもより早い。それに伴って体も震えて、立ってるのが精いっぱいだ。
おかしい。熱でもあるのかな。
ボクが?レベル180のボクが熱?ありえない。
じゃあ一体、なにがボクの体温を上げているんだ?
わからない。
※※※
「さて、私は終業時間なので帰りますね。お疲れ様でした」
「残業する気ゼロですね。でも手伝ってくれたのはありがとうございます。明日もお願いしますね」
「ハイワカリマシタ」
「心がこもってませんねえ」
リーンちゃんが帰って、部屋には私一人になりました。
山のような書類はいまだに捌けませんが、まあ朝よりはマシになりましたね。
「さて………魔王様。いるんですよねえ?わかっていますよ」
「………ちっ、ばれとったか。さすがじゃな」
まあ、つまりそういうことです。
リーンちゃんが例の件についてかたくなに魔王様に話そうとしないので、私なら聞き出してくれるんじゃないかとでも考えたのでしょう。
あえてそれに乗って差し上げましたが、そういう思考に持っていきやすいように昨日のうちから誘導していたのは私です。
「案の定、ヨミちゃんのためでしたよ。まああの子が自分以上に優先順位を高く設定してるのは、ヨミちゃんと魔王様くらいですからねえ」
「まあ、予想していたことではある。あやつのヨミ贔屓に今更何も言わんわ。それに、ヨミのパフォーマンスが落ちるのも魔王軍の損害というのも事実じゃ。給料の件は少し緩くしてやるか」
「それがいいかと」
まあ、ぶっちゃけ魔王様はついでです。
本当の目的は、これではありません。
「それより、妾のほかにもう一人、盗み聞きしとるやつがおったぞ。あやつはいいのか?」
「ええ。すべて計画のうちです。給料差し引きの分、リーンちゃんにはご褒美を上げるべきですからねえ」
「やはりか。しかし、そもそもヨミがここに来たのは、荒ぶる馬鹿を鎮めるためじゃぞ。何故ヨミが今日ここに来ると思ったんじゃ」
「その酒乱馬鹿のあらぶった原因、そもそも私がガレオンに渡したものって言えばわかってくださいますか?」
「ああ、なるほど。すべて主の計画のうちか」
ここから先は、本当に危険な戦い。四魔神将といえど、命の保証はできません。
ですから、最大限、憂いは消しておいてほしい。年長者のおせっかいです。
「お前は性癖は腐り果てているのに、たまにいいことをするから憎めないんじゃよな」
「性癖腐ってるはやめてください」
※※※
やばいやばい。久しぶりにシェリーさんに会って、話し込んでたら遅くなっちゃった。
ヨミ、心配してるかな。
「ただいまー。ごめん、待ってた?」
………あれ?おかしいな。返事がない。
「ヨミ?いないの?」
「………あ、お、お、おかえり………リーン………」
あ、いた。
いたけど、様子がおかしい。
「どうしたの?顔真っ赤だよ?」
「え、あ、いや………大丈夫。大丈夫だから」
「いや大丈夫じゃないでしょ。心音も大きいし。風邪でもひいた?ほら、おでこ出して」
「ふあっ!?ちょ、ちょっとっ」
おでこをくっつけてみたけど、やっぱり熱かった。
「ほら、風邪だよ。そのレベルで風邪ひくなんてなにしたの?もう、ちゃんと寝なきゃだめだよ」
「え、あ、うん。わかった、寝とく………」
ふらふらして柱にぶつかりながら、ヨミは寝室に入っていった。
………おかしいな、あのヨミ、既視感がある。
昔、あんな感じになった人を、どこかで見たような?
「………誰だっけ?」
「うわあああああ!」
なに?なんなのこれ?
リーンの顔が碌に見られない!
おでこくっつけられただけで、恥ずかしくて頭が沸騰するかと思った!
昨日までは普通だったのに。
さっき、ヴィネルさんとリーンの会話を聞いた時から、ずっとリーンのことばかり考えて、頭がおかしくなりそう!
「なに、これ。なんなのこれ!?」
こんなの知らない。どうしてこんなに頭がぐちゃぐちゃになってるんだろう。
もしかして、本当に風邪ひいたのかな。レベル高いけど、ごく低確率に当たったとか?
だとしたら一大事だ。布団被って寝ておかなきゃ。
「………暑いっ!」
体が熱くて、布団も被れない!
こんな状態初めてだ。明日、お医者さんに診てもらわなきゃ。
でもおかしい。なんでさっきからリーンのことばかり頭に浮かぶんだろう?
昔の、出会った時から今まで、いろんなリーンが頭を駆け巡って、その度にボクの脈は速くなっていく。
「………本当に、ボク、どうしちゃったの?」
風邪以上のやばい病気である可能性を考慮して、ボクは暑いのを我慢して、布団をかぶって無理やり寝た。
翌日、お医者さんに行ってみたけど、症状を説明した途端に、主治医さんは爆笑、看護婦さんはすごい慈愛顔をしたり、ほほえましいものを見るような顔で見つめられたり。
そして丁重に追い返された。
>> ………おかしいな、あのヨミ、既視感がある。
昔、あんな感じになった人を、どこかで見たような?
「………誰だっけ?」
作者「お前だよ」