元勇者と盗み聞き
最終章スタートです。
ボクの記憶は、虫食いのように曖昧だ。
五歳までの記憶は、徐々に思い出してこそいるけど、『壊されていた』五歳から八歳までの記憶はまったくない。
独房に入れられ、ただただ次の日の恐怖と絶望で震えていた記憶が、五歳の時の最後の記憶。そこから、ボクの記憶は、とある森の奥に飛んでいる。
体中痛くて、いつもみたいに動かせなかった。
特にお腹が痛くて、息をするのも少し辛かった。
でも、長い時間を暗い密室で過ごしていたボクにとって、外っていうのは心地よく感じた。
辛うじて動く首をひねると、そこにはとても可愛らしい、吸血鬼の女の子がいた。
朦朧とする意識の中、体は何故かボクの意識に反してもがこうとする。
けど、ダメージを受けすぎた体は、マトモに動かない。
諦めたように止まった体。そして吸血鬼少女は、何かに気がついたかのように、ボクに寄ってきた。
それがボクの、最初で、そして最も大事な記憶。
後に一生を共に過ごすことになる無二の存在、リーンとの出会い。
※※※
「はあああああああ………」
「おっきい溜息だね。幸せが蜘蛛の子散らして逃げていくよ?」
「いいよもう………すでに不幸だし………」
机に突っ伏して、さっきから元気がないリーン。
普段の明るい雰囲気や、戦場での姿しか知らない人たちが見れば、驚くような光景だと思う。
「減給だよ、減給。収入一年間二割カットとか、酷すぎやしない?」
「仕方ないよ。元聖十二使徒序列二位なんて大物を逃がしちゃったんだから。それも故意に」
リーンは昨日、何を思ったのか、とどめをさせたはずのヘレナを逃がすという暴挙をやらかした。
魔王様が理由を問い詰めても、ボクの方をちらりと見た後、「言えません」の一点張り。
さすがの魔王様も怒って、リーンは大目玉を食らっていた。
「本当に、なんであんなことしたのさ。ちゃんと理由を言えば、魔王様も許してくれたかもしれないのに」
「そうかもしれないけど………(だって、ヨミがいたから………)」
「え?なんて?」
「何でもない。まあ、私がバカやったのは事実だし、甘んじて受け入れるよ。じゃ、私これからヴィネルさんの手伝いに行かなきゃだから」
「あ、うん」
ボクはなんだかんだ、リーンとの付き合いは長い。何か隠していることはわかる。
けど、リーンは一度決めたら最後まで止まらないタイプだから、きっと話してくれる気はない。
別に、リーンが何を考えてたって、今更驚いたりしないのに。
リーンが行っちゃったから、家にはボク一人になった。
今日はボクは休みだ。勇者を殺した功績で、色々表彰されたりするみたいだけど、とりあえずそれまでは休暇を取っていいって言われた。正直一番ありがたい報酬だった。
リーンもその予定だったんだけど、やらかしちゃったからペナルティーの仕事。
けど、いざ休みになると、正直やることが少ない。
剣の訓練は九年間一度も欠かしたことがないけど、それも今日は終えちゃったし。
リーンが買ってきた本とかはもう全部読んじゃった。
どうしよう。お腹はいっぱいだし、本は飽きたし、ゲームは全部二人用かパーティ用。
「うーん、とりあえず本屋にでも………」
『あー、ヨミ。今大丈夫かの?』
ん?
『魔王様?どうかしましたか?』
『うむ。その、な。実はちょっとした手伝いを頼みたくてのう。魔王城に来てくれぬか』
断る理由はなかった。
聞いた感じ、戦場でまたブラックな生活を強いられるわけでもなさそうだし、ちょっとした雑用とかならやすいもの。
『わかりました。暇を持て余していたのでちょうどよかったです。すぐに行きますね』
『すまぬな。出来るだけ早く頼むぞ』
※※※
「ハアッ………ハアッ………ゼエ………ゼエェ………」
「いや、助かったぞヨミ。ご苦労じゃった」
「ご、ご苦労だったじゃ、ありません、よ………!な、なにが、ちょっとした手伝い、ですか!」
魔王城の一室。フルーレティア様の結界によって拡張された部屋で、ボクは叫んだ。
結界の中にも関わらず、さっきの重労働の余波で、城はあちこちが崩れかけている。
この魔王城は魔王様の魔法だから、直すのは一瞬のはずだけど、当人のボクとしてはたまったものじゃない。
というのも、ボクがやらされた仕事というのは。
「すかー………すぴー………」
「なんで、ボクがフラン様と戦う羽目になるんですかっ!!」
というものだった。
なんでも、幹部第九位のドワーフ、ガレオンさんの秘蔵のお酒を、フラン様が勝手に持ち出して全部飲んでしまい、フラン様が酔っぱらってあたりかまわず魔法をぶっぱなし始めたらしい。ガレオンさんは泣いてた。
止めようにも、魔王軍歴代最強のフラン様を止められる人なんて限られてる。
そこで、ボクに白羽の矢が立った。
そしてボクですら、一人の酔っぱらいを止めるのに大分手傷を負った。
酔いで魔法の焦点がぶれていて、隙だらけで、寝ぼけ眼。これだけのハンデがあっても、今までで最強の相手だったかもしれない。
「ていうか、なんでボクが呼ばれるんですか!魔王様かフルーレティア様がやればいいじゃないですかっ!」
「嫌じゃ。酔っているこやつに関わると碌なことがない。この口調がその証拠じゃ」
「ワタクシも御免ね。酔っぱらいのフランほど厄介な生き物なんてこの世界に存在しないもの。まあいいじゃないの、無事に止められたのだし」
「結果論じゃないんですか!止められたっていうか、糸が切れて勝手に止まって寝ちゃっただけだし!」
流石は魔王軍歴代最強、結局ボクは、終ぞ剣を当てることができずに勝ち逃げされた。
別に止まったんだからいいじゃんと言えばそれまでだけど、釈然としない。
「つ、疲れた………。もう嫌だ………」
なんで、ここ最近のボクの休暇は、こんな風につぶされていくのか。
もう、呪いでもかかっているのかもしれない。
それとも、ボクをこうやって疲労させて集中力をかき乱そうっていう、人間たちの陰謀かな?
「もう、帰ってご飯作るのもだるい。リーンには悪いけど、出来合いのものを買って帰って………」
「――――すよね?」
「――――じゃなくて………」
あれ?今の声は。
「リーンとヴィネルさんの声だ。そういえば、ここってヴィネルさんの部屋か」
せっかくだから、ちょっと覗いて行こうかな。
中に入ろうとすると、二人の声が鮮明に聞こえてきた。
「そういえば、城の揺れが止まりましたね。何だったんですかね?」
「十中八九、フランが酔っぱらって暴れたんですよ。彼女の酒癖の悪さは筋金入りですからねえ」
「いやなにやってんですかあの人。それなら、逆によくこの程度の被害で済みましたね」
「音からして、多分魔王様がヨミちゃんを呼んだんですねえ。魔王様は酔ったフランに寄りたがらないですし」
さすがヴィネルさんだ。音だけでボクがいることを看破するなんて。
コソコソする趣味はないし、リーンに今日の晩御飯について軽く話したら帰ろう。
あと、なにか言っておかなくちゃいけないことはあったっけ………
「ああ、ヨミちゃんで思い出しましたけど。昨日のヘレナをリーンちゃんが逃がした件。あれ、ヨミちゃんのためでしょう?」
え?
今、なんて?
「まあ、ヴィネルさんにはばれますよね。他の皆さんには内緒にしておいてくださいね?特に魔王様とヨミには」
「ええ。個人のために相手の巨大戦力を逃がしたなんて知れたら、さすがの魔王様も見過ごさないでしょうからねえ。ヨミちゃんに関しては、自分がヘレナを殺したいと思っていることすら、無自覚のようですし」
「すごいですね、何も話してないのにそこまでわかるんですか」
「参謀ですから。人の感情を推理するのは得意ですよ」
待ってほしい。
ボクがヘレナを殺したがっている?何のことだろう。
確かに、ヘレナに関してはボクは多少の恩を感じているし、ボクの知らないところで勝手に死なれたら後味悪い気はしなくもないけど。
それでも、ボク自身が殺したいなんて、そんな願望は………もって、いない、はず………。
「ヘレナを殺したいという気持ちに自覚がないヨミちゃんに、このことを話したって混乱するだけでしょうからねえ。話さず、自分のやらかしということにしたのは英断だと思います」
「はい。やっぱりヨミは、万全の状態にしておかないと。魔王軍の士気にもかかわる問題ですし」
「本当にリーンちゃんは、ヨミちゃんのことが大好きですねえ」
「っうぇ!?」
突飛な話について行けずに頭をグルグルさせていると、リーンの変な声が聞こえてきた。
こっそり覗くと、顔を真っ赤にしたリーンがのけぞっている。
「い、いやー、その。大好きっていうか………はい。そうですね」
「どんなところが大好きなんです?」
「言う必要性あります?」
「いいじゃないですか。どうせ私しかいませんし」
「うう………まあ、いいですけど」
なんだろう。なぜかわからないけど、ここにいちゃいけないような気がする。
けど、足は動かないし、耳も鋭くなっている。
「………まあ、まずは顔ですよね」
そして盛大にこけそうになった。
「まず出てくるのがそれですか」
「だって、八歳のころから思ってることですし」
初耳だよ。




