勇者と地獄
ムチで打たれることにも慣れてしまった。
もう、痛みすら感じていないのかもしれない。
『痛みを感じているのか』すら、もはや私にはわからない。
「.......おい、こいつ大丈夫なのか?『勇者』だっつっても、まだ5歳のガキだろ?」
「問題ねえよ、このガキを鍛えつつ、徹底的に痛めつけて心を壊せってのが、教皇猊下からのお達しだ。それに万が一死んでも、《聖十二使徒》のゲイル様が蘇生して下さることになってんだ」
「はー.......上も随分と恐ろしい事考えるもんだ。こんなガキ痛めつけて兵器にするとか.......まあ、魔族共を殺せる機械になれるんだ、つまりミザリー様の求める存在になれるんだろ?そう考えるとこいつ、幸せものじゃねーか」
「ははは、違いねえ!」
ミザリー様.......命と慈悲を司る女神。
だけど私は、そんなのは信じない。もしいるのであれば、私をここから、真っ先に救ってくれるはずだから。
仮にいたとしても、きっと自分のことしか考えていない、どうしようも無い女神なんだろうな。
誰か、私をここから救い出して。誰でもいい。
魔族でも邪神でも構わない。私を助けてくれるのなら。
ここは、地獄だ。
※※※
「おい、起きろ.......勇者!!」
私の一日は、朝4時に布団もベッドもないオリの中で、バケツの水をかけられる所から始まる。
その後すぐに出て、8時まで素振りをはじめとするトレーニング。10分で栄養しか考えられていない美味しくない朝ごはんを食べて、直後に、ここで漸く起きてくる20人の騎士に殴られたり蹴られたり、剣でぶたれたり。
「てめえやる気あんのか!?」
「そんな剣で、『魔王』を殺せると思うな!」
何度も酷い言葉をかけられて、体を痣だらけにしながらも戦い続けて、12時からまた10分、朝と同じ、量だけ増やされたご飯を食べる。
午後は最悪だ。《聖十二使徒》っていう、この国の凄くエラい軍の人の誰かが、私をいじめに来る。
「今日は私だ。しっかりと見て覚えろよ、勇者」
今日の人は、金髪の女の人。周りの人からは『イーディス』って呼ばれてる人だった。
イーディスは太陽が沈むまで私を何度も攻撃したあと、「これも全て人類の為だ。ありがたく思え」と、そんな言葉を言い残して行ってしまった。
夜になったからって、私の一日は終わらない。また量だけ増えた同じものを食べて、今度は、生き物を殺させられる。
.......最初はネズミだった。そこから、ウサギ、ネコとどんどん大きくなっていって、今では.......
「離せクソが!離しやがれええ!!!」
悪いことをして、捕らえられた人間を、殺せと命じられる。
拒否権なんてない。1秒でも殺すことを嫌がれば、またムチで何度も打たれるんだろう。
もう痛みも感じないけど、ムチで打たれそうになると、体中が震えて、誰かに逆らおうという気持ちが、無くなっていく。あの感じは嫌いだから、殺すしかない。
「.......い、嫌だあ!!やめろ!やめてくれぇ!!」
命乞いをする、初対面で何をしたのかもわからない男の人に、私は短剣を振り下ろし.......やがて、その人は動かなくなった。
夜遅くなると、最後に神官様からのお説法を聞かされる。
曰く、ミザリー様は絶対だ、私は『勇者』だ、私は『兵器』だ、感情を殺せ、慈悲を持つな、魔王を殺せ、魔族を滅ぼせ。
よく分からないけど、神官様が言うなら、そうなのかもしれない、という気がしてくる。
夜中の1時。それが、私が漸く眠ることを許される時間だ。
体中は、普通なら泣きたくなるほど痛いんだろうけど、私はもう、それを感じない。
痛みも疲れも、ここに閉じ込められた半年の間に、とっくに忘れてしまった。
※※※
私はきっと、壊れてきているんだと思う。
多分、もうすぐこうやって、何かを考えることも出来なくなるんだ。
もう、平和な人生なんて、一生送れない。
私は『勇者』だ。人間たちを守らなきゃいけない。
―――なぜ?私を痛め付ける人達を、なんで守る?
『魔王』を倒して、世界に平和をもたらさなきゃならない。
―――なぜ?私は魔王になにかされたか?
『魔族』を滅ぼして、この世界をあるべき姿にしなきゃならない。
―――なぜ?魔族はこの世界に必要ないなんて、誰が決めた?
こんな、夜の数だけ考えた疑問も、もうすぐ考えられなくなる。
そう思うと、怖くて怖くて、でも涙はとっくに枯れていて、出てこない。
ここは地獄だ。
誰か助けて。魔族でも魔王でも、邪神でもいい。私の心が壊れる前に、助けて。
助けが来ないなら.......いっそ、私の心、早く壊れて。
何も考えられなくして。全部忘れさせて。
人間なんか、本当は守りたくないんだ。私を売った両親、私を痛めつけてくる騎士、私を道具としか見てない偉い人達。
なんで、私がこんなヤツらを守らなきゃならない?
こんな気持ちで、よく知りもしない魔族を殺すなんて、出来ない。でも、出来なければ、きっと死ぬより辛いめに合わされる。
だから、早く壊れて私。
何も考えられない人形に、早くならせて。
一応言っとくと、勇者はまだ5歳です。
出来るだけ簡単な言葉で書いたけど、5歳児らしからぬ言葉には目を瞑ってください。
5歳のおにゃのこの語彙力なんて知らんのや.......
そして、タイトルなんですが.......
現在の、「転生吸血姫と元勇者、人類を蹂躙する」の他に、
「そして彼女らは厄災となる」とか
「転生吸血姫と元勇者の人類殲滅日記」とか、色々考えてるんですけどさっぱり決まりません。どうすりゃいいんだちくしょー。