転生勇者の最後
斬られた。
それを理解した瞬間、俺は全身に力を込めた。
すると、斬られた首と両手両足がくっつき、瞬時にその場を離脱することができた。
「うぐあっ………………!はあ………はあ………」
「ああ、そっか。細切れにしないと死なないんだっけ。すっかり忘れてたよ」
ヨミはたいして驚いた様子もなく、つまらなそうに二本の剣を抜き、こちらを見据えてきた。
「困るんだよね。ボクは昨日ようやく仕事を終えて、久しぶりの休暇を楽しもうと思ってたのに、君が現れてくれたせいで台無しじゃないか。寿命が尽きるまで引きこもってくれてればよかったのにさ」
二本目の剣、『魔剣ディアス』を抜いた。未確認の俺の神器があるのに。ということは、ヨミはもう、次で俺を完全に殺す気なんだ。
俺はどういう選択をすべきか。勇者の特殊能力である思考加速を使い、考えた。
そして俺がとった行動は、
「じゃあ、サヨナラ………え?」
森に逃げ込むことだった。
※※※
「どこ行った?ああもう、予想以上に速いし隠れる場所多すぎだし最悪!」
俺は森の木の裏に身を隠し、神器『鈍剣ヴァレル』の奥の手ともいえる技を使うことにした。
決意したら即行動に移し、俺は鈍剣を地面に突き立てた。
「(頼む、間に合ってくれ!)」
「ああ、面倒くさい。………そうだ、こうしよう。隠れる場所があるなら、それをなくしちゃえばいいんだ。《身体強化―――飛撃・斬撃巨大化・円撃・身体能力向上》」
身体強化魔法によって強化されたヨミは、居合斬りの姿勢を取り、そのまま注視しなければ目で追いきれない速度で、抜刀し、回転しながら剣を振った。
次の瞬間、森の木々はすべて切断され、森は丸裸にされて、俺の胴体も斬られていた。
「ぐあっ………!くそっ!」
「あ、いた」
ヨミはこっちに向かい、再び飛撃を放ってきた。
俺に向かってくる斬撃はもちろん、俺の避ける先を予測した攻撃まで間をおいて放ってくる。
もう少し。きっともう少しだ。
「さて、遊びはこれくらいにして、そろそろトドメ………を………?」
ヨミの言葉はしりすぼみになり、ヨミは調子を確かめるように、体を動かした。
「なにこれ。体が、重い?しかも少しずつ、強く………」
きた!
『鈍剣ヴァレル』の真骨頂。それは、『重力増加』。
地面に突き立てることによって、周辺にかかる重力の強さを、段階的に強くする。
もちろん使用者は対象外。剣を引き抜いても、俺が解除しない限り、増加した重力はそのまま。
「なるほど、重力を操作したんだね。けどボクを吹き飛ばさないってことは、向きを変えることはできない。ただ強くするだけ。しかも一気に強くすることはできない………だんだん見えてきたね」
だが、まだだ。あの厄災を止めるためには、こんな重力じゃ足りない。
なんとか、時間を稼がなくては………!
「速度や重さを吸収する神器………『鈍剣ヴァレル』かな?」
「―――!?」
なぜ。
なぜ、ヨミがこの神器のことを知っている!?
「驚いた?昔の記憶を少しずつ取り戻してるおかげで、その剣のことも思い出したよ。ボクに与えられる神器の候補の一つだった剣だ。最終的に選ばれたのはこの『魔剣ディアス』だったけどね」
俺が絶句していると、ヨミは何を思ったのか、左手に持っていた神器『終剣アリウス』を鞘に納めた。
「神器の種さえわかってしまえば、話は簡単だね。じゃ、せめて神器殺しのアリウスは使わないでおいてあげるよ。………じゃ、そろそろ殺すから」
そう言い、神速でこっちに来たヨミは、刺さっていた俺のヴァレルを引き抜き、こちらに投げてきた。
※※※
戦いは一方的だった。
「うおおお!!」
「遅い。遅すぎる。君自身も、剣も、思考も。何もかもが遅い」
俺は何百回と切りつけたけど、一度もヨミには当たらず、避けられ、時にはディアスで受け流された。
俺が行ったわずかな重力増加は、ほとんど効果を成さず、ヨミは軽快に動いていた。
「ほら、どうしたの?ボクを止めるんだよね?そんなんじゃ、一生かかったってボクには当たらないよ」
「………………!」
だが、おかしい。どうしても腑に落ちない。
なんで、ヨミは俺を殺さないんだ?
ヨミの剣速なら、俺を細切れにして殺せる瞬間はいくらでもあったはずだ。
俺でも「これは死んだ」と思った瞬間は何度もあった。
なのに、ヨミは俺を殺さなかった。
おかしい点はもう一つある。
なんで、ヨミはわざわざ魔剣ディアスを使う?
俺の鈍剣ヴァレルは、生物以外の物質に対しては、その重量を操ることができる。
何度も触れている以上、あの魔剣の重量は恐ろしいものになっているはずだ。
それがわかっているはずなのに、なんでヨミは………。
違う。そこじゃない。
なんで………ヨミは、重くされてる剣を振ってるのに、剣速がぶれてないんだ!?
そしてそう思った直後、俺はその理由を知ることになる。
「………うん、そろそろいいかな」
ヨミはそういうと、俺とは全く違う方向に、剣を振った。
すると、その斬撃は地割れを引き起こし、その先にあった崖を切り裂いた。
「は?………は!?」
「うん、いい感じ。いや、君には感謝しなくちゃね。ボクの愛剣、重くしてくれてありがとう」
「!?」
まさか………まさか!?
そういうことか!?
「ボク並みのステータスになるとね。この魔剣ですら、軽く感じちゃうんだよ。やっぱり剣は重みが欲しいよね。けどこれ以上に重い剣なんてないし、諦めてたんだ。でも、ふふっ。そっか、その神器があったんだよね。それさえあれば、ディアスを強化できる」
冗談じゃない。
俺は、武器を重くして、相手を追い詰めてるつもりで。
実際は強化していた、っていうのか?
「その剣はもらうよ。重くできる神器なんて、修行にこれ以上なく最適な神器だ。………けどその前に、付属品が邪魔だね?」
俺は、動けなかった。
少しずつ、少しずつ、追い詰めてるんじゃないかって。心のどこかで錯覚していた。
けど違った。俺は、こいつにとって、いつでも殺せる塵芥みたいな存在だったんだ。
「は、はは………ははは………」
「あれ、壊れた?なんで?まあ、なんでもいいか。じゃ、サヨナラ」
そして、俺にヨミの剣が迫ってきた。
ああ、俺はこのまま、何も成せないままに死ぬのか。
人類も救えないままに、こんなところで、あっさりと。
頭に駆け巡った走馬灯も、もはやほとんどどうでもよかった。
ただ一つ。好きだった、彼女を除いて。
千条夜菜さん。リーン・ブラッドロード。
最後に考えるのは、やっぱり彼女のことだった。
俺は、前世で彼女を救えなかった。
だから今世では、救おうと。間違いを正そうと、そう誓っていた。
けど、その考えは間違いだったんだ。とんだお門違いだった。
俺は、俺が彼女にとっての『唯一心を許せる人間』に、なりたかっただけだったんだ。
身勝手で、勇者にあるまじき、下賤な願い。
しかもその存在は、とっくの昔に別の人間がなってしまっていた。
そしてその存在は今、俺の体をバラバラにしようとしている。
ヨミ。俺が目の敵にしていた彼女が、あの人にとっての、特別な存在になってしまっていた。
俺じゃなかった。彼女の求めた人間は、人間を正そうとする人間じゃなかった。
同じように、人間を滅ぼそうとしてくれる、ヨミだった。
もっと早く気づいていれば………俺も、もしかしたら………心を開いてもらえたのかな。
その自問の答えを見つける前に、俺の意識は途絶えた。
※※※
「ほ、法皇猊下!!大変でございます!!がっ………」
「………勇者ゼノがどうかしたのか」
「はっ………そ、それが………勇者様の生命反応が………」
「………消えたのか?」
「………左様にございます」
「………そうか。報告ご苦労。下がれ」
「は?………は、ははっ。かしこまりました」
「………勇者アヴィスは死に、覚醒した力を持つ勇者ゼノもその命を失ったか。なんということだ。まさか、ここまで………」
「あの道具が裏切ったこと以外、予定通りに進むとはな」
さて、なんか感想でめっちゃ嫌われてた勇者君も死に、ここでまた一つ、区切りがついた感じです。
次回で、『転生勇者編』は最後となります。