転生勇者と厄災再び
「うおおおお!!」
「多少私の速度を奪ったところで………」
『鈍剣ヴァレル』の力で上乗せされた速度で、俺はリーンに立ち向かう。
けど、当たらない。すべて読まれているかのように躱される。
「必要以上に無駄に動いてるお前と違って、私は必要最小限の動作で体を動かしてんの。ちょっとこっちを遅くして、そっちが速くなったからって、絶対的なプレイヤースキルの差は縮まんないのよ。そんなそこらの剣術にちょっと毛が生えた程度のもの、ヨミの動きを十年近く見てきた私には当たらないから」
「く、くそっ………」
生来の身体能力、戦闘のセンス、経験、操る術の数。全てにおいて、格の違いを見せつけられる。
戦えば戦うほど、その背が遠くなっていく気がする。
もうわかってる。俺じゃ、彼女には勝てない。
でも、何故だろう。わかっているのに、体が止まらない。
ヨミが来る前に逃げるべきなのに、俺はリーンに攻撃を続けている。自棄になったように。
いや、その理由ももう、わかっているんだ。
「はあああ!」
「………足止めしてる私が言うのもあれだけど、なんで逃げないの?」
どうしてだ。
どうして、俺じゃないんだ。
さっき、リーンはヨミを例外と言った。
そして、それは本心なんだろう。
ヨミについて話すリーンの眼は輝いていたから。
なんで、ヨミなんだ。
もし俺がその立場なら、俺が彼女の『例外』になっていたかもしれないのに。
リーンとヨミが信頼し合っているのは、二人が同じ場所にいたあの短い間でも、感じ取れた。
ああ、そうだ。
俺は嫉妬してるんだ。ヨミに。
俺の初恋の人が、人間に向ける唯一の愛情を受けているヨミを。
醜い嫉妬だ。勇者としてあるまじき思考だ。
しかも、俺はその黒い感情を、リーンにぶつけている。
自分でも意味が分からないままに。
「くっそおおおお!!!」
「なんだかわからないけど、まあこっちに乗ってくれんなら好都合だわ。このまま戦闘を引き延ばして時間稼ご。あと五分もかからないでしょ」
そのまま、初撃以降一度も剣を当てられないまま、数分。
俺の黒い心はそのままだ。
でも、やみくもに攻撃していたわけじゃない。
「追い詰めた、ぞ!」
「!………あー、そういうこと。壁際まで追い詰めたかったのね」
剣で誘導を続け、漸く崖下の壁までリーンを追いやった。
これでもう、俺の剣から逃げられない。
「殺しはしない。けど、神都まで連行させてもらう!」
「それ、実質死刑宣告だと思うけど。………まいっか」
リーンは構えを解いた。どうやら諦めたみたいだ。
俺は彼女を気絶させるため、剣の刃がない部分をリーンに向かって構えた。
「おおおお!!」
そして、リーンをっ………
――――キィィン!!
俺の剣は、リーンの意識を奪う前に、別の剣に阻まれた。
「こんな攻撃、普通に避けられたよ?別に庇ってくれなくてよかったのに」
「わかってるよ。けど、万が一ってことがあるから。リーンに傷ついてほしくないからさ」
「え、なにそれ、かっこいい………」
俺の剣を止めたのは、勿論、俺の天敵。
「ヨミっ………!」
「やあ。また会ったね、勇者くん」
※※※
「リーン、足止めお疲れ様。こっちはボクに任せて、フラン様たちの援護に行きなよ」
「オッケー。じゃあよろしくね。あ、あとそいつの剣は神器だから、ディアスは使わない方がいいよ」
それだけ言って、リーンは行ってしまった。
「あ、待っ………」
「おっと。リーンを追うのはやめてよ。ボクが相手してあげるからさ」
「………どけ。俺はお前より、リーンに用があるんだ」
「いやだよ。リーンにはリーンの仕事があるんだ。君の都合で、親友の邪魔をさせるわけないだろ?」
リーンのいる場所に行けない苛立ち。
リーンを『親友』と言うヨミへの嫉妬。
俺の心は、もうどす黒い気持ちでいっぱいだった。
けど、俺はヘレナさんの話を思い出し、正気に戻った。
ヨミに対して、憐れみを感じた、あの日の話を。
「………一つ、聞かせてくれ」
「なに?手短にね」
「お前は、元勇者、なのか?」
「うん、そうだよ」
俺が絞り出した言葉を、ヨミはあっさりと肯定した。
「ヘレナが話してくれたのかな?そうだよ、ボクは君の二代前の勇者。かつて歴代最強候補と呼ばれた、人類の希望だった存在だ。まあ人間が扱いを間違ったせいで、今は魔王軍だけどね」
「『勇者兵器化計画』、か」
「そう。ボクは兵器として、人間たちに利用されていた。望んでもいなかったのに。勇者になんてなりたくなかったのに、ボクは壊された。リーンが止めてくれなかったら、今もそうだっただろうね」
俺の言葉に、ヨミは凄絶なはずの過去を、サラリと話した。
「もしかして、ボクが苦しんでるとでも思った?憐れみでも抱いてくれたのかな?生憎だけど、そんなものいらないよ。その苦しみがあったからこそ、今のボクがあるわけだからね」
「………あの狂った計画に関しては、俺だって思うことはある。けど、少し。少しくらい、チャンスをくれたって良かったんじゃないのか?人間が、過ちを正すための時間を………」
そこまで言った瞬間、俺は咄嗟に飛びのいた。
ヨミの姿が掻き消えたからだ。
案の定、俺が飛びのく前のところに、ヨミが剣を振り下ろしていた。
「チャンス?チャンスだと?お前たち人間に、そんなことを言う権利なんてない。
家族に売られ、故郷に裏切られ、一日中痛めつけれれて、罵倒されて、挙句には一度殺されて!それを全く反省していない連中に、チャンスだと!?まして、ボクが受けてきた仕打ちを知らず、何不自由なく大切に育てられたお前が、そんな言葉をほざくな!」
俺の言葉に激昂したヨミは、そう叫んだ。
「チャンスなんて、魔王様もイスズ様も、何度も与えてきた!それを受け入れず、魔族を見下し続けてきたのはお前たちだ!あんなにやさしい人たちを!ボクを人間だからと差別せず、受け入れてくれたみんなを!………だからもういい。ボクたちは、魔王軍は、イスズ様は、人間を見限った。じゃあボクだって、人間を殺す。もうチャンスも慈悲も与えない。リーンたちと一緒に、ボクは人間を絶滅させる」
そう言って、ヨミは剣を構えた。
「………俺だって、人間は愚かだと思う。魔族だって、そんなに差別する必要あるのかって、そう思う。………けど、なにも皆殺しにする必要はないはずだ。人間にだって、愚か者なりに命がある。
だから俺は、人間を内側から変える。滅ぼすんじゃなく、人間を救ってみせる。だから………お前たちは、引っ込んでろ」
「………あっそ」
俺の言葉を聞いてなお、ヨミは心底つまらないという顔を崩さなかった。
もう、彼女は絶望し、失望してしまっているのだろう。人間という存在が、これ以上良くなることはないと思っている。
「………どうしても、争わないといけないのか?手を取り合うことはできないのか?」
「できないね。ボクは人間が嫌いだ。嫌いなやつらと手を取り合って仲良くできるほど、魔王軍は心が広くないんだ」
その言葉を聞き、俺も覚悟を決めた。
剣を構え、相手を見据える。
「………じゃあ、俺たちは相容れないな。わかった、もうわかった。………俺が勇者として、お前たちを止めてみせる。絶対にっ」
そこまで言って、俺は気づいた。
目の前から、ヨミが消えていることを。
そして。
「剣を抜いたってことは、死ぬ覚悟ができたってことだよね?」
いつの間にか背後に回っていたヨミ。
振り向き、攻撃しようとした瞬間。
そこでようやく、俺は自分の首と手足がすべて切断されていることに気が付いた。




