吸血姫と再び邂逅
「………帰りたい」
「この道中で五十回くらい聞いたわよ、それ」
だって帰りたいんだもん。
もう、三週間も家に帰ってないし、ヨミとも話してない。
辛い。帰りたい。仕事面倒くさい。
「ワタクシだって帰りたいわよ。ルーズちゃんのお世話したいし、お部屋の片付けもしないと。まったく、なんで戦線復帰の最初から、陣頭指揮官を任せられるのかしら」
「今までの実績の賜物じゃないですかね、フルーレティア様」
「はあ………フランは足の呪いを理由に後方支援に徹するのを許可されてたって言うのに………」
私は今、フルーレティア様と一緒に、メルクリウス聖神国を囲うように存在する四つの大国の一つ、ロスパル帝国との戦争に赴いている。
フラン様は逆側から、グレイさんと一緒に別の国を攻めてる最中のはず。
「でも、こっちはまだ楽ですよね。『結界神』のフルーレティア様がいる以上、よほどでない限り結界は簡単に破壊できますし、向こうの兵の練度はなかなかですけど、それだってうちの兵士ほどじゃない。このままいけば、あと二週間もあれば帝国はぶっ壊せますね」
「そうだといいのだけれど、警戒は必要よ。全盛期の勘が取り戻せていないワタクシじゃ、『三柱』には勝てない可能性が高いし。ゲイルなら《異界結界》で魔法を禁止すればどうとでもなるけど、ヘレナは無理ね。ルヴェルズは論外」
『宝眼』のヘレナは、私と同じ、徒手空拳と魔法を同時に扱うタイプ。しかも平均ステータスがヨミに迫るレベルのために、魔法を禁止してもフルーレティア様より強い。
「まあ、いざとなれば、ヘレナは私が相手します。ゲイルはフラン様が何とかするって言ってましたし、フルーレティア様はいざとなったら、結界で勇者を閉じ込めてください」
「わかっているわ」
その後、フルーレティア様と適当な雑談をしていると、天幕に私専属の伝令役の女の子が入ってきた。
「リーン様、フルーレティア様、ご報告します。帝国の主要な三つの大都市の制圧、八割程度完了いたしました。これで、帝国の四割が魔王軍の支配下に置かれた状態です」
「おー。仕事早いね、何か問題とかはなかった?」
「支配圏についての問題はないのですが、次期聖十二使徒候補だった多数の人材をはじめ、かなりの数の強者が、帝国首都に集まってしまっています。さらに聖神国からの応援なども考慮すると、こちらに及ぼされる被害は、無視できないものになるかと」
それはいけない。
人間と違って、魔王軍のみんなは一人一人が尊重されるべき人材だ。もちろん戦争をしてるんだから、被害ゼロで済まそうなんて考えはしないけど、極力それを減らすに越したことはない。
「分かった、魔王様に頼んで、増援と………あと、フラン様の方がもう終わるって話だから、そうなり次第こっちに回ってもらう。報告ありがとうね、下がっていいよ」
「はっ!」
※※※
報告から、実に一週間。
私たちはいくつもの街を滅ぼし、人を殲滅し、ついに帝国を追い詰めた。
「じゃ、フルーレティア様。あの結界をささっと破壊しちゃってください」
「簡単に言ってくれるわね………」
そう言いながらも、フルーレティア様は腕を振るい、帝国の首都を囲う結界に狙いを定めた。
数分で介入が成功したようで、フルーレティア様が腕を下ろし、手拍子を一つすると、その音に合わせるように、結界は崩れ去った。
「進軍開始!高レベルの冒険者や神殿関係者に注意しながら、首都を蹂躙せよ!」
「「「うおおおおおお!!」」」
私の号令に、魔王軍のみんなは雄たけびを上げ、瞬く間に首都は戦場となった。
「楽勝ですね」
「それはそうよ。ワタクシの結界を張っているのだから」
首都全域には今、フルーレティア様の《異界結界》が張られている。
そのルールは、『自分の肉体以外の攻撃手段の禁止』。つまり、武器も魔法も使わず、拳と蹴りで勝敗をつけろってこと。
まあこのルールを有利に扱うために、魔王軍は獣人族とか魔人族とか、そういう元からあんまり武器を使わない種族ばっか連れてきてるんだけどね。
「しかし、相変わらずフルーレティア様の結界はすごいですね。さすが『結界神』って感じです」
「あら。褒めても何も出ないわよ」
「いえいえ。ただ、こんなチートに近いことできても、聖神国の結界は破れないんだなって、そう思ったんです」
メルクリウス聖神国の神都には、『始まりの英雄』と呼ばれる、ミザリーの狂信の発端となったと言われる男が命をかけて張った結界がある。
魔族を弱体化させ、人間の力を引き出す結界。ルヴェルズの祖先ってだけあって、悪趣味なもん作るよ、ほんと。
「あれは無理よ。女神ミザリーの力まで使った結界だもの、ワタクシでも手も足も出ないわ。魔王城を破壊する方がまだ現実的ね」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ………」
「そりゃワタクシだって、ふがいなく思ってるわよ。でも正直、あれを破壊しようって考えたら、術者であるルヴェルズを直接殺すしかないと思うわよ」
「でもそのルヴェルズが、結界の中にいる。結局、ゴリ押すしかないんですかね」
「そうね。それが一番簡単だと思うわ」
ただそれだと何か月かかるかわからない、という話を私がしようとしたその瞬間。
周囲に鳥に擬態させて辺りを偵察してもらっていた鳥の獣人たちから、連絡が入った。
『リーン様!何者かが、こちらに向かってきております!数は………三人!』
「来た、のかしらね?」
「わかりません。とにかく、確認を急がないと」
しかし、私が確認をすることはなかった。
なぜなら、私が思い描いていた通りの『標的』が、上から降ってきたからだ。
「ふう、やはり転移魔法以外の移動は疲労が若干たまりますね。転移阻害結界、何と厄介な」
「仕方がないことよ。戦場で転移が使えないというのは、それだけで戦局を大きく変えることだもの」
この声。忘れるはずがない。
「………ゲイル、それにヘレナっ………!」
「おや………やはりあたりでしたね。リーン・ブラッドロードです」
「そうね。勇者様の力が、存分に生かせるもの」
その言葉に、私は「やっぱりな」という気持ちや「なんでこっちにくるんだ」という不満、そのさまざまな負の感情が、こころを渦巻いた。
やがてヘレナとゲイルが空から降ってきたことによって起きていた砂埃は晴れ、一人の人間がこっちに向かって歩いてきているのが見えた。
ああ………やっぱり、こいつか。
「伝令ちゃん。ヨミに連絡とって。最優先でこっち来いって」
「か、かしこまりました!!」
そろそろ来るとは思ってたけど、まさか首都を襲っているときに来るとは。
「………また会ったな、千条さん。いや、リーン・ブラッドロード。今日こそ、君を止めに来た」
「あっそ。私も会いたかったよ。君を取り逃がしちゃったせいで、魔王様に怒られたからね。ちゃんと汚名はそそいどかないと………今日こそ死ね、勇者」
私と同じ転生者にして、勇者として『覚醒』した、魔王軍の天敵。
勇者ゼノ。
奴が今、再び戦場に降り立った。