吸血姫と元勇者と宝眼
「あ~~、つっかれたあ!!」
「お疲れ様。大変だったね」
「それはお互い様でしょ。………あー無理。もう動けない」
対覚醒勇者、三人まで削られた聖十二使徒、メルクリウス聖神国の結界、エトセトラ。
人間に王手をかけつつある今の状況こそ油断しちゃいけない。というわけで長引きに長引いた会議。
もちろんそこには、私とヨミも参加していたわけで。もう頭がくたくただわ。
「休んでていいよ。何か飲む?」
「あー………紅茶。B型の血と半々のブレンドでよろしく」
「ん、わかった」
出してもらった紅茶(真っ赤だけど美味いんだこれが)をすすり、ほっと溜息。
本当に、最近の魔王軍上層部はブラックだわ。
戦争も大詰め、強いやつが集結してるから仕方がないとはいえ、準幹部以上の階級持ちの仕事は膨れ上がる一方。
私なんか可愛い方で、ヴィネルさんなんかは最近になって少しずつ目が死んできている。
なんと、サクラ君へのセクハラすら、若干鳴りを潜めた。それほどまでに疲労が蓄積してるんだろうね。
「ふう………………次の仕事、何時からだっけ………」
「七時半だから………あと六時間?」
「うええ………」
いくら人類を滅亡させるためとはいえ、私だって生物。疲れはたまるしおなかも減る。
まして、つい昨日………もう一昨日か………に、任務を失敗したばかりだ。当然落ち込んでるし、そんな心理状態での多忙は、メンタルをゴリゴリ削られる。
「ま、まあもうちょっとの辛抱だよね。ボクらが人類を滅ぼしちゃえば戦争は終わるんだから。あ、もちろん油断とかはしてないよ?勝つって思いこんでるわけじゃないから」
「わかってるよ。理想は高く持たないとってことでしょ?………ただ、戦争が終わっても、仕事は減るかどうか」
「え?なんで?」
「だって、人間が滅んだら、魔王様は名実ともに世界の王様だよ?で、私たちその側近よ?戦後処理とか魔族の統治とか領地問題とか………仕事、減ると思う?」
それを聞いた瞬間、ヨミの眼は死んだ。
「………戦争が終わったら、どっか遠くに二人で逃げよっか?」
「駆け落ちみたいで興奮するし、すごく魅力的な提案だけど、たぶん魔王様が地の果てまで探しに来ると思う」
「………ヴィネルさんが行動予測とかしそうだもんね」
「四魔神将なんて貴重な戦力兼書類仕事要員、逃がしてくれるわけないでしょ………」
乾いた笑いを浮かべる私とヨミ。
その様相は、はたから見ればとてもじゃないけど魔王軍のトップ2には見えないと思う。
※※※
疲れてるとはいえ、睡眠に対するほぼ完全耐性がある私たちは、せっかくの休憩時間を寝ることに費やすのはもったいないと、話を続けることにした。
「そういえば………あの勇者、やっぱりボクについて調べるかな?」
「調べるんじゃない?あいつはたぶんそういうタイプだよ。まあ聖十二使徒に聞いたってはぐらかされるだろうし、ヨミの情報は本とかにも載ってないはずだから、たどり着けるとは思えないけどね」
いや、もう聖十二使徒はないのか。『三柱』を残して全員称号剝奪されて、まとめて勇者の力にされたもんね。
「んー………どうかなあ」
「?何か不安なことでもあんの?」
「いや、そうじゃないけどさ。ただ、もしかしたらヘレナが勇者にボクのことを話すかもなーって」
「ヘレナが?」
『宝眼』のヘレナ。万物を見通す目を持つなんていうやつで、人類準最強の女。
忌々しいことに実力は相当高くて、半月の月の加護発動状態の私でもてこずるくらいには強いはず。
「なんであいつが勇者にヨミのこと話すの?今の勇者に、『勇者兵器化計画』のことを話すメリットなんてないでしょ」
「そうなんだけどね。やっぱり記憶は曖昧なんだけど………実はボク、死ぬほど嫌いだった聖十二使徒の中で、ヘレナだけはそんなに悪いイメージ持ってなかったんだよ」
「え?なんで?」
「あ、勘違いしないでね?あいつを野放しにして置く気はない。戦いになれば全力で殺す。けど………なんて言ったらいいのかな。ボクを虐待するのが目的って感じだった他の聖十二使徒と違って、ヘレナは本気でボクを鍛えようとしてたっていうか。ぶっちゃけ、自我を取り戻したボクが最初から感覚的にある程度戦えてたのって、半分以上ヘレナの教えありきなんだよね」
「へえ。聖十二使徒がヨミを虐待してたのは、それが女神ミザリーのためになるって信じ込んでたからだよね。それをしてなかったってことは、ヘレナはミザリーを狂信してるわけじゃないってこと?」
「多分ね。だから、自分たちの過ちを知ってもらおうって思って、あの計画のことを勇者に漏らす可能性はあると思う」
………そういやあの女、戦場で会った時も、グレイさんと戦ってるときも、こっちを見下すような発言は一度もしてなかったな。
私のことを不穏分子扱いはしてたけど、それは別に見下してたわけじゃないだろうし。むしろ警戒してるって感じだった。
「多分ヘレナは、他の人間と違って、魔王軍を下に見てないんだよ。だから油断しないし、誰が相手でも全力でかかってくる。ある意味、覚醒勇者より厄介だと思う」
「………なんでそこまでわかってんのに、人間に手を貸すんだか」
「まあ、あいつにも家族とか友達とか、そういう存在がいるんだよ、きっと。ボクは何もなかったから簡単に魔王軍に下れたけど、普通はそうはいかないさ」
「………やけにヘレナの肩持つね、ヨミ」
ヨミ以外の人間が大っ嫌いな私にとっては、ちょっと面白くない。
「んー、そうだね。どう言うべきなのかな。………多分、あいつとボクの立場が逆でも、あんまり変わらなかったんだろうなーって」
「へ?なんて?」
「だからね、もしヘレナが壊される立場で、ボクが勇者として人間を守る立場になっていたとしても、今の状況ってあんまり変わってなかったんだろうなーってさ。そうなってたら、ヘレナは魔王軍についたかもしれない。ボクはミザリーを狂信せず、戦争に疑問を持ちながらも、家族や友達のために、リーンの前に立ちふさがってたかもしれない。そう思ったら、ね」
ああ………なるほど。
つまりヨミは、自分とヘレナが似ているって思ってるんだ。
ただ、人類に絶望したか否か。人類を憎んだか否か。人間の中に、大切な存在がいるか否か。
それがもし逆なら、ヘレナと自分は逆の立場だったかもしれないと。
※※※
『まあでも、そんなこと関係ないね。今のボクは魔王軍。あいつは人類の守護者の一人。どうやったって相容れないんだから。ボクは勇者を殺すことに専念しなきゃね』
そんなことを言って、ヨミは別の話題を始めてしまった。
いつもと変わらない、普通のヨミ。明るくて、落ち着いてて、何より可愛い、いつものヨミに一見見える。
けど、長年一緒にいた私はわかる。ヨミは多分、少し無理をしている。
ヘレナに情が移っているから………ではない。いや、その通りなんだけど、多分、人間への復讐っていう気持ちに取りつかれてるヨミは、その気持ちを曲解して解釈している。即ち。
『どうせヘレナを殺すなら、自分の手で殺したい』。
私もヨミも、人間に対しては無慈悲だ。好きなように殺すし、私は物理的に、ヨミは精神的に相手を追い詰めることが最高の快楽。
けど、ヨミのヘレナに対しての感情に限っては、話が変わってくる。
つまりヨミは、ヘレナには慈悲を与えるべきだって思ってる。
せめてもの慈悲として、自分が殺したい。一切の痛みなく、苦しませないように。誰にも追いつめられることなく、絶望させる前に。そんなことを考えてるんだと思う。
けど、ヨミは勇者を殺すっていう最重要にして最大の任務がある。自分の感情を優先して、ヘレナと戦うなんてことはしちゃいけない。
………もし、私が戦場で再びヘレナと相対することになったら。
私は、どうすればいいんだろう。