吸血姫と肉塊、あと例のあの人
「………デューゲンとハサド、他雑魚数名は殺したが、勇者は覚醒した挙句逃亡。ゲイルに重傷は負わせたものの仕留め切れず、サクラは意識不明の重体でしばらく戦線復帰は見込めない、と。………なにか申し開きはあるか、四魔神将共」
「「申し訳ございませんっ!!」」
「………どんな………処罰も………覚悟の………上………」
任務失敗を悲しむ暇もなく、慌てて重症のサクラ君を集中治療室に運び、そのまま直で魔王様の元へ。
デューゲンとハサドを仕留め切れなかった四年前以来の、二回目の任務失敗。何を言われても仕方がない。
「………………ハア。少々驕ったな、主ら。人間の中にも、主らを追い詰めるような強者がおるとわかったじゃろう。イレギュラーがあったとはいえ、今回の件は主らの過信が敗因の一つじゃ」
「返す言葉も、ございませんっ………!」
「ボ、ボクがすぐに勇者を殺していればこんなことには!処罰はボクがすべて引き受けますから!」
「ちょっ、ヨミ!私だって私情を優先してイーディスを時間かけていたぶったりいろいろしてたんだから、一人で背負う必要ないでしょ!?」
「………俺も………力が………足りなかった………」
ヘレナとゲイルの乱入、勇者の覚醒、ノインの予想外の強さ。
たしかにイレギュラー揃いだったけど、あの場で勇者を殺す方法はいくらでもあった。
私たちが時間をかけすぎたせいで、どんどん状況が悪くなり、最終的に逃がしてしまったんだ。
「予想外の出来事が多かった点や、聖十二使徒の序列上位を二………いや三人仕留めた功績を考えて、厳罰は与えん。じゃが、今回の出来事を踏まえて、自らの足りない部分を補え。それをもって、今回の罰とする」
「「かしこまりました!」」
「………承知………!」
※※※
「………ですが魔王様、勇者はいかがなさるおつもりですか?あの勇者は………」
「わかっておるわ。あやつはヨミしか対抗できん。こうなった以上、人間共はヘレナとゲイルを護衛に着けた勇者を、各地の魔王軍基地に送り込んで奇襲に出る戦法を用いる可能性が高い。なにせ、ヨミ以外はあやつに手も足も出ないんじゃからな。じゃがヨミを出せば、護衛が抑えている間に勇者は逃げる戦法に出てくるじゃろう」
「ではどうすれば………」
「それはこれから考える。ヴィネルとも相談してな。………話は終わりじゃ、行ってよいぞ」
そう言われたので、サクラ君のお見舞いにでも行くかと立ち上がり、ふと思い立った。
「そういえば魔王様、ノインはどうしたんですか?」
「おお、その件の礼まだじゃったな、リーン。本当に感謝するぞ。今は下の部屋におる。見に行くか?」
下の部屋って、確か拷問部屋だったような。
「行きます」
「うむ」
というわけで、私はヨミには先にサクラ君のところに行っててと断って、魔王様と拷問部屋を訪れた。
「ほれ、ここじゃ」
そして私は扉を開けて。
即座に閉めた。
………………………。
……………………………………………………。
「魔王様。なんですかあれ」
「ノインじゃが」
「違いますよね。原型とどめてませんでしたよね。ブヨブヨでしたよね」
人間って、何をどうしたらああなるんだろう。
てか絶対死んでるじゃん。
「死んどらんぞ。魔法で無理やり生かしてある。回復魔法をかければ元通りじゃ。この部屋は、密閉されている間は時間がゆっくり進む。故に、戦場は主らに任せて、妾は丸一日くらいの時間をここで楽しんでおったぞ」
………………………もう一度、少しだけ扉を開ける。
立ち込める香ばしい匂い。これは吸血鬼故。つまり血の匂い。
天井まで真っ赤に染まった部屋の中心で、手も足もドロドロになり、もはやどこが胴体かわからなくなったピンク色の肉塊が、殺してくれと言わんばかりにもぞもぞと………。
もう肉が食べられなくなりそうな光景だったので、扉を閉めた。
いい気味だ。いい気味だけども。
あらためて、魔王様の恐ろしさを理解した。
※※※
「あ、リーン!それに魔王様!」
サクラ君のお見舞いに、魔王様も行くというので、一緒に来た。
「ヨミ。今日の晩御飯何?」
「ハンバーグだけど」
「………今日だけでいいから、何も理由を聞かずに、魚料理に変更してくれないかな」
「え?………………………わ、わかった。よくわからないけど……………」
「だらしがないのう。あの程度でダウンか」
「あの程度!?」
私だって相当なグロ耐性持ちと自負してたはずだけど、あんなん見せられたらその自信なくすわ!
「何の話かわからないけど……………サクラ君、目を覚ましたよ」
「本当か?早いな」
「はい。いや、全然目を覚まさなかったんですけど、いきなり女の人が駆け込んできて。その人が魔法をかけたら、すぐに目を覚ましました。傷とかも全部一気に………」
「………サクラのあの重体を一発で治したじゃと?」
意識不明で外傷も精神魔法によって受けた内面の傷もひどく、目を覚ますには一週間以上かかるだろうと診断されたサクラ君の傷を、一瞬で治す魔術師。
………そんなの、サクラ君自身でも無理なのでは?
「おいおい、まさか………」
魔王様の後に続いて、医務室に入る。
そこには困ったような看護師と、ベッドで起き上がっているサクラ君。
そして、彼に抱き着く一人のエルフ。
ティアナさんに似てるけど、大人っぽい顔立ちのティアナさんと違って童顔で、彼女と違ってつつましやかな胸をしてる。
「あ~も~!!心配したんだよサクラ!重症だって聞いて仕事ほっぽってきちゃったよ!でもあたしが治せるくらいの傷でよかった~!」
「ちょ、ちょっと………お母さ………!」
サクラ君に抱き着き、頬ずりしながら頭を撫でまわすという、『サクラきゅん(たん)を物陰からそっと見守る会(通称サクラ会)』の面々が見たらハンカチかみしめて悔しがるようなことをしているエルフの女性。というか、サクラ君のお母さんらしい。
………ん?サクラ君のお母さんって確か………?
「………おい、怪我人に何をやっとるんじゃ」
「あれ、フィリスじゃん。何してんのこんなとこで」
「主が抱き着いとるそいつの見舞いじゃ。病み上がりに何をやっとる、さっさと離れてやれ」
「えー?なになに、嫉妬?嫉妬なの?わかるよー、サクラって体温高いしやわらかいし、なんかすべすべしてるし触ってて心地いいよねー。遺伝だねー。あたしの血だねー!」
「………しばらく見ない間に、ウザさに拍車がかかったな」
「照れちゃうな」
「褒めとらんわ!」
うーん、この魔王様が翻弄されてる感。聞いてた話と同じだ。
どうやら間違いないっぽい。
「というか来たのなら、とっととこの妾の口調を解除しろ。もうできるじゃろう、あれから七十年以上たっておるんじゃぞ」
「できるけど面白いからヤダ」
「どうやら死にたいようじゃな!古い付き合いだからといって手加減してもらえると思うなよ、フラン!!」
あ、やっぱりそうなのね。この人が。
サクラ君の母親で、ティアナさんの実姉。最古参の魔王軍幹部、『暴魔将』フラン・フォレスター様。
魔王軍歴代最強で、サクラ君を上回る魔術師。
「あれ?後ろのその子が、フィリスの孫のリーン?………あ、これオフレコだっけ」
「………今朝話したばかりじゃ。貴様、その軽すぎる口は何とかならんのか」
「無理。諦めて」
「ちょっとは悪びれんか!」
………なるほど。魔王様に聞いた通りの御方みたい。
本当に、なんでこういう性格の人から(しかも単為生殖)、サクラ君みたいな子が生まれたんだろ。