転生勇者と覚醒
「う………そ………?」
「動きが大げさ。構えが隙だらけ。しかも真正面から突っ込んでくるなんてね。来世で修業しなおせ」
『女神の奇跡』によって強化されたレノアさんは………たった一撃で、ヨミに敗れ去った。
どちらの動きも目で追えなかったけど、ヨミは傷一つ負っていない。つまりは受け流したんだ。レノアさんの渾身の一撃を。
生き残ってるのは、俺と、神官のジード、魔術師のアイ、剣士のシグマ。全員が転生者。
ゆえに、戦いにも慣れていない。実際、元教師のアイは、体をがたがたと震わせているし、他の二人も絶望したかのような表情を浮かべている。
「残り四人。そろそろ飽きてきたし、早く斬らなきゃね」
そう言いながら、悪夢は近づいてくる。
………どうして、こんなことになってしまったんだ。
昔は何の力も持たない、非力な男子高校生で。転生なんて物語みたいな経験をしたかと思えば、勇者なんてものに選ばれてしまって。なりたくなんてなかったけど、人類を守るため、努力してきた。
そして今、その努力を踏みにじるような、絶対的な怪物と対峙している。
勝てる確率は、虚数の彼方だろう。これが王道ファンタジーなら、その確率を引き当てることができるんだろうけど、残念なことにこれは現実だ。
今の俺じゃあ、どんな手を使おうとも『戦神将』ヨミには勝てない。
「………………………ゼノ。お前は逃げろ」
「ジード………?」
「いいか。お前は勇者だ。人類の希望だ。ここでお前を失えば、人類は終わっちまうかもしれねえ。だから俺たちが足止めしている間に、お前は逃げろ」
「な、何言ってるんだ!?そんなことできるわけないだろ!!」
「だが、お前以外はこの作戦に乗り気なようだぜ?」
「え………」
そういわれて驚いて周りを見ると、ジードの横には油断なくヨミを見据える、アイとシグマの姿があった。
「みんなで決めてたんだ。こんな状況になったら、こうしようって。ゼノを守ろうってな」
「ま、待てよ。みんなわかってるのか!?死ぬんだぞ!?」
「わかってるよ、ゼノ。でも僕たちは、このまま全員で戦ってもどうせ死ぬ。なら、君を逃がした方がいいだろう?」
「………私はかつて、自分の保身のために、一人の生徒を見捨ててしまいました。ですが、もうあんなことはしません。絶対に、私は生徒を守ります。………私は、先生ですから」
ジードも、シグマも、アイも。苦笑の混じった顔で、そう言って、俺をかばうように立ちふさがった。
「………え、なにこれ。ボクが悪者みたいじゃん。まあその通りではあるんだけどさ」
「さあ行けゼノ!!一分は持ちこたえてやるぜ!!」
「ゼノを逃がせ!!三人で同時にかかるんだ!!」
「ゼノ君、早く行ってください!!」
「っ………!!」
そして俺は………逃げた。仲間を見捨てて、敵に背を向けて、走った。
転移阻害結界さえ出れば、俺の持つマジックアイテムで神都に転移できる。涙を流しながら、戦場を残して、ただ走った。
四魔神将第一席『戦神将』ヨミ。その忌むべき名前を、心に刻んで………
「はいはい、そこまで」
「………え?」
俺は………走ったんだ。ヨミから逃げるために。一分は持ちこたえるという、親友の言葉を信じて、走った。
なのに何故。
何故、俺の後ろにヨミがいて………俺の体は、剣で貫かれてる?
「………………ガフッ!」
「逃がすわけないじゃん。逆になんで逃げ切れると思ったの?まさか、あんな茶番見せられて、ボクが攻撃を躊躇するとでも思った?」
「………ジード………たち、は………」
「さっきの三人ならあそこ」
ヨミの指さした方向に、俺は目を向けた。目を向けてしまった。
「………あ、ああ………ああああ………!」
「なんであの男、ボクの実力を目の当たりにして、一分持つと思ったんだろうね。三秒もかからなかったよ」
そこには、ついさっきまで俺を逃がそうとしてくれた三人の………バラバラになった姿があった。
「あああ………………………ジード………シグマ………アイ………」
「あとは君だけ。言い残すこととかあったら聞いてあげるよ。三日くらいで忘れるとは思うけど」
「………ない………」
「なに?」
「許さない………!絶対に、お前を!許さない!ぐっ………!」
「はいはい、叫ぶとおなかに空いた穴に響くよ?あんまり痛い思いしたくないでしょ?大丈夫、ボクはリーンと違って嬲る趣味はないから、痛みなく殺してあげる」
………許せない。俺の仲間を、こんな目に合わせたこの女も。
それに手も足も出ない、己の無力さも。
なんで俺は、こんなにも弱い。勇者なんだろ?人類を希望で照らす存在なんだろ、俺は?
なら、もっと才能があっていいじゃないか。仲間の仇を討てて、千条さんの目を覚ますことができるような力があったって、いいじゃないか。
何も成せないなら………なぜ俺は、勇者なんかに選ばれたんだ。
※※※
『力が、才能がないのが憎いか?』
ああ、憎い。憎くて仕方がない。
ヨミも、魔王軍も、力がない俺自身も。
『なら欲するか?すべての悪を討ち、人間の希望となれる力を』
ああ、手に入れられるものなら欲しいさ。
でも、無理なんだ。俺には才能がなかった。今日会った奴らを見て分かった。
グレイやリーンのような戦闘力も、サクラのような魔法も、そしてヨミのような剣の腕も、俺にはない。
『そんな些末なことか。ならば与えてやろう。私の力を』
え………?
『この力を使い、あの忌々しいイスズの手の者たちを滅ぼせ。勇者よ』
というか………だれ………?
※※※
「じゃあ言い残すこともないみたいだし、そろそろ………っ!?」
力がみなぎってくる。俺の体じゃないみたいだ。
あの声の主が、俺に力を与えてくれたのか?いや、今はそんなことどうでもいい。
「うおおおおおおおお!!」
「な、なにこの力。いきなり強くなった。『女神の奇跡』とも違う………まさか、覚醒………!?」
「………『戦神将』ヨミ。俺はお前を許さない。よくも、俺の仲間を!!」
「………これは。面倒だね。………いいよ、相手になるさ」
※※※
「………これは!?」
神の領域にて、天照ちゃんを招き、お茶を飲んでいた時。地上からあり得ない気配を感じ、思わずお茶をこぼしていまいました。ですがそれどころではありません。
「………ど、どうしたんですかえ?イスズ先輩」
「………天照ちゃん、少し席を外します。すみません、ちょっとここ見ててください!」
「え?ちょ、イスズ先輩!?」
急いで私は、眷属たちに伝える用意を始めます。
「あの女、まさかここまでっ………あれは、今までの覚醒勇者とは違います………!急いで連絡しなければ………!」
女神ミザリー………私の可愛い子たちを、己の欲望のために滅ぼさんとする、憎らしい女神。
自らの生み出した種族に対する愛が足りないとは常々思っていましたが………挙句の果てには、覚醒の才がない自らの眷属を、無理やり覚醒させるとは!
「………ミザリー、場合によっては、処罰を考え直さねばなりませんよっ………!」
友情出演:天照大御神様