元勇者と現勇者
………これは、悪夢か?
「うーん、切り口が少し曲がってる。イマイチ………。まあ、別にいいか。ブランクは後々取り戻せばいいしね。幸い、ここには斬っていい人がいっぱいいるし」
「ハサドさん——————!?」
「う、嘘だろ………?聖十二使徒の上位だぞ………。世界最強クラスのはずなのに………」
今、俺たちの目の前には、体を両断されて絶命したハサドさんが映っている。
「うっ!………うげええ………」
中には、その場で吐いてしまった人もいた。
当然だ。人が縦に割れている姿なんて、見ていて取り乱さない方がおかしいんだ。
「さて、リーンも苦戦してるみたいだし、グレイさんたちもすごいことになってるし。でも君たちを助けに来れるような余裕がある人はいないみたいだね。ノインが強いのは予想外だったけど、リーンなら大丈夫だろうし、何より加勢したらたぶん怒られるし。じゃあボクは、ボクの仕事を果たさなきゃ」
まして、目の前にいる怪物のように、自分で斬った相手への興味をすぐに失い、顔色一つ変えずに剣の血を払える奴なんて、おかしすぎる。
「………お前は、何なんだ?」
「ん?」
「………人を殺すことに慣れているのは分かる。けど、こんな残酷な殺し方をしておいて、戦意のない、命乞いをする人を斬って………お前は何とも思わないのか!?」
それは、俺の心からの叫びであり、疑問だった。
人間にしたってそうだ。打ち取った魔族を晒し者にして、最後は鳥の餌にしてしまうという話を聞いた時、なぜそこまでする必要があるんだと思った。
俺は、恐ろしいんだ。けど知りたいんだ。人を殺してなお平常心を保ってられる、その心を。
なぜなら、俺も何も感じないから。でもそれは、勇者の力による強制力だ。それを素で行える奴の気持ちがわからない。
ところが目の前の女………魔王軍四魔神将第一席、『戦神将』ヨミは、困ったような顔で腕を組んでしまった。
しばらくうなった後、ヨミは困惑の顔を崩さず、
「君さ。そこらへんに飛んでる蚊とか蠅を潰して、申し訳なく思う?」
「—————!?」
「『うわ、きったな』くらいしか思わないよね?その後、変な病気移されたりしないようにちゃんと洗うよね?………その当たり前のことを追及されたって、困るんだけど」
………その困ったような表情が、心からの言葉であり、疑問なんだと告げてきていた。
なんだ、それは?彼女といい、リーン………千条さんといい。
「人の命を、何だと思ってるんだ………!!」
「魔王軍のみんなの命は、みんな平等に尊くて、守るべきものだと思ってるさ。ただ、人間の命は紙くず以下にしか思ってないだけ」
「自分を、何様だと思ってる!?この世に奪っていい命なんて、何一つあるはずない!!」
「それを、何人ものボクたちの仲間を殺した『勇者様』に言われてもねえ………。それよりさっきから何なの?正義の味方気取り?」
「違う!俺はただ、無感情に人を殺すお前を見ていられないだけだ!」
「人を殺すことに、感情が関係あるのかな?君知らないの?人殺しってみんな外道なんだよ?外道同士でどっちがマシかなんて話し合ったって、むなしいだけだと思わないかな?」
「それはっ………」
「ああもう、めんどくさい。さっさと終わらせたいんだよ、ボクは。君の戯言に付き合ってられるほど暇じゃないんだ。だからロスした時間分を償って、抵抗しないでね?」
………ヨミは、腰の二本の剣を引き抜いた。
ダメだ、話し合える相手じゃない。まして、戦って勝てる相手でもない。
こっちの戦力は、俺、ジード、シグマ、アイ、ウィッカ、聖十二使徒第八位のレノアさん。
全員が平均ステータス五千を超える猛者。けど、間違いなくヨミは、ここにいる誰よりもダントツで強い。
「みんな、気を付けろ!絶対に目を離すな!撤退することを考えて………」
「………しまった、悪い癖が出ちゃった。仲間を一人一人斬り殺したら勇者は絶望してくれるかなって思ったら反射的に………まいっか、時間はあるし、こういうやり方も」
「え………?」
「い、いつの間に背後に!?ゼノ君、君は………え?」
俺たちは、ヨミに集中することなんてできなかった。
当然だ。仲間の一人、ウィッカの。前世からの知り合いで、学級委員長で、いつもクラスをまとめ上げてくれていた『石原怜奈』の。
体が、腰から両断されていたのだから。
「………どう………や………死に………な………」
「人間の死ぬ間際の顔っていうのは、いつ見ても飽きないね」
ヨミの言葉が言い終わった瞬間………ウィッカの体は崩れ落ち、二度と起き上がることはなかった。
※※※
「ウィッカああ!!」
「くそっ………《上級治癒》!………《上級治癒》!………何で効かねえんだよ!?」
「死んでるからだよ。当たり前じゃないか」
「よくもっ………!!」
体から、沸々と怒りがこみあげてくる。
ウィッカ、石原さんは、転生というありえない事態に困惑する仲間たちを、ずっと落ち着かせてくれていた、すごく優しくて、いい人だった。こんなことで、死んでよかったはずがない!
「そんなに怒ったって、ボクに勝てるようになるわけじゃないよ?どのみち皆殺しなんだから、遅いか早いかの違いじゃないか。ボクの動き、誰か一人でも見切れた?」
………見切れなかった。
ヨミが消える、背後にヨミが現れる、ウィッカが斬られる。………この三つが、ほぼ同時に起こったようにしか感じなかった。
「じゃあ次は誰を斬ろうかな?回復役の神官?魔法使い?………いや、ここは聖十二使徒を殺しておくべきかな」
そう言ってヨミが目を向けたのは、レノアさん。
聖十二使徒序列第八位『水連』のレノア。水魔法と格闘術の同時攻撃を得意とする、次期序列上位候補とまで言われていた少女。
けど、今この状況では、そんな肩書すらあまりにも儚いものだった。
「………………………」
「さっきから黙ってるけど、どうしちゃったのかな?まあいいか。じゃあさっさと………」
「許さない………」
「ん?なに?」
「絶対に!!お前なんか、許さない!!ぶっ殺してやるーーー!!」
そう叫んだレノアさんは、自分の髪を結んでいたゴムを引きちぎり、息を深く吸った。
するとその直後、レノアさんからあり得ないほどの力が溢れてきた。
これは………!?
「勇者サマ、アタシがこいつをぶっ殺すから、その間に逃げて!!どうせ死ぬなら、その前に道連れにしてやる!!」
「レノアさん、何を………」
「急いで!『女神の奇跡』は五分しか持たないんだから!!」
「『女神の奇跡』?あーなるほど、デューゲンがやたら強くなってたのもこれか。大方、聖十二使徒の減りが早いことを焦った女神ミザリーが、死と引き換えに与えた超パワーアップってとこかな?」
ヨミも若干驚いたような顔で、レノアさんを見つめている。
「ステータス十倍………ってところかな。戦いを見る限り、レノアの平均ステータスは9000を少し上回る程度。………なるほど、ステータスではボクを上回ったね」
「デューゲン様とウィッカの仇、思いしれえええ!!」
「確かにあのままじゃ、君は一瞬でボクに殺されていた。それを踏まえれば、五分とはいえ、延命とパワーアップを選んだのは間違いじゃない」
「死ねえええええ!!」
「けどダメだね。未熟すぎる」
「………………………え?」
事態は一瞬で起こった。
レノアさんは、手に入れた力で、目にもとまらぬ速さでヨミに向かっていった。
そしてヨミもまた、剣を構え、やがて二人は交差し。
ヨミは無傷。そしてレノアさんは、首と四肢を斬り落とされていた。
結構、ヨミの強さがピンとこないので、はっきり明言します。
ヨミの一番やばいところは、『ステータス差が仕事しない』ってところです。
ヨミの平均ステータスは8万くらいですけど、魔剣の防御貫通と剣術チートで、半月のリーン(平均15万くらい)であれば時間はかかるにしても負けることはないくらいには強いです。さすがに満月では勝てませんけど。