吸血姫vs魔哭
………マジ助かった。ヨミが来てくれて。
遅れたのはいかんけど、最高のタイミングで現れたよ。ヒーローは遅れてやってくるってやつだね。やっぱりえぐいほど主人公補正かかってんな、あの子。
今、ヨミは勇者たちを殺しにかかっている。いやこれは終わっただろ。
過去、ヨミが出陣した戦いで、生き残った人間はだれ一人としていない。まして、『勇者』という職業のすべてを知り尽くしている元勇者のヨミにとって、今の未熟で弱くて才能も無い勇者ゼノなんて雑魚以下だろう。
『戦神将』ヨミが、なぜ魔王軍筆頭なのか、それを体に刻んで死ぬことになるだろうね、あっちは。わーお気の毒。ざまあ。
ヨミの計らいで、私はついに、この男と対面した。
私のお母さんであり、魔王様の娘、ミネア・ブラッドロードを殺した、私が今生きている人間の中で最も憎んでいる男。
「………一対一だね、ノイン。もう絶対に逃がさない。………殺すのは私じゃないけど、死にたくなるくらいの地獄は見てもらう」
「うっうっ………なんと………仲間と引き離されてしまいました………絶体絶命………!」
聖十二使徒序列第六位『魔哭』のノイン。
憎んでも憎み切れない、泣き面野郎。
………死ぬほど痛めつけて、魔王様の元に送ってやる。
※※※
「うう………あなたのことは、ぐすっ………よく覚えています。母が必死に庇い、あの燃え盛る里から唯一逃げ出した少女!嗚呼、悲しい………このようなことになるなら、是が非でもあなたをあの場で殺しておくべきだった………」
「………まあ、これからお前は私に死ぬほど恐ろしい目にあわされるわけだけど。それさ、いい加減やめてくれる?」
「それ………?なんの、ことでしょうか………ううっ」
「そのウソ泣き。………お前、悲しんでなんかいないでしょ?里を滅ぼした時も、今こうやって私がここにいることも。なんなら、イーディスが死んだことだって悲しんでない」
「何を………」
「人間はお前を、あらゆることに心を痛める慈悲深い男とでも思ってるのかもしれないけど、むしろ真逆。お前は、『悲しい』って思ったことがないんじゃないの?自分の感情の中で、それを感じる部分だけが欠落している」
「………………………」
「でも、命と『慈悲』をつかさどる女神、ミザリーを信仰するお前にとって、それは知られたくないことだった。だから過剰なほどに悲しむ『演技』をずっとしてたわけだ」
これは私の妄想ではない。吸血鬼の五感に基づく、根拠ある仮説だ。
気持ち悪いことに、いつも涙を流しているこいつの表情に反して、こいつの声、仕草、顔色なんかは、すべて一定を保っていた。
つまりは、心が微塵も動いていない。おそらくこいつには、他人の身にになって悲しんだり、相手を哀れんだりする心が存在しない。
「気持ち悪いんだよ。あんたの言ってることや表情と、脈拍や声色が全く連動してない。こうやっているだけで、不快なんだわ」
「………………………なるほど。吸血鬼の五感、甘く見すぎたか」
そしてノインは、演技をやめた。もうそこには、さっきまでの泣き面大男は存在していなかった。
ただ無表情に私を見下ろす、善人の皮をかぶっていた殺戮者がいた。
「ようやく素を出したか。じゃあ、これでいろいろすっきりしたところで………拷問の時間だ。覚悟はいいよね?」
「さて、拷問されるのはどっちか」
「………あ?お前、あれだけ私の強さを見て、まだ自分に勝機があるとでも思ってんの?私をなめるなよ?デューゲンは死んだし、ハサドもすぐにヨミが殺す。ヘレナとゲイルはサクラ君とグレイさんが足止めしてる。助けなんて来ないからな」
「無論、誰かの助けなど借りるつもりはない」
なに、こいつも自信過剰タイプなの?
めんどくさいし腹立つわ、さっさと始めよう。
そう思い、私が構えるより少し早く、ノインは帽子を取り出し、それをかぶった。なんだそれ、ルーティーンか何か………
直後、私を強い気配が襲った。
発生源は………ノインだ。あの帽子をかぶった瞬間、急にステータスが上がって………!?
「………驚いたか、リーン・ブラッドロード。私をなめていたのはお前の方だ」
「お前、何を………!?」
「この帽子は、神器『蓄帽プヴァラ』。有する特性は、『ステータスの蓄積』だ。レベルアップや個人の能力向上によるステータスの上昇。この帽子はそれをステータスに反映せず、吸収してしまうのだ。だが、この帽子をかぶりさえすれば、その吸収されたステータスは本人に戻る。利子をつけてな」
………つまり、強化を遅らせる代わりに、もともと増えるはずだった上昇量に色がついてくるってことか。
才能の差を埋めるって面ではかなり強力な神器だ。だけど疑問がある。
「なんで、お前が神器を持ってる。あれは第五位以上の強さを持つ者にしか与えられないはずだろ」
「それは間違いだ。本来は第六位以上の強さを持つ者に与えられる物。だが神器の特性上、私とハサドの実力が開き、いつのまにか『五位が区切り』と言われるようになった」
それが本当だとすると。
ノインは、私が思っていたような雑魚ではなく、私が四魔神将として対処しなければならない、『敵』に値するということだ。
実際、帽子をかぶった直後から、ノインのステータスが跳ね上がっている。一万五千程度だった奴のステータスが、今や四万を超えている。それでも私には及ばないけど、ステータスの差は絶対じゃない。もしかすると、私でも危ういかもしれない。
「本来の私は、第六位という生半可な序列ではない。力を解放した私の実力は、ゲイル殿に迫るものと思え。………デューゲンやハサドのような未熟者と同列に考えるなよ」
「………癪だけど、そうみたいね」
………マジか。私の気が済むまで痛い目に合わせて、魔王様のところに送り届け、その後ヘレナとゲイルを相手する二人の加勢に回る手はずだったのに、これじゃ無理だ。
まさか、ノインが強いなんて想定外だ。魔王様も驚かれていると思う。
私情を優先することを視野に入れてたのは、私の拷問タイムを計画に入れても、十分に成功率が高い計画だったからだ。だけどこうなった以上、拷問がどうとか、言ってられないかもしれない。魔王軍の兵として、こいつを無力化することを考える。
「………痛めつけんのは、戦いの中だけで我慢するしかないか」
「何をぶつぶつと。………ではいくぞ!」
そう言って、ノインは多重魔法を展開し始めた。
「やばっ………!」
「《天炎》《重力刃》《雷の審判》!」
天から炎と雷が降り注ぎ、地から重力の圧縮された刃が襲ってくる。
未来予知で先読みした私は、安全なルートで魔法を潜り抜け、攻勢に打って出る。
「《闇災》《闇属性付与・氷山圧殺》!」
「《反射結界》!………ぬうっ」
多少魔法を跳ね返されて、空中で避けきれずに傷を負ってしまった。
けどノインも無傷ではなく、反射しきれなかった氷山の一撃がかなりの数突き刺さっていいて、さらに闇属性魔法による力で力を持っていかれていた。
「………なかなかやる」
「褒められたって嬉しくない。さっさとくたばれ」
そして再び、ノインの魔法と私の魔法がぶつかり合った。