元勇者vs巨弓
状況はよくわからないけど、とりあえずボクは間に合ったみたい。まさか神器を忘れるとは、我ながらうっかりだよ。
デューゲンが変に光ってたり、ヘレナとゲイルがいたり、何かおかしなことがいくつか起きてるみたいだけど、魔王軍の目的は変わらない。
勇者を殺す。ただそれだけだ。
「できるだけ抵抗しないでいてくれるとありがたいな。ボクも仕事を増やされたくないし、君たちだって苦しんで死にたくはないでしょ?」
「………お前は………本当に、『ヨミ』なのか?」
?なんでそんな当たり前のことを聞くんだろう。
「そうだよ。ボクが『戦神将』ヨミだ。自分でいうのもあれだけど、少なくともここにいる君たちが束になったって、かすり傷一つ負わせられるか怪しい、くらいの実力ではあるよ」
「女の子、だったのかよ!?」
「嘘でしょう………?なんで今まで誰も知らなかった魔王軍最強が、よりによってこんな時に………!」
「こんな時だからだよ。魔王様は、勇者という存在を警戒しておられるからね。そろそろボクも、人目を忍んでこそこそ戦うのは飽きてたから、ちょうどよかったよ。さて、質問は終わりかな?なら早く終わらせなきゃ。これ以上時間をかけて、援軍にでも来られたら面倒だし………」
と、ボクが腰に差した二本の剣を引き抜いた瞬間、目の前に槍のような巨大な矢が迫ってきた。
これは、ハサドの『巨弓ダリオン』か。
少し右に飛びのいてよける。
「避けた!ということは、お前は空間系の魔法は使えないんだな!」
「………まあそうだね。魔法は不得手だよ」
実際ボクは、身体強化魔法以外使えないしね。
「は、ははは!なら問題ない!空間を捻じ曲げて矢をそらすサクラ・フォレスターのような無茶苦茶な力さえなければ、僕だって勝機はある!僕がこいつを打ち取れば、きっと僕が法皇に………!」
この出世欲、昔から全然変わってないね。
ボクは、勇者時代に聖十二使徒に痛めつけられていた経験から、古参の聖十二使徒の能力や性格は大体知っている。
こいつはボクを、ルヴェルズに小言を言われた腹いせみたいに、痛みに耐える訓練と言って矢を何度も打ち込んできたような男だ。………あ、思い出したら殺したくなった。
「ははは!いいぞ!僕は強い!僕の天敵は、あのサクラだけ!どんな力持ってるか知らないけど、僕の矢はそのすべてを貫く!」
「………ふうん」
連射される神器。避けるボク。
正直、こいつは戦い方を間違えていると思う。ダリオンは巨大な弓矢だけど、その分力が強くて、射程が長い。
超ロングレンジからの狙撃だったら、『魔法・物理にかかわらずあらゆる防御を透過する』っていうダリオンの凶悪な特性で、少なくとも初撃は命中する可能性が高い。
『暗殺』に徹すれば恐ろしい敵だろうに、こいつはそれをしない。なぜなら目立ちたがり屋だから。
「これが第五位?弱いね、弱すぎる。やっぱり第三位未満はそこまで警戒しなくてもよしか………」
「なんだと、貴様!」
降り注ぐ矢の雨が、一層強くなった。
すると一発だけ、どうしても避けきれないところに来てしまった。
当たっても重症にもならないだろうけど、こいつごときに魔王軍最強のボクが傷つけられたとなっては、魔王様の名に傷がつく。
それは避けなければならない。だからボクは、剣を構えた。
「ははははは!!無駄だ!ダリオンの矢は、生物の皮膚以外のあらゆる防御を透過する!!剣なんて構えたって、すり抜けてお前にブスッ!だ!」
そう。普通はハサドの言う通り、剣で弾こうとしても矢は通り抜け、ボクに突き刺さる。
「ほいっ」
——————スパンッ。
まあだけど、今のボクは普通じゃないからね。
迫ってきた矢を、一ミリの狂いもなく真っ二つにした。普通に。あっさりと。
勝ち誇っていたハサドも、「もしかしたらいけるんじゃ」みたいな期待のまなざしで見てた勇者パーティも、みんな嘲笑うように。
「…………は?は?はあ?………ダ、ダリオンの矢が!?そんなはずはない、ダリオンは防御貫通だぞ!?狙われたら最後、避けるしか生きる道はないんだぞお!?」
「法皇になりたいっていうならさ。神器の勉強もしておくべきだったね」
ボクは左手に握る、一本の剣を突き出した。
『魔剣ディアス』ではない。もう一本の愛剣だ。
「この剣も神器なんだよ。銘は『終剣アリウス』。有する特性は、『神器殺し』だ」
※※※
今から数千年前。時の大国の王は、自らの国を、更に繁栄させるため、その技術力を惜しみなく使い、九十九のマジックアイテムを作り出した。それが後に、『神器』と呼ばれるようになったアイテム。
王はその出来に満足したが、そしてある時、気づいてしまった。万が一神器が、破壊や殺戮のために使われてしまったら、この国は危険だ、と。
そこで王が作り出した、九十九番目の神器。最後に作られた、対神器用の神器。
それこそが、『終剣アリウス』。所有者に神器に対する完全耐性を与える、神器殺しの剣。
「アリウスは刃を鞘から抜いている間、所有者に対してあらゆる神器の影響に対する完全耐性を与える剣だ。無効化とは少し違うんだけどね。というわけで、その弓の特性は効かない。ボクにとってそれは、ちょっとでかくて威力が高いこと以外はただの弓。一生かかったってボクを貫くなんてできやしない」
「じ、神器に対する完全耐性………!?」
ハサドは青ざめた。それはそうだ、この弓は実際、ディアス並みに厄介な弓だ。防御を固めてもすべて透過して襲ってくる矢など、悪夢としか言いようがない。それを所有しているこいつは、サクラ君と会うまでは敵なしだったのも事実。
けど、ボクにはそれが通用しない。魔法強化系でこっちに直接的な被害を与えない、サクラ君の『王杖ハーティ』ならこの剣の天敵と言えるけど、こいつは違う。
いわばボクは、あらゆる武器系神器所有者の天敵だ。
「ハサド。君、勘違いしちゃったんだね。サクラ君が万能すぎたせいで、空間系の魔法を使われたから負けたなんて、そう思っちゃったんだね」
「や、やめろ………来るな………」
「でもさ、あんな多才なサクラ君を差し置いて、なんでボクが四魔神将筆頭の名を預かっているか………それを考えるべきだったと思うよ」
「く、来るな!こっちへ来るな!!」
「教えてあげるよ。なんでボクがサクラ君より順位が上なのか」
「来るなあああああ!!」
ハサドは、矢を乱射した。
そのすべてを叩き落して、ハサドの背後に回った。
「強者ぞろいの魔王軍で、君を負かしたサクラ君がいる中で。ボクがなぜ、四魔神将筆頭と言われているのか。それはね?」
「ひっ………やめ………」
「ボクが、サクラ君よりも強いからだ」
「や、やめてくれ!僕はまだ………」
「一矢報いたいなら、デューゲンが使ってたあの光の技を使いなよ。出来るんでしょ?」
「そ、それは………!」
「ああ、やっぱりね。出来るけどやりたくないんだね?あれは寿命を使うから。命を落とすことと引き換えのパワーアップだから。命惜しい君は使えないんだ」
「ま、待ってくれ………僕は見逃してくれよ………!お前たちの前に二度と姿を見せないと誓うから!お前は僕に、何の恨みもないはずだろう!?一人くらい見逃してくれたって、いいと思わないか!?なあ!!」
………人間が命乞いするさまっていうのは、いつ見てもいいものだね。
みっともなくて、意地汚くて、人間にぴったりの姿だ。
でも………恨みがないっていうのは、違うかな。
「ねえ、ハサド。ボクの顔に、見覚えない?」
「………はあ?」
間抜けな声を出すハサド。本当に覚えてないんだな。
「君、頭はいい方なんだし、頑張れば思い出せるんじゃない?十二年くらい前のことだよ」
「じゅ、十二年………?」
「戦場で会ったとかじゃない。神都でだ。ボクを何度も殴ったじゃないか。………忘れちゃったのかな?あの頃はくすんでた銀髪も、洗ったら結構きれいになったと思うんだけど」
ハサドはしばらく、その場で記憶を探るように固まり。
直後、ガタガタ震えだした。
「お、おま、おま、おまえ………まさか、あの時のっ!?何故、魔王軍に!?」
「さあね。これから死ぬ君に、言う必要ある?」
やっと思い出したのか。
ボクという、『元』人類最高戦力候補を。
するとハサドは、最後の力を振り絞るように、ボクに弓を投げつけた。一瞬ひるんだ瞬間、勢い良く勇者の方へ駆け出す。
なるほど、腐っても聖十二使徒、勇者を守るって本分は忘れてなかったのか。
「勇者様ああ!お逃げください!!あいつはだめだ!!あなたでは絶対に勝てない!!」
「え………?」
「そうか………そうだったのか!は、早くこれをルヴェルズ様に伝えないと、大変なことに!!」
まあ、それが今回、ボクが出てきた狙いの一つでもあるんだけど。
「ハサドさん、落ち着いてください!」
「早く逃げないと!!あいつは………あいつは最悪だ!!なんでこんなことに!」
「どうしたんですか!何か話してたみたいですけど、なにが!」
「あ、あいつは………あの女は、先々代の………!!」
でも、なんだかんだで強いハサドを逃がすメリットはない。
ハサドはなんだかんだ強い。四魔神将級じゃないと相手にならない程度には。
ここで消しておくのが得策だ。
「その程度の逃げ足で、ボクから逃げられるって?ボクの強さは、君たち聖十二使徒もよくわかっているだろ?」
「うわああ!!待ってくれ!!あの時は仕方がなかったんだ!!命令で!!だから俺は悪くないんだ!!頼む、殺さないでっ」
何か言うハサドの体を、ボクはディアスで縦に両断した。
二つに割れ、物言わなくなったハサドから、血が噴き出る。
「………はい、一番面倒な掃除は終わった。次は君たちだね、勇者君。そろそろ覚悟は決まったかな?」