転生勇者と厄災
「ご無事で何よりです、勇者様。あとは我々にお任せを」
その声と共に、上から二つの影が降り立った。
リーン・ブラッドロード。その正体は、やはり俺と同じ転生者。
しかも、俺の初恋の相手だった人。千条夜菜さんだった。
人間を滅ぼすと言い、かつて人間だったにも関わらず、人類の敵となっている彼女を見ていられず、俺は彼女を止めようと思った。もう、彼女に人殺しなんてさせたくなかったから。
でも、無理だった。俺の言葉は届かず、やむを得ず力づくで止めようとすれば、その圧倒的な力に体が震えた。
一瞬で悟った、『格が違う』と。
死すら覚悟した俺だったけど、直後、リーンを赤い閃光が襲った。
放ったのは、聖十二使徒序列第三位『天命』のゲイルさん。
しかも、第二位の『宝眼』のヘレナさんまで来た。
俺を守るために………というよりは。
リーン・ブラッドロードを殺すために。
「………まさか第二位と第三位がお出ましとはね。さすがに予想外だったよ」
「こちらもまさか、初日から襲ってくるなんて思わなかったわ。しかも四魔神将が三人………よほど勇者様を亡き者にしたいのね」
「当然。無限に強くなるなんて特性を持つ職業持ち、生かしておくメリットがどこにもないからね。殺すのは早いに越したことはないでしょ」
「ふふふ、確かにそうですね。不穏分子は先に摘んでおく………当たり前のことです。………おっと、自己紹介がまだでしたね。私はゲイル。聖十二使徒の序列第三位の順位を拝命しております。短いお付き合いになるとは思いますが、ご容赦を」
「聖十二使徒序列第二位、ヘレナよ。ゲイルの言う通り、不穏分子は先に摘むべき。………我々にとっての不穏分子はあなたよ、リーン・ブラッドロード」
「これはどうもご丁寧に。私は魔王軍四魔神将第二席、リーン。どうも初めまして。どうせ死ぬんだから覚えなくてもいいけどね」
一見平静を保ってるリーンだけど、俺にはわかる。
彼女は焦っている。
いくらリーンが強いとはいえ、人類最強クラスの二人を同時に相手できるほどではないってことだ。
(………やーばいなあ。予想外だわ、この二人まで出てくるとは。夜なら二対一でも何とかなるかもしれないけど、昼間の私じゃ、ヘレナ一人すらきついかも。………サクラ君とグレイさんのどっちかをこっちに………いやいや、なんか超パワーアップしてるデューゲンは侮れない。生命力が尽きるまで二人で持ってもらうのが最善。………でもこのままだと、勇者とノインが………!)
「勇者様、今のうちにお逃げを。ハサド、護衛は頼みましたよ」
「かしこまりました!!………さあ行きますよ、勇者様!」
「ま………待ってください!俺はまだ、彼女に話が!」
「何を言っているんです、さっきのお話の意味は分かりませんが、リーンは最悪の『敵』!同情など不要です!………それともアレを止めるおつもりですか!あの化け物を!」
「………そ、それは………!」
正論だった。
俺じゃあ、彼女を止められない。怒りと悲しみに支配された彼女を助けたいなら、まずは彼女よりも強くならなければならないのかもしれない。
………でもどう考えても、俺がリーンより強くなる光景が思い浮かばなかった。
「僕も、あれに勝てると思うほどうぬぼれません!ゲイル様とヘレナ様に任せましょう!」
………向こうではすでに、ゲイルさんとヘレナさん、リーンの戦いが始まっていた。
「クソッ、逃げるな勇者!!待てノイン!!」
「行かせると思うかしら!?」
「《破壊波動》!」
「!?いっつ………!」
恐ろしいほどの威力の魔法と、凄まじいエネルギーのぶつかり合い。
俺があの中に入っても死ぬだけだと、本能が告げていた。
「うう………!勇者様、ここは引きましょう………!嗚呼、無力な自分が悲しい………」
「そーだよ、あれは無理!!アタシたちの出る幕じゃないって!」
「ゼノ君、気持ちはわかりますが、ここは体勢を立て直しましょう!!」
「そうだ、お前は生きなきゃならねえ!勇者として!」
「………わかった」
俺は………逃げることに決めた。
今の俺じゃあ、彼女を止めることはできない。俺は弱い。それを今日、痛感した。
「アイ、転移阻害結界の外に出たら、すぐに転移を!!」
「はい!」
強くならなければ。もっと努力しよう。血反吐を吐くまで修行しよう。
いつか、彼女に勝てるように………
「おい待て!待てえええ!!!」
「………加勢に………行きたいが………!」
「な、なんなんでしょうか、これ………デューゲンが、不自然に強く………」
「四魔神将!!この命尽きる前に、一人くらいは道連れにさせてもらうぞ!!」
「月の加護がなくてもこの強さ………やはり危険ね」
「ですが、勇者様は逃がせました。勇者様さえ生きていれば………」
後ろに聞こえる声を背に、俺は走った。
ただひたすら、無心になって。
仲間たちと共に。
厄災は、ちょうどこの時現れた。
最初に奴を見つけたのは、ハサドさんだった。
「………なんだ、上から何か………?」
その直後、照りつける日に、一瞬影が差した。思わず俺たちも上を見上げると、影が動いた。
影は徐々に大きくなり、やがて人型に見えた。そして、影は俺たちの前に、つまり地面に、着地した。
その瞬間、日の光で若干眩んだ目が戻り、その姿を完全にとらえることができた。
それは人型の影ではなく、人そのものだった。
青いマントを羽織り、二本の長剣を携えた、銀髪の女の子。
歳は、少なくとも外見は、俺と同じくらいに見える。
………誰だ?どう見ても人間だ。ということは味方?
俺の知らない、聖十二使徒の誰かか?
「………ふう、この辺のはずなんだけど。もう終わっちゃってるかな………?」
彼女は、辺りを見渡し………そして俺と目が合った。
その瞬間、俺をかつてない恐怖と悪寒が襲った。
理性ではない。本能ですらない。
体の中にある説明できない何かが、俺に警鐘を鳴らした感覚を覚えた。
———この少女は、リーンやサクラ以上に危険だと。
「………君、勇者だね。なんでまだ生きてるの?リーンたちが向かったはずなのに」
この言葉で、魔王軍の関係者だということはわかった。
ということは魔族なのだろうが、何の種族かはわからなかった。
俺の体は依然として動かない。何か妙な力で縛られたかのように、その場で固まっていることしかできなかった。
そして、動けないのは周りも同じだった。唯一動けていたのは、ハサドさんとノインさんだけ。それ以外は全員、俺と同じ状態にあるようだった。
「もしかして、何かの作戦なのかな?君たちを『威圧』したのは早計?………んーでも、みすみすリーンが勇者を見過ごすとは思えないし………」
「ああっ!やっと来てくれた!!」
「あ、リーン!………って、なんでヘレナとゲイルがいるの?」
「説明は後!すぐにそこにいる勇者を………………いや違う、念には念を入れるべきだから………そこでサクラ君とグレイさんと戦ってる、アイツ斬って!!」
俺たちが必死で引き離した距離を、いともたやすく詰めてきたリーン、ヘレナさん、ゲイルさん。
けど、いまさらそんなことでは驚かない。驚いたのは、リーンの表情だ。
顔を輝かせ、安堵しているような表情だった。
「あれ、デューゲンだよね?なんであんなにきらきら光って………よくわからない。まあ斬れと言われれば斬るけどさ」
そう言って銀髪の少女は、二本の剣のうち、一本を抜いた。
直後、ヘレナさんとゲイルさんが、少女に飛び掛かった。
示し合わせたわけじゃなくて、まるでそうせざるを得なかったという感じで、リーンすら無視して、剣を構える少女に攻撃を仕掛けた。
多分、二人も俺と似た感覚を味わったんだ。グレイの徒手空拳、サクラの魔法、リーンの残虐性。そんなものどうでもよくなるような、あの悪寒を。
「ノイン!!」
「分かっています!この者をデューゲンに近づけては………」
「《身体強化―――超加速・正確無比・行動予測》」
ヘレナさんとノインさんの同時攻撃が、少女のいた場所に突き刺さった。
………だが。
「!?………消えた!」
「何処に………」
「ぐっ、このまま何も成さずに死ぬわけにはいかん!絶対に貴様らのどちらかは道連れにしてくれるぞ、四魔神将!」
「ほい」
「!?誰っ………………え?」
デューゲンさんの言葉は、その後つながらなかった。何故か。
………銀髪の少女の剣が、最硬とすら思えるほどのデューゲンさんの首を、いとも簡単に切り飛ばしたからだ。
※※※
「………………………は?」
そう、言葉に出したのは誰だったんだろうか。
目の前の光景が信じられなかった。幻覚と言われた方がまだ納得がいく。
謎の光を発した途端、異常なほどに強くなったデューゲンさん。あのサクラやグレイの攻撃すら、一切受け付けないほどの防御力を手にしていたデューゲンさんが。
可憐な少女の剣に、あっさりと首を落とされた。
「これでいいんだよね?」
「さっすが………防御貫通能力の『魔剣ディアス』使ってたこと差し引いても、お見事としか言いようがないわ」
「あはは、照れるな。で、あれなんだったの?」
「わかんないけど、多分寿命と引き換えに強さを得るタイプの力だね。使ったら確実に死ぬ的なやつ。まあそれは後でゆっくり話すとして。これで………」
「………助かった………正直………攻めあぐねていた………」
「は、はい、ありがとうございました!さすがです!」
「この二人もこっちに専念できるってわけ。いくら第二位と第三位がいても、四魔神将全員を相手に、勇者を守り切れるとは思えないけど?………ねえ、ヨミ?」
「そうだね。じゃあボクが勇者とかハサドとかの相手をするから、サクラ君とグレイさんはゲイルとヘレナを。リーンは安心して、ノインと遊んできなよ」
「そうする。ありがとう、助かる」
………頭が真っ白になった。
今、リーンは、あの少女のことを、何と呼んだ?
ヨミ。
この四年間で何度も耳にした。
「じゃあ、勇者とその仲間。ここからはボクが相手だ。まずは挨拶からだね。………初めまして。ボクはヨミ」
外見、能力、戦歴、その一切が不明。
なのに、魔王軍の中で最高位の称号を持つ、謎に包まれていた存在。
「魔王軍四魔神将第一席。『戦神将』ヨミ」
魔王軍最強。魔王の右腕。最強の剣術使い。
誰も見たことがなかった厄災が、今、俺たちの目の前にいる。
「じゃあ早速で悪いけど。早く終わらせて、サクラ君とグレイさんの加勢に行きたいから………とっとと死んでもらうよ」