吸血姫と勇者
さて………とっとと勇者を仕留めて、ノインに着手しないとね。
私自身も待てないし、魔王様が待ちわびてるだろうし。
でも、ハサドがいるのは厄介だな。ほぼ負けることはないけど、殺すまで時間がかかるかも。
私は四魔神将の第二席だけど、それはあくまで、月の加護を考慮した結果。昼間の今では、戦闘能力は後ろの二人に劣る。
まあ、それでもここにいる連中皆殺しにして余りあるくらいの強さはあるけど、一応ここにいる全員のステータスがそれなりの実力者、勇者に至っては平均一万を超えてるから、時間がかかっちゃう。
「じゃあまあ、広範囲系の魔法で一気に焼き払って………生き残ったやつを順番につぶせばいいか」
勿論、ノインだけは対象外にして、拘束魔法か何かで………
「………待ってくれ」
ん?勇者?
命乞いかね?どうせ生かすつもりないし、面倒だから勘弁してほしいんだけど。命乞いを聞くのが大好きなのはヨミの方だっつの。
………まあ、こいつと周りにいる四人は、私の元クラスメートの転生者。せめてもの慈悲で、一言くらい聞いてやるか。
「なに?さっさとしてほしいんだけど」
「………単刀直入に聞く。君は………俺たちと同じ、なのか?」
どういう意味かと一秒考えて、『同じ転生者なのか』と聞きたいのだと悟った。
あれ、なんでこいつが知ってんの?漏れるようなことしたっけ?
とりあえずしらばっくれとくか。
「は?どういう意味?私を混乱させて逃げようって魂胆なら、すぐに殺すけど」
「………………四年前、俺はS級冒険者のジュリアさんから聞いたんだ。勇者アヴィスと君が話しているとき、別々の名前で呼んでたって」
「ジュリア………?」
誰それ?記憶の片隅に引っかかる感じはあるけど、全く思い出せん。
私が覚えてないってことは、たぶん私が殺したんだとは思う。殺した人間の名前なんかいちいち覚えちゃいないし、逆に殺し損ねた人間の名前は全部覚えてるし。
「ねーねー、サクラくーん!私関連で、『ジュリア』って名前に聞き覚えあるー!?」
思い出せなかったので、頭がいいサクラ君に聞くことにした。
何やらおかしくなったデューゲンと戦闘中だったけど、二対一で余裕綽々だったし大丈夫でしょ。
「え?………えーっと………………たしかその、四年前にリーンさんが殺した、勇者アヴィスの………取り巻きのS級冒険者で………メッセンジャーとして、生かした………人だったかと………」
………………………?
………………………!!
「あー!あいつか!思い出した思い出した。爆弾と毒の二段構えで殺したあの女ね!あーすっきりした」
ノインとイーディスへの伝言と、四魔神将という恐怖を人間に与えるために三日だけ殺すのを待ってあげた与えた女だ。
「………で、そいつが私とあの先代勇者について、あんたに話したってこと?」
「………………そうだ」
「ちょ、ちょっと待ってください!ゼノ君、さっきから何の話を………」
「………他の連中には言ってなかったのか。てことは、あの女も私たちの会話に確証があったわけじゃなくて、あんたにだけ教えたってことかな」
「………ああ。彼女は死ぬ前に俺に話したんだ。君が勇者アヴィスのことを………『黒田』って呼んでたことを」
その言葉に反応したのは、周りの事情を知らなかった転生者たち。
「………お、おい、どういうことだよ!」
「なんで四魔神将が、アヴィスの昔の名前を………」
「簡単な話さ。彼女………リーン・ブラッドロードも転生者なんだ。俺たちと同じ、あの日ガス爆発で死んだ、被害者の一人。なんで吸血鬼になったのかは分からないけど」
おいおい、私の情報ペラペラしゃべってくれちゃって。《無音》の魔法を周囲に張ってなけりゃ、グレイさんとサクラ君に聞こえたかもしれないじゃん。
それに、ハサドとノイン、新参の序列第八位のレノアがいるこの場で話したって、聖十二使徒組は困惑するでしょ。さっきから何話してるかわからないって顔してるよ。
別に私が転生者だってことを積極的に隠してるわけじゃないけど、私の情報がわずかにでも漏れるのは面白くない。………まいっか、どうせここにいる連中しか聞いてないんだから、全員殺せば済むことだし。
「まあ、あんたらはどうせここで死ぬんだし、教えてあげるけど。お察しの通り、私は転生者。あなたの元教え子だよ、緋崎先生。今はアイって名前だっけ?」
「――――――――――!?」
「う、嘘でしょう!?」
「お、お前………誰なんだ………?昔の名前は何なんだよ!」
「それももう、勇者ゼノはわかってるんじゃない?私が黒田殺した時、あいつと取り巻き共、割と私の昔の名前呼んでたし」
「………そうか。やっぱり、君は………千条さん、なんだな」
「え………?」
「………………………千条?千条夜菜さん………!?」
「黒田たちに、いじめられてた………」
「そうだね。でも今はリーン・ブラッドロードだから、あんまり昔の名前連呼するのはやめてほしいけど」
「………黒田たちを殺したのは、前世の復讐か」
「それもあるし、任務だったってのもある。勇者を殺して、人間の希望を奪うのは、魔王軍の大切な仕事だからね」
あの日は最高だった。
前世ではただただ耐えることしかできない苦痛の日々を送っていた。その原因となっていた連中を、圧倒的な力でねじ伏せて、その断末魔を聞いた時の高揚感と言ったら、あれに勝る爽快感はないね。
「ね、ねえ、千条さん。今は吸血鬼とはいえ、何で人間だったあなたが、魔王軍に………」
「わかり切った質問しないでよ。えーっとあんたは………『石原怜奈』?………ああ、委員長か。決まってるじゃん。私、人間大っ嫌いだから。だから人間を全員殺すために、魔王軍に入ったの」
「なん………!?」
「前世では、親にも相手にされず、あのクズたちからいじめを受け続けて。先生に相談しても、みんな見ていても、誰も助けてくれなかった。ねえ緋崎センセ?私はあんたに、助けを求めたよね?何度も。………でも黒田が財閥の御曹司だったからって理由で、もみ消したよね」
「そ、それは………!」
「だから、死んでこの世界に転生した時、私は正直、最高に嬉しかった。かつてできなかった、『人並みの幸せ』ってやつを、私はイスズ様からもらえたんだって。そう思った。………でも人間は、そんな私の小さな願いすら、たったの一日で奪った。イーディスと、そこにいるノインがね」
「………吸血鬼の里を、滅ぼされたことか?」
「ああそうだよ!あんたらに想像できるか!?やっと手に入れた幸せを、自分が正しいと思い込んでるクソ種族に奪われた時の、私の気持ちが!!生まれ変わってできた両親も、友達も、仲間たち全員、たった一日で奪われた!!」
「………あの日、私は悟った。人間なんて存在してるから、私の幸せは崩れたんだ。人間がいる限り、私も、他の魔族のみんなも、本当の意味で幸福を得ることはできない。だからもう、人間を滅ぼすことにした」
「千条さん、それはっ………!!」
「私の幸せを奪い、あの子の人生をめちゃくちゃにして、魔王様の愛する人たちを傷つけ、殺した人間共………!まだ生き残ってるってだけで虫唾が走る!だから誓った!私は人間を滅ぼして、私が仲間たちと楽しく生きれる世界を作る!!………その理想に、お前たちは邪魔だ。だから死ね」
※※※
ふう、言いたいこと言えてすっきりした。
私が元人間だって思い出させられたんで、死ぬほどイラついたから、叫べてよかったよ。
さて、言うこと言ったし、そろそろ全員殺………
「千条さん、それは違う!」
………あ゛?
「たしかに、人間はひどい生き物だ!俺だってそう思う!」
「ゆ、勇者様!?」
「だけど!人間には悪い部分と同じくらいのっ」
「あ、そういうのいいから。あのさ、まさかとは思うけど、私のこと説得できるとか思ってない?無理だから。いろいろさっき私言ったけどね、結局私が言いたいことって、『人間が死ぬほど嫌いだからぶっ殺す』、これに落ち着くんだよ。生理的に受け付けないの。あんただって、ゴキブリ見つけたら反射的に殺したくなるでしょ?それと同じ」
「人間と虫は違う!」
「同じだよ、私にとってはね。いや、益虫がいるだけ虫の方が百倍くらいマシかな?」
まさか、私の心を動かそうとしてくるとは。王道ファンタジーの主人公かあいつは。
けどあの手の話は、大体が『この人だけは、違うのかもしれない………!』みたいな展開で恋に発展するやつ。生憎私にとっての『この人だけは違う』パターンの人間は、魔王軍に寝返ったヨミであって、こいつに関しては人間の親玉候補くらいの認識しかない。
ヨミ以外の人間の言葉なんてその辺の石ころより興味ない私に、説得なんて不可能な話。
「だーかーらー、あんたはどうあがいたって何言ったって、ここで私たちに殺されんの。勇者ゼノさえ殺せれば、人間の希望は潰えて、私たち四魔神将の独壇場になる。まあ安心してよ、他の転生者も全員、近いうちに私が殺して地獄に送ってあげるから」
「………どうしても、引く気はないんだな」
「ないね。あるわけないでしょ」
「………わかった」
は?なにが?
「なら、俺が君を止める。俺が勇者として。千条さん………いや、リーン・ブラッドロード。お前を、止めてみせる!」
………へええ?言うじゃないの。
「お前ごときが私を?四魔神将第二席、魔王軍準最強たるこの私を?………うぬぼれるのもいい加減にしろよ、弱小勇者ごときが」
そういうと同時に、私は抑えていた力を抜いた。
普段は隠している、私の『強者のオーラ』ってやつが、戦場を駆け抜ける。
あーあ、転生者組はすっかり怯えちゃって。
「そっちで辛うじて私と戦える戦力は、ボロボロのハサドだけ。聖十二使徒の下位とそれと同じくらいの雑魚なんて、私の相手にならない。早々に諦めて、首差し出してくれると、こっちとしても楽で………」
「リーンさん、後ろ!危ないです!」
「っ!?………うわっとお!?」
私が咄嗟に飛びのくと、元いた場所に超高位元素魔法《超熱砲》が突き刺さり、爆発した。
目の前に集中しすぎて、後ろの敵に気づけなかった………!?
でも、誰が?デューゲンは今、グレイさんとサクラ君と交戦中。他の人間は全員私の目の前にいる。
いったい誰………
「………定時連絡がなかったからまさかと思って駆け付けたけど。正解だったようね」
「ええ。まさか四魔神将が三人とは。しかもデューゲンが『女神の奇跡』を発動………事態は最悪に近いですが、我々が間に合ってよかったですね」
「あ、あれは………!?」
「………助かった、あの方たちが来てくださるなんて!」
人間たちが騒ぎ出す。だけど、それも仕方がない。
日本の法衣に似た着物を着る、オッドアイの女。
神父のような格好に聖書を持つ、ノインを超える巨漢。
あったことはないけど、間違いない。
「………よりによって、こいつらが来るか………!」
聖十二使徒序列第三位『天命』のゲイル。
聖十二使徒序列第二位『宝眼』のヘレナ。
聖十二使徒において、『三柱』と呼ばれる、序列三位以上のうち二人が、援軍にきやがった。




