転生勇者と危機
今の状況は、まさに『最悪』だ。
魔王直属の精鋭、人類にとって最悪の敵である存在、魔王軍四魔神将。
一人一人ですら、人類最強の守護者である聖十二使徒の上位を上回る力を持つ怪物。
そのうち、二人が今、俺たちの前に立ちふさがっていて、さらにはもう一人、今はここにはいないけど、すぐに戻ってくるだろう。
俺はそのもう一人と話がしたいんだが………今はそんなこと言ってられる状況じゃない。
「………サクラ………リーンが………戻ってくるまで………ノインは………傷つけないで………やろう………」
「は、はい。えっと、リーンさんのお母様で、魔王様の娘様の仇、ですもんね!僕たちが殺しちゃったら、きっと魔王様、すごく落ち込んじゃいますし………」
待て、今なんて言った?
『リーンの母親で、魔王の娘の仇』?つまり、リーン………千条さんは、魔王の………
「………死地で考え事とは………未熟………!」
「え?」
俺が瞬く間に、それなりの距離にいたはずのグレイが、距離を詰めてきていた。
俺はなすすべなく、反応もできず、ただその致死の拳を………
「………させるかあ!!」
だが、その拳が俺に突き刺さる前に、デューゲンさんが俺を突き飛ばしてくれたおかげで、俺は死なずに済んだ。
だけど、かわりにデューゲンさんに、その拳が入っていた。
「デューゲンさん!」
「………ふぬううん!!」
「………むっ………」
でもデューゲンさんにグレイの攻撃が効いた様子はなく、さらに攻勢にまで出ていた。
「がははは!我が『金剛』の力、何人も通しはせず!」
「………『金槍』の防御力………さすが………厄介だ………」
すごい。あれがデューゲンさんの神器『金槍フール』の力。
デューゲンさんをまとう金色のオーラは、デューゲンさん自身の防御・魔防の十倍の防御力を持つ。
魔王軍最強の体術使いであるグレイの攻撃すら、弾くのか。
「………少々………時間が………かかりそうだ………サクラ………この男は………俺がやる………お前は………先に………ハサドを………仕留めろ………」
「了解しました!………えへへ、また会いましたね………ハサドさん」
「ひっ………!」
善戦しているデューゲンさんに対して、ハサドさんは正直、頼りない。
というのも、さっきからすごくびくびくしている。あのサクラ・フォレスターがあらわれてからずっとだ。
さっきハサドさんがサクラについて語っていた時、本心からの恐れを感じた。おそらく、過去の戦闘がトラウマになってるんだ。
「………く、くそっ、やってやるよ!僕だって、この四年間遊んでたわけじゃない!今日こそお前を殺して、僕こそが法皇にふさわしいと証明してやる!」
「そう、ですか。じゃあ戦う前に………《牢獄結界》」
「「「!?」」」
サクラが魔法を放った。
でも、それはハサドさんに対してではなく。
「………おい、なんだこりゃあ!?」
「と、閉じ込められた!?」
「なんと………!うっうっ………これでは、他の皆様に加勢が………」
ハサドさんとデューゲンさん以外の、この場にいる勇者パーティ全員が、結界から出られなくなった。
「えっと………ちょろちょろ逃げられてもその、嫌ですし………ノインを傷つけたら、リーンさんに怒られますし………なのでその、しばらくそこで………この二人が死ぬのを、眺めててください………えへへえ………」
こいつ、やばい。
少女みたいな見た目して、恐ろしいことを言う。
かなりのサディスト………しかも、ドSだ。
「アイちゃん、この結界破れねえ?」
「や、やるだけはやってみますけど………」
「お願いします、先生!」
「あーもー、アタシも戦いたいー!ノインっち、なんとかしてよー!」
「うう………無理です………サクラ・フォレスターは、魔王軍最強の魔術師………!私ごときでは………ああ、悲しい………」
つまり今の俺たちにできることは、アイの結界破壊を期待して待ちつつ、デューゲンさんとハサドさんの勝利を応援することくらいってことか。
「………さあ………行くぞ………」
「が、頑張ります!」
※※※
俺は、心のどこかで、この世界の人間のように、魔族を甘く見ていたのかもしれない。
前世では、自分が勇者になって、魔王を倒し、人類の平和を取り戻すゲームが数多く存在した。
だから、この世界もそんな風に、いつかは人類が勝つんじゃないかと。そんなことを思っていたのかもしれない。
だが自分でも気づかなったそんな期待も、今、打ち砕かれた。
「ハア………ハア………ぬううん!」
「………《身体強化―――衝波・貫突》………………!」
「!?ぐあっ………!」
「くっそおお!当たれ!当たれよお!」
「《一点集中付与・降り注ぐ太陽》!」
「うわああ!!」
最強だと思っていた、聖十二使徒の上位二人。
その二人が今、圧倒されていた。
魔王軍四魔神将、魔王軍最強の精鋭とはいえ………その下位であるはずの二人に。
「………なんだよ、あれ」
「私たち………あんな化け物と戦えって言われてたの………?どうしろっていうのよ………!!」
仲間たちも放心状態。相手のあまりの強さに、俺を含めて、心が折れかけている。
………冗談だろ?あれで第三席と第四席?
リーン………千条さんは、あの化け物二人よりも強いのか?しかも、そのその三人すら上回る第一席、『戦神将』ヨミもいる?
………無理だ。
「………ぐああっ!」
「………槍の防御は………厄介だが………俺の………身体強化魔法と………神器『強服グラボラス』が………あれば………その防御も………ある程度は………貫ける………あとは………それを………蓄積するのみ………」
「ちくしょお………なんで、なんで当たらないんだよお………!」
「その、『巨弓ダリオン』は結界や鎧や盾などの防御を貫くだけで………時空魔法まではその、防げないので………空間を、捻じ曲げて………」
あんな化け物、今の俺たちが逆立ちしたって勝てない。
「………嬲る趣味は………ない………次で………終わらせよう………」
「えっと、僕はもう少し………楽しみたい、ですけど。任務ですし………こっちもそろそろ………」
デューゲンさんもハサドさんも、圧倒的な強さを持つグレイとサクラの前に敗れ去った。
次は、俺たちの番………なのか。
「………ここまで、か」
「畜生………なんで僕が………」
「ハサド。お前の神器は確か、防御系の装備や結界を透過するだけでなく、絶対破壊の効果を持っていたな?」
「え?………は、はい。一度使うと十分のインターバルが必要になりますけど」
「そいつで転移阻害の結界を破壊できるか?」
「む、無理です。規模がでかすぎて、射程範囲外だ」
「では、後ろの勇者様たちを捕らえている結界を壊せ。そして転移阻害結界から脱出、アイの転移魔法で撤退しろ。俺が時間を稼ぐ」
「は?いや、四魔神将を二人同時に相手して、一分すら持つか………怪しい………………まさか、デューゲンさん」
「………やむをえまい。『アレ』を使う。五分は稼ぐ。幸運が重なれば、どちらかは道連れにできるかもしれん」
「で、でもあれは、使用者の命を確実に………」
………?ハサドさんとデューゲンさんが何か話している。
「いいからやれ!勇者様を………人類の希望を見捨てる気か!」
「それはっ………わかりました、引き受けます」
一体、何の話を………
「うおおおお!!」
「………なんだ………何をする気だ………?」
「僕の結界に、なにかを………よ、よくわからないですけど、とりあえず殺さなきゃ………」
「させんぞ!………………ミザリー様、我に力を!」
事態は一瞬で変わった。
ハサドさんが敵に背を向けて、俺たちのところまで走ってきたと思えば、グレイとサクラにデューゲンさんが立ちふさがり。
するとデューゲンさんに、天から淡い光が降り注ぎ………………
「………………………ハアッ!!」
「………!?………なんだ………!?」
「な、なにこれ………!?」
デューゲンさんの顔に、五枚の花弁のようなあざが浮かび、素人でもわかるほどに強さが増した。
「勇者様、今結界を壊します!下がって!」
「ハサドさん、あれは………!?」
「説明は後です!………巨弓ダリオン、結界破壊に設定………ふっ!!」
ハサドさんがダリオンを放つと、アイが手も足も出なかった結界が、いともたやすく破壊された。
「さあ、逃げましょう!ほかの全員も走るんだ!アイ、転移阻害結界の外に出たら、速攻で転移魔法を!」
「でも、デューゲンさんが………」
「デューゲンさんが時間を稼いでくれているからこそ、逃げられるってことを忘れるな!」
「見捨てるってことかよ!?それはねえんじゃねえのか!?」
「仕方がないだろ!僕を責めたいなら後でいくらでも聞く!それよりぐずぐずするな、早くしないとデューゲンさんの命が無駄に!それに、四魔神将はあの二人だけじゃ………」
「おーい、サクラ君にグレイさーん。これどういう状況?」
「………ああっ………戻ってきた………!」
ハサドさんが、絶望的な表情をした。
上空を見上げるとそこには、拳を血まみれにして、ところどころにも返り血をつけている、リーンの姿があった。
あれはきっと………彼女と共に消えた、イーディスさんの血だ。
「リーンさん!」
「………リーン………状況は………わからんが………こいつは………厄介そうだ………俺とサクラが………デューゲンを………抑えている………間に………勇者ゼノと………その仲間を………全員………任せた………」
「えー、ノインだけ痛めつけて魔王様のところに送り届ける楽しい時間だと思ったのに………まいっか。分かりました、その変になったデューゲンはよろしくお願いします。生命力がぐんぐん減ってるんで、多分そいつ、五分もしないうちに死にますけどね」
………なんだって?
恐ろしいことをサラリと言ったリーンは。
美しくも恐ろしいその姿で、優雅に降り立った。
「こんにちは、そしてさようなら、勇者君。私が用あるのは後ろの泣き面大男だから………悪いんだけど、とっとと死んでくれる?」




