吸血姫の復讐3
まだ話数が一桁だった頃。早くこの時よ来いと、何か月も思っていました。
ついにその時。最初からここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
絶望っていうのは、こういう状態のこと言うんだろうね。
味方は自分含めて十人。囲んでんのは三人。けど、囲んでいる人が世界最強クラスすぎて、どうあがいても勝てない。
逃走手段も完全に奪われて、八方塞がり。
まあ、私はその囲んでる側で、絶望中なのは私じゃなくて、中の勇者君なんだけども。
「さてさて。じゃ、どうしますかねー」
「………リーン………お前の………相棒は………どうした………」
「ヨミなら、神器一本忘れてきたとかで魔王城に取りに帰ってますよ」
普通神器忘れるかね?
まあそんなおっちょこちょいなヨミも可愛いんだけども。
「………じゃあグレイさん、サクラ君。私はあそこの二人にちょっと用があるので、ほかの八人お願いしますね。後でヨミも来ると思いますから、デューゲンかハサドの首くらいは残しといてあげてください。勇者とその取り巻きと、そこの序列第八位はご自由にどうぞ」
「………了解………した………」
「わ、わかりました!」
さあ、念願だ。ついにこの時だ。
なんだか勇者の「待ってくれ!」って声が聞こえたような気がしたけど、まあいいや。
空耳にしろなんにしろ、私は今代の勇者に何の思い入れもないし。
転生者だってことは知ってるけど、前世含めて人間大っ嫌いな私には、正直関係ない。
それよりもこっちだ。
十二年。十二年もの間、この時を夢見てきた。
あの日、力がなかった私。お父さんとお母さんを守る力がなかった、弱かった私と同じくらい、憎み、恨み、復讐しようと決意した二人が今、目の前にいる。
「………………初めまして、イーディス。お久しぶり、ノイン。あなたは私のこと、覚えてる?」
「うう………覚えているとも………あの日、私が殺してあげられなかった幼き少女………!!母親とともに死なせてあげられなかった、あの時の………!」
「………気安く名前を呼ばないでもらおうか、吸血鬼ごときが」
………………危ない危ない。
思わず、反射的に殺しちゃうところだったよ。まさかこの短い間に、私の殺意メーター振り切ってくるとはね。
「そうだね、私もあんたの名前とか、不快になるから極力呼びたくないよ」
「………………貴様」
「で、後ろの泣き面大男。あんたの考えは正解。私はあの時、お母さんに逃がされた吸血鬼。ちなみに前の見下しゴミくずは、私のお父さんと、友達の仇。………………ねえ、私が何しに来たか、わかるよね?」
私がそう言うと、イーディスはハン、と鼻で笑った。
「なんだ?復讐のつもりか?あんな、私が少し暴れただけで崩壊する弱小種族の生き残りが?四魔神将とやらに選ばれるあたり、多少は強くなったのかもしれないが、その程度で私に勝てるとでも?」
「………は?あんた何言ってんの?私はあんたより序列が三つ上の、デューゲン追い詰めてるんだよ?どっからそんな自信湧き出てくるわけ?」
「あんな腰抜け、人間の恥さらしだ。お前に負けたというのも、大方貴様が姑息な手段であの男を窮地に追いやり、それをあたかも自分の実力であるかのようにひけらかしたのだろう?でなければ、魔族に聖十二使徒が破れるはずがない」
………………ああ、なるほど、わかったわ。
この女、本当に魔族が人間より弱くて下等な生物だと思ってるんだ。
なまじ自分が強いから、人間には無限の可能性があるとか思って、女神の教えを鵜呑みにして、この態度。
実際は、魔族のポテンシャルは人間を大きく上回っているということも知らず。
だからハサドとデューゲンの言葉にも耳を貸さなかったし、四魔神将に対してもこんなに強気でいられんだな。
………………うっっっっっっざ。マジ殺す。絶対殺す。
こういう、自分の愚かさを無自覚にひけらかしてくる人間が、一番嫌いなんだ。
「うう………………イーディス殿油断しないでください………………ぐすっ………敵はどれほどのものか、我々は………」
「ふん!こんな吸血鬼、私一人で十分だ。ノイン殿は見物でもしているがいい」
『天眼アルス』で、この女のステータスを覗き見る。
職業は、ヨミと同じ『剣王』。けど、ステータスは大体一万五千弱。
平均ステータス五万超えの私に、いやというほどヨミの剣術を見てきたこの私に、こいつごときが勝てると思っている。
………滑稽だ。滑稽と言わずに何と言う。
「………ふふっ」
「何が可笑しい?この後の自分の運命に対する自虐か?」
「さあ、どうだろうね。………さあ、どっからでもかかってきなよ。いつでもどうぞ?」
「言われずともそのつもりだ。ミザリー様、ご照覧あれ!今、このイーディスが、先代の勇者様を屠った忌々しい存在を消して見せましょう!」
そう言って、イーディスは持ち前の臣器、『白き剣』で襲い掛かってきた。
神器の劣化版とはいえ、十二分な効果を持つ『臣器』、魔族に対する攻撃力を上げる効果を持つその剣を、私は—————————!!
普通に止めた。指で。
指二本で、普通に挟んで止めた。
ちょっと力入れただけで、私の指から剣抜けなくなってやんの。
「………は?………………ば、馬鹿な!?」
「おっそ。よっわ。なんか仕掛けでもあんのかと思わず勘ぐっちゃったじゃん。………………で、理解した?あんたと私の絶対的な実力の差」
「ふ、ふざけるな!!離せ!!」
まあこのまま殺しても面白くないし、離してやった。
「き、き、貴様………………!私の愛剣に汚い手で触れたな………………!もう許さん。貴様は、絶対にこの手で殺してやる!」
「奇遇だね、その感情は私もお前に抱いてるよ。十二年前からね」
「死ねええええ、魔族があああ!!!」
※※※
「ねえ、どうしたの?私は下等な魔族なんでしょ?じゃあほら、人間様の力ってやつを見せてよ。魔法すら一度も使ってないよ、私?ねえねえねえ。………………あははははは!!無様だねー!あんだけイキっといて、私に手も足も出てないじゃん!!思いっきり手加減して戦ってる私にさあああ!!あはははは!!あはははは!!」
「ぐぎぃ………………!!あ、足があ………剣があ………!」
「剣と足がどうしたのー?………あ、私が今、どっちもバッキバキに折ったんだっけ!!でも大丈夫!!右足と左手はまだ無事でしょ?魔族ごとき、あなたみたいなすごい人間ならそれで十分だよね?ほら、やってみろよ。私を殺してみろよ。出来るんだろ?」
「ち………調子に、乗るな………貴様、ごときに………私が、負けるはずはあ………!」
「おっと、手が滑った」
「え?………ぐぎゃああああ!?!?」
やっちゃったなー。
つい手が滑って、肋骨粉々にしちゃった。
でも、レベル高いと即死できないんだよなー。地獄の苦しみだろうなー。
「あ、ぎ、あ、あがあ………い、痛いい………助、け………」
「いやわかるよー。肋骨砕けると痛いよねー。呼吸するだけで肺に激痛が走るもんねー。生きてるのすらしんどくなるよねー」
まあ、私の体験談じゃなくて、前に私を怒らせた人間の骨をひたすら折って、感想を聞いた時の話なんだけどね。
「ほらほらがんばれー?痛いの我慢して、私のこと斬って………おっと、剣は折れてたね。殴りかかりでもしてみてよー。効くかもよー?平均ステータスが三倍以上違うとはいえ、火事場の馬鹿力ってのもあるからねー。さあほら!吸血鬼ごときに負けるはずないんでしょ?そうれ頑張れ♡頑張れ♡」
「ひっ………や、やめ、て………許し、て………」
なにこいつ、あんなに私の神経逆なでして、自信たっぷりに私に挑んできて、終いには命乞い?
………でもなんだろうな、悪い気はしない。
お父さんを殺した女が、その娘にみっともなく命乞いをしている。………なるほど、客観的に考えたらなかなかにいいシチュエーションじゃん。
「………《上級治癒》」
「ぷあっ!?………はあ………はあ………な、なんの、つもり………」
「え?直して、また壊そうと思っただけだけど?」
「ひっ………!?」
あーあ、すっかり戦意を失っちゃってるよ。
がくがくふるえちゃって。逃げようにも、私の攻撃で大分吹っ飛ばしちゃったから、仲間は近くにはいない。一人で心細いんだろうねー。まあ恐怖の対象は私だけどー。
「ねえ、死にたくない?」
だから私は、少しだ希望を見せてやることにした。
「し、死にたくない!頼む!お、お前を弱者といったことは謝るし、侮ったことも認める!だからっ………」
「じゃあ質問に答えて。答えなかったり、嘘をついたりしたら、あんたがぶっ壊れるまで、私のサンドバックになってもらうから。一生手加減して殴られて、回復されて、また殴られての人生送ってもらうから」
「ひぎっ………わ、わかった、私がわかることならなんでもしゃべる!だからっ………」
「私のお父さんの遺体、どこやった?」
十二年前。この女は、沢山の吸血鬼を殺して回った。
その遺体は、ほとんど私が埋葬した。………けどどこを探しても、お父さんの遺体は見つからなかった。
後に聞いた。人間は、王族階級の魔族を殺すと、その遺体を持って帰って、晒し者にすると。
つまりお父さんは、この女に連れていかれた可能性が高い。
「そ………それ、は………」
「早く答えろ」
「あ、あの男、は………神都に運んで………晒し者に、した、あと………」
「したあと?」
「し、神都の………ご………ゴミ捨て用の………焼却炉に………」
ブチッ。
私が理性を保てていたのはここまでだった。
※※※
気が付くと私の手は、二の腕まで余すことなく真っ赤になっていた。
「ん、私は………」
何か地面に違和感を感じて下を向くと、
「………うわなにこれ気持ち悪っ!?」
何か、全身真っ赤でブヨブヨの謎の物体の上に座っていた。
なんだこれ、真っ赤なのは血だよね?で、これが手で。これが………
「………あ、これイーディスか」
どうやら、我を忘れて殴り殺してしまったらしい。
やっちゃった。もうちょっと苦しめて殺そうと、十七通りくらいのアイディアがあったのに。
お父さんを………私の大切なお父さんを、ゴミと一緒に捨てた。ゴミくず以下の生物が。
それが、私の理性を完全に奪ってしまったようだ。
しかし、なにはともあれ。
私はついに………お父さんの仇を打つことができたんだ。
お父さん。レイザー・ブラッドロード。
吸血鬼王として里のみんなに慕われ、ちょっと親バカだったけど、私にとってはかけがえのない存在だった。
「………お父さん。見ててくれてたかな」
※※※
しばらく感傷にふけり………そしてそれどころじゃないことに気づいた。
「あ、やば!ノインとか勇者とか!!」
イーディスに夢中になりすぎた!早く戻らないと!
超速で戻ると、そこでは妙な光景が広がっていた。
まず、驚くべきことに、死んでいるのが誰一人いない。
転生者組とノインと序列第八位のレノアがサクラ君の結界に閉じ込められていて、ハサドがぼろぼろの状態でその結界を壊そうとしている。
そしてデューゲンはというと………なんか、異常に強くなってる。
ステータスだけ見れば、一対一なら、四魔神将すら上回るレベルだ。でもそれに反比例するかの如く、生命力がぐんぐん減っている。
ステータスの状態画面には、『女神の奇跡』って謎の状態異常が。
………何この状況?
戦闘シーンがほとんどないことにお気づきでしょうか?
ずっと書きたかったんです。この女騎士が、『文章で』即落ち二コマするのを。だから戦闘シーンは省きました。
痛い目に合わせられて、作者も満足しています。