転生勇者と悪夢の始まり
一分………一分遅れた………!
そして皆さん、サイドテールが大好きなんですね(にっこり)
「はあっ!」
「ぐおっ………!?」
俺の剣が、悪魔族の戦士の胴体を貫いた。
今俺は、人を殺した。だけど、何も感じない。それが恐ろしい。
『勇者』の力の一つである、人間以外の生物の命を奪う感覚をマヒさせる効果とはいえ、命を奪うという行為に何も感じることができない自分に、嫌悪感すら覚える。
そう。俺は今、勇者として戦場にいる。
戦場で、九人の仲間と一緒に、魔族を殺している。
魔族たちも応戦はしてるけど、劣勢だ。
というのも、
「お見事です、勇者様。またレベルが上がったのではないですかな?」
「いやー、これは僕たちが追い抜かれてしまう日も近いですかね」
「………デューゲンさん、ハサドさん」
この二人がいるということが大きい。
聖十二使徒序列第五位、『巨弓』のハサド。
第四位、『金剛』のデューゲン。
『六位で区切り』とまで言われる聖十二使徒。その、桁違いの実力を持つ上位五人のうち二人。
人類最強クラスが味方にいる。正直、負ける気がしない。
さらに、他の七人も。
「………ふん、他愛もない」
「うっ、うっ………悲しい………!なぜ、彼らは魔族に生まれてしまったのでしょう………」
「ノインっち、泣いてると前見えなくて危ないんじゃないのー?」
あっちで無双してる三人も、聖十二使徒。
最近新任した序列第八位、『水連』のレノア。
古参の序列第七位、『白剣』のイーディス。
序列第六位、『魔哭』のノイン。
「うおおおお!?ちょ、アイちゃんあぶねえ!」
「うしろうしろ、敵いますよ!」
「え?………きゃあ!?」
「先生、伏せて!………はっ!」
「うひゃあ!?………た、助かりました………」
………あそこの危なっかしいのは、俺と同じ転生者組から選抜された仲間。
神官のジード。前世は俺と仲が良かった『北嶋斗哉』。
剣士のシグマ。前世は『萩野優馬』。昔は内気だったけど、転生してから明るい性格になった。
魔法使いのアイ。前世は俺らの担任で、科学の先生だった『緋崎愛華』。
格闘家のウィッカ。前世も今も堅物委員長。前世での名前は『石原怜奈』。
全員が、聖十二使徒下位級の実力を持つ精鋭だ。………まあ、元温室育ちの地球人、戦闘慣れしてないから、俺を含めて不安はあるけど。
※※※
「………このあたりの魔族共は、全員撤退したようだ」
デューゲンさんがそう言ったから、俺たちは緊張を少し解いた。
あたりには、かなりの数の魔族の遺体が散らばっている。正直、あまり見たくない光景だが、聖十二使徒の面々は平然としている。
こっちなんか、アイがもう三回も吐いているのに。
「そのようですね。………しかし張り合いがなさすぎる。所詮魔族か」
「イーディス、油断しちゃあ駄目だぜ。そういう油断が、先代、先々代の勇者の死を招いたんだ。魔族共の中にも、僕たちの手に負えない化け物は存在するって覚えといた方がいい」
そう言ってイーディスさんをとがめたのは、ハサドさんだった。その後ろで、デューゲンさんも頷いている。
「………変わりましたね、ハサド様。かつてはそのようなことを言う方ではなかった」
「………………あんな地獄を経験すれば、お前も考えが変わるさ」
この二人は、四年前、四魔神将と一度戦い、どちらも敗北している。
ルヴェルズ様が助けに来てくださらなければ、間違いなく死んでいたと、二人は言っていた。
「サクラ・フォレスター………正直、二度と会いたくない」
「そんな弱気でどうするのです!ここにいる全員がいれば、四魔神将など恐れるに足らず!むしろ、出てくるのを待とうではありませんか!」
「お前は何もわかってない!………サクラは、あいつは………化け物だ。あいつより上が二人もいるなんて、信じられない………」
「リーン・ブラッドロードにしたってそうだ。俺の神器『金槍フール』が無くなった瞬間、俺はあの女に手も足も出なかった。あの女は頭が回る。敵に回すと、これ以上なく厄介だぞ」
リーン・ブラッドロード。おそらくその正体は、俺の初恋の人だった、千条夜菜さん。
魔王軍準最強、『鬼神将』の異名を持つ。魔法と徒手空拳を同時に操るその姿は、まさに鬼神のようだったと、彼女を遠目から見たものは言う。
何故遠目からかと言えば、近くで見た人はほとんど殺されているからだ。
「………まあいいでしょう。幸いにもそのリーンという吸血鬼は、父親を殺した私を恨んでいる。我を忘れて私にとびかかってきたところを、この白剣の錆にしてやります」
「おお!イーディスさん、かっくいーぜ!」
「そうだろう、ジード」
イーディスさんはまんざらでもなさそうな顔だが、ハサドさんとデューゲンさんはため息をついている。
よほど恐ろしかったんだと思う。四魔神将という存在が。
「しかしハサド。こうなるとやはり気になるのは………」
「四魔神将第一席。『戦神将』ヨミとかいうやつですね」
「ああ。魔王軍最強の称号を持つにもかかわらず、その陰すら見たものがいない。噂では、四年前のミィア殺害はそのヨミによるものらしいが」
「確証ないんでしょう、その噂。………そもそも存在しない、という考えもあるみたいですね」
「名前だけのこけおどしということか?ありえなくはないが、リーンがいるというのにそれをするメリットは………」
なんだか関係ない話になってしまった。
「み、みなさん。話はそれくらいにして、そろそろ追撃に………」
行きましょうよ、と言おうとした瞬間。
空に、凄まじい魔力反応を感じた。
慌てて上を見ると、巨大な結界魔法が、瞬く間に俺たちを中心に張り巡らされていく。
「これは………転移阻害結界………!?」
「僕たちの転移を封じた………つまり、逃がさないという意思表示。………まさかとは思うけど、初日から………」
全員であたりを警戒しながら、話に耳を傾けていた。
「………………おい、誰かこっちに来るぞ」
ジードのその言葉に、振り向くと………確かに、誰かがいた。
身長は百八十センチ以上ある。軍服に似た服を着た、青い肌と黒と白が逆転した目。つまり、魔人族の特徴を持つ男。
「おい、あれはまさか………」
「………………グレイ・クリスト………!」
グレイ・クリスト。その名前を記憶から掘り返し、直後に俺の背筋は凍った。
魔王軍四魔神将第四席、『武神将』グレイ。徒手空拳の戦闘能力は魔王軍ダントツとまで言われる、絶対に出会いたくない者の一人。
「………初めましてだ………勇者パーティ………俺は………グレイ………魔王軍の………戦士だ………」
「………初日から四魔神将投入とは、魔王軍も随分と焦っているようだな」
「………否定は………しない………『勇者の素質』を………持つものが………何故か………多く………現れすぎている………」
「ふん!それはミザリー様が、貴様ら魔族を滅ぼせと言っておられるのだ!」
「………そうかも………しれないな………だが………その男………勇者ゼノで………打ち止めだ………」
「………………なんだと?」
「………魔王様は………言っておられた………勇者は………その男で………終わりだと………」
俺で、終わり?
それが本当なのだとしたら、俺が死んだら、今後しばらく、勇者は現れないことになる。
勇者は、『無限に成長できる』、唯一の職業。それがなくなったとなれば、自分でいうのもなんだけど、人類の損失は計り知れない。
「………それが事実だろうが虚言だろうが!どのみち、貴様を仕留め、勇者様をお守りすれば済むことだ!」
「そ、そうだ。一対一なら厳しいかもしれないけど、ここには僕とデューゲンさんがいる。二対一なら………!」
そう言って、デューゲンさんとハサドさんは、持ち前の神器を構えた。
「デューゲン様、ハサド様!私も加勢を………!」
「馬鹿、お前は勇者様を連れて撤退だ!お前が参加したって足手まといになるんだよ!」
「なっ………!し、しかし!」
「イーディス、ハサドの言う通りにしろ。お前じゃ、まだこいつの相手は力不足だ」
「ぐっ………わかり、ました」
「他の者も全員撤退だ!我らがこの男を止めている間に、早くしろ!」
その声で、俺たちは一斉に退却した。
イーディスさんだけが納得いってないみたいだったけど、とりあえずは言う通りにしていた。
だけど。
「《破壊光線》」
その陣は、一瞬で瓦解した。
どこからか放たれた、超高位魔法によって。
「なんだっ!?」
「………たしかに………お前たちであれば………俺を………しばらくは………足止め………できるだろう………」
吹っ飛ばされたけど、何とか無事だった俺は、グレイの声が聞こえる位置まで戻されていた。
「………だが………ここにいる四魔神将が………俺一人と………言った覚えは………ない………」
そしてこの言葉に戦慄し、後ろを振り返る。
「え、えっと………すみません………逃げられるとその、困るので、吹き飛ばさせてもらいました………」
そこにいたのは、幼い女の子だった。
十二歳くらいだろうか。見た目にあわない、ごてごてした杖を持っている。
「………ひいっ!あいつ、あいつはあ!?」
ハサドさんが、恐ろしげな声………否、悲鳴を上げた。
ハサドさんが恐れる、超高位魔法を扱える魔術師。
ということは、まさか、彼女………いや、彼が。
「サクラ・フォレスターだ………き、きやがった………!」
やっぱり。あの子が。あのエルフが。
魔王軍四魔神将第三席、『賢神将』サクラ。
かつてハサドさんを追い詰めた、魔王軍最強の魔術師。
あんな、子供が?嘘だろ?
「くそっ、まさか四魔神将が二人とは………!」
「ま、まずいよデューゲンさん。これじゃあ………!」
四魔神将一人ですら、いっぱいいっぱいなのに。それが二人?逃げるのは不可能だ。
………いっそ、戦ってみるか?サクラというあのエルフは、近接戦には弱そうだ。勝機がなくはないかも………
「二人じゃないんだなー、これが」
そんな希望は、上から聞こえてきた声に打ち砕かれた。
上を見上げると、そこには、一人の女の子がいた。
そして俺は、かつてない絶望感と、やっと会えたという幸福感、相反する感情が同時に襲ってきた。
赤い目。黒くて長い髪。首から下げたペンダント。
聞いていた特徴とそっくりだ。間違いない、彼女が。
「リーン・ブラッドロード………」
デューゲンさんが、恐怖の顔と震え声で、俺の心の中にあった名前を言った。
魔王軍四魔神将第二席、『鬼神将』リーン。
戦場で最も恐れられる化け物にして、俺がずっと会いたかった少女。
彼女がついに、俺の前に降り立った。